安息


―――――――――――――



風呂は、思っていたよりも上質なものだった。


ちゃんと浴槽もあるし、シャワーのようなものも着いている。ちなみにタオルなんかも置いてある。


この場所は一体だれが創ったのか、ますます気になった。




「……ふう……」



身体を洗って、浴槽の湯に浸かる。


久しぶりに入る風呂は、中々染みるもの。



「……俺も、ちょっとは強くなれたかな」



アルスに負けたあの日から、無我夢中で強くなろうとした。


まだ残る身体の傷と、思い出すこれまでの戦闘経験。


思えば色んな事があって。



そして……あの灰色の少女に会った。


本当にこの世界は分からない。



「……はあ」



息を一つ。



こうやって一息つくのも久しぶりだ。



そして。




「……樹」



ふと、呟く。


本当に今更だけど、俺……樹とずっと二人っきりなんだよな。


闘いの連続、生き延びる為必死だったけれど、今こうやって一息つける状況になると。



……意識、してしまう。


ずっと二人。さらに言えば今は『一つ屋根の下』だ。




胸に手を当てて考える。


俺は、樹の事が大事だ。失うなんてもう考えたくない。



これは、もう、樹の事――『好き』……って事なんだよな……



――ああ、駄目だ。



「……上がるか」



どうやら大分俺は、上せてしまったらしい。


まだここは灰色の土地なんだ。気を引き締めないと。




「お待たせ、樹。中々良かったぞ」




何故か、いつも見ているはずの樹が、いつもより可愛く見えた、気がした。




「……そっか。僕も、入る、ね」


「あ、ああ」



ろくに目を合わせず、俺はそう送り出す。


そして、ベッドに座る。


そして気付く。




「……おいおいベッド、これ一つだけ……?」



何故俺は入ってすぐに確認しなかったのか、過去の俺を憎む。


デジャヴ。


俺はいつも、こういうことには疎い気がする。



「……ふう……」



深呼吸をしても収まらない鼓動。


敵に囲まれても冷静さは保つ自信はあったが、この状況には意味がない。


そして俺は何も出来ぬまま――



――――――――




「……おあ、と、藍君。凄く、良かった」



樹が風呂から上がる。


ホクホク顔でそういう樹は、やはり風呂が好きなのだろう。


まして久しぶりの浴槽だ。




「あ、ああ。よかった」



風呂上りで体温が上がっているのだろう。


肌が火照り、顔も少し紅い。


ほんのり濡れた髪を、タオルで拭きながら歩く樹。



「……」



そして樹は俺の横に座る。


石鹸のような、いい匂いがした。


火照った樹の体温で、俺まで温かくなりそうになる。



「……」


「……」



お互い、無言。高鳴る鼓動。


不味い。


『あの宿の時』よりも。



「……いっ、樹――」


「……あっ、藍く――」



沈黙に耐えられず口を開こうとすれば、被った。



「ど、どうしたんだ?樹」



たまらず俺は会話を繋げる。



「あ……その、ベッド、一つしかないなあ……って」



恥ずかしそうに、樹はそう呟く。



「……っはは。俺も同じ事言おうとしてたんだよ」



思わず笑ってしまう。


良かった、樹も同じように思っていたみたいだ。



「まあ俺が床で寝れば――」


「――っ」



俺がそう言おうとしたら、服を小さく掴む樹。


「……樹?」


「あ、僕、は……一緒でも……」



恥ずかしそうに赤面し、そう言う樹。


……全く、俺は何を言わせてるんだ……



「樹が、そう言うならそうしようかな」


「……!」



嬉しそうな顔をする樹。


そして――



俺は、樹に抱き着かれた。



「いっ、樹!?」


「……藍、君……目、瞑ってて……欲しい」



そう、俺は樹に囁かれる。


今日の樹は、積極的過ぎる。


……いや、この灰色の土地に転移してから、ずっと前よりグイグイ来る。




ただ、今の樹はまずい。


風呂上りのせいもあるし、今の俺視点では色付き過ぎる。




で。





目瞑ってって、『そういうコト』じゃないよな……?



「あ……ああ」




なるようになれ……!



なすがままの俺。俺は目を瞑る。



「……いい、よ」



唇の感触は無い――しかし、『腕』に何か感覚を覚える。


温かい人肌が離れたそこには。




「これは――」



それは、銀色のブレスレットだった。



何処かで見たことがある。



……ああ。



「あの時の……か?」



アルスに負ける前、サレニデ森林で拾ったブレスレット。


そしてそれには、十字架の石がはめ込んであるのだが――それが、ほんのりと白く輝いている。これは元々のものにはなかった気がする。


綺麗なだけじゃない――理屈は分からないが……これには、かなりの樹の魔力が注ぎ込んであるのだろう。



「……どう?」



心配そうに覗き込む樹。



「……嬉しいよ、樹。ありがとう……でも何で?」




俺は樹を見て、そう聞いてみる。



「……僕、今までずっと、藍君に……守って、貰ったから……お返し」



必死にそう言う樹。


それがとても、愛くるしかった。


そして――




「――藍、君。ありがとう。僕と一緒に居てくれて――」




静かな、それでいて満面の笑顔。


長い前髪から覗いたその表情に、俺はすっと、心を奪われた。


俺が……ずっと、死ぬ気で守りたかったのは――紛れもない、目の前の存在なのだと、再確認した。



そして。



俺は、もう――抑えることが出来ない。




「樹」



「……?」




小さな樹の肩を掴む。


樹の目を見つめる。


口を開ける。




止められない。


この気持ちは――




「――――俺、さ、樹の事が――――」







刹那。





「――――!」




突如、扉が開いた。


現れたのは、機械の兵隊。恐らく見回りだろう。


そして、部屋を一瞬見たと思えば出て行ったのだった。




「……」


「……」




お互い、無言。


……なんて、間の悪い……いや、良かったのだろうか?



分からない。


俺もこの熱にやられていたのか。


熱くなった身体と頭が、急激に冷やされた。



……一体俺は、何を言おうとしてるんだよ……


まだここは灰色の土地だってのに。




「ね、寝ようか」


「……」



何故か納得のいっていなさそうな樹。



そして。




「……」


「……」




ドキドキして眠れない――なんて事は起きず。


あちこち探索した疲れだろうか。



俺達は、直ぐに睡魔に襲われるのだった。

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