ミア①
「……何か、あったか?」
今日も、部屋に入ってきたユウスケ。
いつもと雰囲気が違う私に気が付いているようだった。
「もう、良いでしょ」
「……何がだ」
私の言葉に、そう返すユウスケ。
昨日思った通り、言うだけだ。
「私に構っていても無意味なの。貴方にとって無駄で、『要らない』時間なの。私はユウスケに何も話す事なんてないし、話す気もないから」
「……」
「もう――これ以上、私の中に入ってこないで!」
震える声で、そう言い放つ。
……もう、この男が来る事はないだろう。
これで良かった。私にとっても、ユウスケにとってもこれで良いんだ。
「……そっか」
静かに、そう答えるユウスケ。
「分かった?なら――」
「――あのさ」
私の声を遮るユウスケ。
「ちょっと、散歩しないか」
「……何で?」
散歩。意味が分からなかった。
「良いから。少し、風に当たりながら話したいんだ」
そう言うユウスケ。
正直いつもなら断るが、私自身これで話すのが最後だと思っていた。
最後ぐらい――そんな考え。
「……分かったわ」
私は頷いた。
――――――――――――――――
シルマ内、全ての階には私の部屋の転送装置で移動する事が出来る。
私はユウスケを引っ張って、一階へ転送した。
「……まあエレベータか何かがあると思ってたけど、まさかこれ程とはな……」
誘った本人が、驚いた表情のままシルマから出る。
……悪い気分ではなかった。
塔の外。
青に輝くライトと、守ってくれているバルドゥール。
何年ぶりだろうか、外に出るのは。
相変わらずパパの創ったこの場所は凄い。
亡くなっても、ずっとシステムは生き続いている。
「はは、本当に凄いよな。綺麗だし」
私の顔を見て、そんな事を言うユウスケ。
心を読まれているようで、少し苛立つ。
「……話は」
わざわざ外に出て、私に言う話。
それが気になった。
「そうだな。……前、俺について聞いてただろ」
「……そうだけど」
確かに聞いた。
この者達は、異世界から来たのだと。
「その時より、前のことなんだけどな。いいか?」
「……早く、話して」
「はは、ありがとうな。せっかくの綺麗な場所だ。歩きながら話そうか」
そう言って、ユウスケは歩き出し、私も付いていった。
昔もよくパパと歩いたっけ――
そんな事を考えていると、ユウスケは口を開く。
「俺は、両親を亡くしたんだ。母親は俺が産まれて直ぐ、父親は最近」
私は、愕然とした。
パパとの共通点が多数あると思ったら、私と同じように、親を亡くしていたなんて。
「……なんで」
続けようとしたユウスケに構わずそう口にする。
「ん?」
「何で今、そんな顔でいられるの」
気付けば私は声に荒げていた。
分からなかった。私とユウスケは、全く違う。
「はは、話の続きだったんだけどな。……助けて、貰ったからだ」
「……誰に!どうやって!」
更に声を荒げる。
私は腹が立った。『こんな』事を、誰かに助けてもらえるわけがない。
「そうだな……ここまで話すつもりは無かったけど、長くなるな、いいか?」
ユウスケはそう言って、私を見つめる。
「――っ、別に、いいわよ」
ユウスケの真っ直ぐな目に心が吃驚する。
……これから、私はこの男の事を知るんだ。
「はは、下手くそだけど許してくれよ。……俺が、異世界に来る前……ずっとずっと、前の話……俺が産まれた時から――」
そう、ユウスケは口を開いていった。
――――――――――――――
――――――――――
―――――
「そしてこの世界へ来て、色々とあって……戦って負けて、ここに飛ばされたんだ。そして君に会った」
ユウスケは、ゆっくりと、静かに語った。
私にわかりやすいように言い換えたり、あっちの世界の風習も交えて。
小さい頃からずっと父親に育てられてきた事。
高校生の頃、父親を亡くした事。
父親が残した『遺言』で、助けられた事。
私は、彼の話に引き寄せられるように聞いた。
そして、ユウスケが羨ましくなった。
私と同じように、ずっと懐いていた父親が居たのに。
父親の死から、父親の言葉で立ち直り、今こうやって生きている事が。
光の世界に、自分で飛び込んだ事が。
私と比べてユウスケは真逆だった。
私はずっと、影にひきこもったまま。
「……君も、俺と同じように大事な人を亡くしたんだろう?」
「どう、してそんな事を」
顔を背けて、私はそう呟く。
「最初会った時の顔が、昔の俺とそっくりだったんだ。両親、友達、分からないけど、きっとそうだと思った」
「……っ」
我ながら図星だと思う。
……そうだ、私はパパを亡くしてずっと一人だ。
「そしてそれを見て、俺は君を助けたいと思った――だから俺は今、こうして君に会い続けているんだ」
「……そんな事しても、私は――私は、どうにもならないの。パパが亡くなってからの私は、もう駄目なの。だから、もう――放っておいてよ」
祐介に私はそう嘆く。
弱気で、うじうじした言葉。
「絶対に、俺は君を見捨てない」
「何を――」
ユウスケが私の前に歩み寄る。
エニスマの青い光が、彼を照らす。
「もう一度、改めて言うよ。俺は――君を助けたい」
「――っ」
私はその言葉に返せなかった。
最初に抱いた、何とも表現出来ない感情が、膨れ上がる。これは決して、抱いてはいけないのに。
『君を助けたい』。私はこの言葉が欲しかったのかもしれない。
それは、決して叶わない事。
それでも――ユウスケの言葉は、ほんの少し私を覆う『影』に光を当てた。
「また、明日。君の所に来ていいかな」
「……うん」
私は、弱弱しく頷く。
「……それと、『君』じゃ……なくて、『ミア』よ。私の名前」
そして初めて――自分の名前を告げたのだった。
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