絶望

浮遊感は未だに続いている。


景色は、未だ光に包まれているせいで見えない。





《「後悔すんじゃねえぞ」》





転移際に聞いたあの言葉。



俺は嫌でも、その言葉を何度も思い返す事だろう。


でも、もうしょうがない。


俺は何が何でも生きて――強くならなければ。



「ぐっ!」



突如、光は消え、『何処か』の地面に放り出された。





最初に感じた変化は、気温。


王国の温暖だった心地良い気温ではない。


太陽の温もりが無く、肌寒い。





次に感じた変化は、視界。


太陽は照っておらず、曇っているように薄暗い。


そして何よりも、地面が……『灰色』だった。



草木は生えておらず、生き物がいる気配が全くない。


風景は灰色の靄がかかって、先が見えなかった。






最悪の結果が、俺の頭を掻き回していく。





――もしかすると、ここは。



……いや、大丈夫だ、まだ決まった訳じゃない。




とりあえず進むだけ進もう。


もしかすると、誰かいるかもしれない。



――――――――――――――――



宛もなく、一定の方向へ歩き続ける。


灰色にまみれた枯れた木々や、棒切れのようなもの。


俺が何十分か歩いて見たものは、それだけ。


風景は何も変わらず、俺が歩いているのかどうかも不安になるほどだ。





「――」




ふと、向こうで音がした。


何かが、『誰か』が、動いているような音。




――もしかしたら。


希望が、俺の頭に浮かんだ。


走って音の方向へと向かう。






音の場所の方向に近づくと、何かが光っていた。


こんな暗い所だ、もしかすると明かりを照らしているのか?



―――――――――――――




走って数十秒、その光の正体が見えて。



「おいおい、嘘だろ」



目の前にある『モノ』に、俺はそう溢すしかなかった。




それは、金属で形作られた……『犬』のようなモノ。



金属の骨格が、まるで生きているように動いている、歩いている。


俺が見た光は、眼の部分が光っていたからだった。



「――!」



それは俺に気付いたようで、目をこちらに向けてくる。


機械音のような、何か回転する音が木霊す。


俺は少しだけ、身構えた。……襲ってくるか?




機械音が次第に大きくなったと思うと、犬は元の歩いていた方向へ向きを変えて、走っていく。



凄まじいスピードで、あっという間に灰色の靄へ消えてしまった。




「なんだってんだ、ここは」



そう呟いても、誰もいない。


音もまた、無音になってしまった。


……あの犬に、着いて行くべきだったか。



――――――――――



歩いていく内に、俺は少し冷静になれた。


ここがどういう場所かは全く分からないが……取り合えず、何かがある。


それが希望なのか、絶望なのかは分からないが。





ああ……そういえば荷物。


肩にいつもあったバッグがない、まあそりゃそうか。



アルスの部屋にあるのだろう、惜しい。


武器も無い。折れたスタッフは、アルスは捨ててしまっただろうか。


……ライターは。




「……良かった」




何もかも無いと思っていたが、ライターだけはポケットに入っていたようで。


でも、それだけだ。



《「後悔すんじゃねえぞ」》



はは……さっそくしてしまったな。




『後悔』、か。


ふと――樹の顔が浮かぶ。



樹は、元気にしているだろうか。


樹は、俺が勝手に転移した事に、怒っているだろうか、悲しんでいるだろうか。




……駄目だ。



考えれば考える程、俺のあの時の判断が鈍っていく。


アルスの、あの時の最後の言葉が、俺の頭に張り付いて来る。




「くそっ、どうすりゃ良かったんだよ、俺は!」




あてもなく、灰色の空に俺は叫んだ。



「はあ、はあ……」



叫んだ事で、少しスッキリしたが……ちょっと疲れた。


はは、俺は何をやって――






「―――――!」






突如、右耳を――劈くような機械音。





刹那。




「――っ!」



第六感が、避けるべきだと。




俺は……出来る限りの力で、左に飛んだ。



「……な」




眼前に迫る『ソレ』に、身体が固まる。



俺の身体程ある、鋭い爪のようなモノが、数センチ先で――地面に刺さっていた。




そしてその主は三メートル程ある、金属の蜘蛛のようなシルエット。




爪のように見えたのは、この化物の手足であったらしく。


八つの爪を地面に突き立て、この場に立っているようだ。




「――……」




機械音をばら撒きながらスチームのようなものを噴出し、俺に迫る。


眼の部分は淡く光っており、何個もある眼が俺に向けられていた。






間違いなく、こいつは――敵だ。


倒さなければ。




「――『纏』、らあ!」




俺は、一瞬で魔力を纏い蹴りを爪に放つ。




「ぐっ……駄目か」



やはり、見た目通りその身体は硬かった。



俺の攻撃は弾かれ、反撃とばかりに蜘蛛が俺に爪を突き立てる。



「――っ」


何とか避け、俺はポケットのライターを取り出す。


少ない魔力を使いたくなかったが……しょうがない。




「『増幅』」




詠唱。火を、身体に宿し距離を取る。


あの金属は恐らく普通に攻撃しても無駄だ。


なら――炎で、焼き切るイメージ。



「頼んだぞ、俺の炎」



俺はそうライターに呟く。


蜘蛛がこちらに向かってくるのを確認し。





「集」




身体に宿した炎を集め、ライターにもう一度宿らせ。



前を見据え、唾を飲み込み集中する。




「――!」



やがて蜘蛛は、最初に聞いた機械音を発した。


俺は腰を低くし、ライターを構える。



……来るか。





「――創造」




詠唱により爪が炎とぶつかる一瞬だけ、火を刃へと変える。





「やった、か」





蜘蛛の爪は俺の刃により切断された。


気のせいか、蜘蛛が怯んでいる様に見える。



今のうちに、叩き込む!



「っらあ!」



蜘蛛の胴体の部分に、靴へ魔力を込めた蹴りを放つ。


一発、二発、三発四発五発。



靴により強化された俺の蹴りは、蜘蛛へと確実にダメージが入ったらしく。




「――……」




蜘蛛の機械音が、だんだんと弱っていった。


目の光も失っていっている。


保っていた手足も、次々と力を失い、倒れる。



「はあ、はあ……なんとかなったか」




今目の前では、死に掛けの蜘蛛がいる。



……一応、止めを刺し――



「――っ!」



蜘蛛は最後の攻撃とばかりに、口の部分から針のような物を吐き出す。



「危なかったな……」



なんとか避けると、蜘蛛はもう動かなくなったようで。



行くか、と思い――蜘蛛から目を離し。





――――周りを見た俺は、絶望する。








「嘘、だろ――嘘だ、こんなの――」







見れば、『光』が俺の周り一帯に現れているのだ。



蜘蛛が発していたような光が、何十、何百と。


一体何が居るのか分からない。数が多すぎて、何が何か分からないんだ。





――俺はもう、幾多の『敵』に標的にされている。



俺は絶望で、どうにかなってしまいそうだった。





「……――」




聞こえる近づいてくる機械音。逃げることは叶わない。



俺はもう……戦う気力を失ってしまっていて。






俺の選択は、何もかも間違いだったみたいだ。







「――ごめんな、樹――」





天を仰ぎ、そう告げる。


この絶望にはもう、太刀打ちできない。


もう、駄目だ――



「――――――!」



迫り来る、機械音。



――俺は、それを受け入れるよう――眼を瞑った。







―――――――――――――――――










―――――――――――――――――






………………なのに、何故。




何故今俺は――生きているんだ。




目を開ければ、俺の目の前一帯が全く違う光景になっていて。







聖なる光を放つ巨大な防壁が、絶望の光景を遮断するように囲い込んでいる。



こんな事が出来るのは。俺が知っているのは。









――――――「藍、君」――――――









その『声』を、俺は知っている。





その『顔』を、俺は知っている。








その『少女』を――俺は。






「『樹』」






俺は、少女の名前を告げた。






「もう、何処へ、も、行かない、よね?」






そう涙を流しながら、俺の身体に抱きついてくる樹。











「ああ――もう、間違えない」








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る