灰色から①
『私』はこの世界から、ずっと疎外されていたかった。
パパから生まれ、パパが死んで――それからの日々は虚無に近い。
私の生きる目的、目標、使命――そんな事も。
好きな事も、嫌いな事も、何もかも忘れて、幾年か、過ごした時間すらも覚えていない。
この灰の孤島の中央に位置する、パパが創った拠点――エニスマ。
そのエニスマの更に最深部。守護の巨塔――シルマ。
私はそこにいる。
誰にも近付かれないように。私が、誰にも傷付けられない様に。
パパが作ったこの場所は――私を、この世界からずっと、疎外してくれた。
「……」
言葉を喋る方法も、身体を動かす方法も、私は忘れてしまったのかもしれない。
生きているようで死んでいる、私の生活。孤独。
……『彼』が、来るまでは。
―――――――――――
それは本当に唐突だった。
ドアを開けた、茶髪の青年と黒髪の少女。
『あり得ない』事だった。
この場所に来る警告メッセージは、鬱陶しいから切っていた。もう私は、如何なるが侵入しようともうどうでもよかったから。
けれど……この拠点の防衛システムは、パパの残した装置で今も稼働しているはずだ。
拠点の守護者達――バルドゥールは今もそれで、ずっと動いているはずなのに。
バルドゥール達に囲まれた、この何も寄せ付けた事のないシルマに、侵入者が現れるなんて。
鍵もずっとかかりっぱなしなのに、どうやって?
何が目的?
彼らは一体何者なの。
頭の中が、幾年ぶりに動き出す。
最初の驚きと困惑から、次第にそれは恐怖へと変わる。
「……か、帰って!」
言葉を発せないかと思ったが、咄嗟に口から出た言葉。
私は――この者達に、恐れている。
エニスマまで辿り着き、 バルドゥール達を倒して、このシルマまで到達。さらにこの最上階まで侵入。
並の者ではない。私は――壊される。パパが残したこの場所を、奪いに来たのだ。
いつからか願っていたであろう『死』……『終わり』が、私は途轍もなく怖くなった。
「いや、俺達は――」
「――出て行って!」
何故かその者達は襲ってこなかった。
でも、彼の言葉は聞き入るつもりはない。
パパからずっと聞かされた、あの言葉。
――『ヒトの言葉は信用するな』――
その言葉を私は――ずっと覚えているのだから。
「俺の言葉は、分かるのか?」
「……っ」
当然分かる、私はそういうモノだから。
でも、答えない。口を結んでじっと耐える。
短くも長い沈黙。
「出て行って!」
言葉を拒絶し、私はそう叫ぶ。
「っ、そうか、そうだよな……行こう、樹」
この者達は、私を――この場所を、奪いに来たんだ。はずなのに。
私の言葉を受け、その者達は去って行く。
背を向けて、ドアを開けて、ついには見えなくなった。
「は……あ……」
力が抜けて、握りしめていた手を放す。
「う……う、パパ、パパあ……」
パパは、私に『心』と呼ぶモノを取り付けた。
バルドゥール達にはない、私だけにしかない『特別』なモノ。
それが、今は途轍もなく恨めしくて、消し去ってやりたい。
『寂しい』
『悲しい』
涙が、頬を伝っていく。
無くなっていたと思っていた感情が、私の中でこれでもかと起動し、心を締め付けていく。
「……」
私は、どうすればいいのだろう。
あの侵入者を、殺せばいいのだろうか。
……でも、あの者達が、私を傷付けるようには見えなかった。
鍵を閉める気も起らず、へたり込んでただ正解の無い問題に悩む。
私は一体どうすれば―――――
――――突如、扉が、開く音。
先程の侵入者の内の一人が、息を切らしながら戻ってきた。
不意だった。戻ってくる可能性は十分にあったはずなのに。
焦燥。今度こそ、私は壊され――
「……ごめん。俺は、君の仲間を殺してしまった」
切れた息のまま、そう告げる男。
謝罪?訳が分からない。
ぐるぐると、私の中で疑問が溢れる。
「ただ――それは生き延びる為だった。君を殺そうだとか、この地を略奪する為だとかじゃないんだ」
私の不安を消し去るつもりか。
嘘だ、絶対に。
油断させて、私を――
「この場所に初めて出会った時、俺は凄く感動したんだ。この枯れた灰色の地に、こんな壮大で綺麗な場所があるんだなって」
そう、男は言う。
パパの創ったこの場所を、『綺麗』だと。
――『ヒトの言葉は信用するな』――
……信じるな、この男の言葉を。
信じては、いけない。
絶対に――
「そして俺は、この場所をもっと知りたいと思った。それで、中央のこの塔を登ったんだ」
「最上階。それで、俺は今さっき、この地で君と出会ったんだ。だから――」
男はそう続ける。
私の背の向こう、どんな顔でこの言葉を並べているのか。
……分かってしまう。決して、この言葉は、私を騙す為の言葉ではない。
――『ヒトの言葉は信用するな』――
息が切れたまま、衝動のまま、本心のまま、この男はそう言っている。
私を殺そうなんて思っていない事も。
パパが創ったこの場所を、綺麗と言った事も。もっと知りたいと言った事も。
「――俺は、君の事が知りたい。君と、俺とで色んな話がしたい、そう思ってる」
この、言葉も。
私の中で、何かが、解けたような気がした。
「……だから、さ。また来ていいかな」
優しい声。
私は、後ろを向けなかった。
今の顔は、見られたくなかったから。
長く失っていた、もう一つの感情が再起動する。
私は、どうすればいいんだろう。
「……」
流れる沈黙。
そうだ、この男は――『答』を待っている。
先程とは違う、拒絶以外の言葉。
「……す、好きに、したら」
出た言葉は、そんな可愛げのない言葉だった。
自分でも分からない程ごちゃごちゃした感情の中、出た言葉だった。
こんな感情を今持っている私に驚く。
こんな言葉を放った私に驚く。
そして、この男の事を、ほんの少しだけ――知りたくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます