叫び

異世界の旅は、僕にとって幸せな時間だった。


自分の魔法が、そして自分自身が役に立てるというのが初めての経験で。


ギルドの依頼で藍君に褒めて貰った時は、自分が自分でない程に嬉しかった。


そして何より、大好きな藍君の隣に居れる事が。


そんな時程、ゆっくりではなく早く過ぎ行って――




「よう、待ってたぞ」





僕達を断ち切るような、男の声。


今まで会ったことのないような、異質の雰囲気を纏い……敵意を隣の藍君にぶつけている。


その敵意はまるでゴミを見るような。


しかし、隣の僕にはまったくその意思が無く。


この状況は、この男が僕を連れ戻しに来たという事に気付くのに時間がかかってしまった。



「アルス……さん?」



確かめるように言う藍君。


僕も会った時の光景は微かに覚えている、でもその時とは明らかに違う様子だ。



「はは、そうだよ。覚えてたか、『卑怯野郎』さんよ」



藍君へと、アルスさんから殺意が向けられて。


そうアルスさんが告げると共に、藍君が拳を握りしめる。


何かおかしい、アルスさんは勘違いをしてるはずだ。僕を連れ戻すだけならこんな――



「樹、離れろ!」



思考が落ち着く前に、藍君がそう前を向いたまま叫ぶ。


頭が真っ白で、僕はそのまま言う通りにしか動けなかった。



「拍子抜けだな、人質をわざわざ逃がすとは」



人質って何?訳が分からない、何がどうなって……



「……王からの命令だ。お前を始末しろってな」



僕の乱れた思考を一瞬で冷ましたその台詞。


それはそのままの意味で――藍君を殺すという事。



「ってわけだから、お前には死んで欲しいんだよ、いいか?」



藍君へそう告げ、本当に一瞬、アルスさんが僕に目を向けて。


その後――腰から剣を抜いた。




駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ。


藍君が殺されてしまう、僕が、僕が言わないと、あの人に伝えないと。


僕が王宮に戻れば藍君は死なない。


殺されずに済むんだ。



「――っ」



なのに、僕の体は動かない。


前に出ようとしても、口を大に開こうとしても。


『意思』はあるのに、体がまるで縛り付けられたように。


もう一度、アルスさんが僕を見る。


あの人の仕業なのだろうか、僕に絶望が押し寄せる。


藍君が、あいくんが――



「まだ、死にたくないですね」



そう言う藍君。


何か、考えがあるんだろうか。



「ははっ、そりゃそうだ、まあ諦め――」



アルスさんがこっちへ向かってくる途中。


藍君が、僕の方向に向き直り。



「樹、行くぞ!」



一瞬でこっちに来て――気付けば僕は、藍君に抱えられていた。


人が出せる速さではないスピードで、移動する藍君。


僕の視界が、新幹線から見る風景のように見えていた。


藍君はやっぱり凄い。こんなことが出来るなんて。


これならーー




――――――「『炎獄』」――――――





束の間の安心が入ろうとした時、遥か後ろからその詠唱は聞こえた。


同時に……大量の炎が落ちてくる。


黒く濁った、赤い炎。それがまるで僕達を包み込むように。



「ぐっ!」



藍君が背中から通り抜けようとしても、その檻のような炎は僕達を阻んでくる。


この現実を受け入れたくない、そのせいか僕の頭は、真っ白になってしまって。


――――――――――――――――――――――


いつの間にか動いていた身体に気付いたのは……藍君が戦っていた所だった。


鈍い鉄と鉄がぶつかり合うような音。


僕の目の前では、アルスさんの剣と、藍君のスタッフが交えていて。


この壮絶な戦いは――僕が手を出せば、逆に藍君の邪魔になってしまうって事は嫌でも分かる。


でも、補助なら、補助魔法なら。


もう何も出来ないなんて言ってられない、あの時みたいに、助けられてばっかりじゃ駄目だ。



「……」



目を瞑ってイメージする。


想像するのは光の鎧。


……大丈夫、落ち着いて。



「――ホーリーベール!」



イメージは言葉と共に、藍君に光のベールがかかっていく――はずだったのに。


僕の魔法は、不発に終わった。


イメージも完璧だったし、詠唱もちゃんとした。


なのにまるで、魔力だけが吸いとられていっったような感覚が残っただけで。


なんでなの?……なんで。



「ホーリーベール、ホーリーベール、ホーリーベール!」



詠唱しても、詠唱しても、魔力が無くなっていく感覚だけが残る。


焦れば焦るほど、僕の魔力消費は増えていっている気がしてしまった。


なんで、なんで出来ないんだ――




「――がっ……!」


「ほー、耐えたか」




僕が魔法を発動出来ない間に、藍君とアルスさんは闘い続けている。


次元が違う闘いとは、こういうことを言うんだろうーー目に見えないスピードでその攻防は繰り広げられている。



しかし、藍君の攻撃は……全くアルスさんに届いていなかった。



「……まだやんのか、いいぜ」



それでも、攻撃が通らずとも藍君は諦めず、スタッフを掲げている。


……対する僕は半ば、諦めかけてしまって。



嫌でも分かる。多分僕の魔法が発動しないのは……そこで戦っている、アルスさんの仕業だ。


藍君を圧倒する闘いをしながら、僕の魔法も封じている。


そんな底の知れない強さで僕はもう、完全に戦意を失ってしまった。



「らああああ!」



藍君は、スタッフが弾き飛ばされても、飛んで掴み上空から振りかぶる。


これまで無い程に青い炎が燃え上がり、藍君を包んで、アルスさんへと――



「まあ、こんなもんだな」



そう軽く呟くように言うアルスさん。


見れば、藍君のスタッフが――斬られていて。



「ぐっ!」



唖然とする藍君を容赦なく蹴り飛ばすアルスさん。


僕はそれを、黙って見ていることしか出来なくて。


情けなくて、悔しくて。



「諦めろ」



藍君に近づき、吐き捨てるように告げるアルスさん。


藍君は服も身体もぼろぼろで、火傷も見えた。どう見てももう、戦えない。


そんな藍君の様子をしばらく見た後、アルスさんは剣を鞘に戻し改まった様子で口を開く。



「……今負けを認めるんなら、命だけは助けてやってもいいぜ」



そう今までにない口調で告げるアルスさんは、どう見ても嘘を言っているように見えなかった。



「そう、ですか」



力無くそう言う藍君。


藍君が負けを認めたなら、藍君は死なないで済むんだ。


アルスさんの気が変わってくれたのか、どうしてなのかは分からない。でも、藍君が生きててさえいてくれば、僕は――



「まあ、お前の『女』は貰っていくがな。これも王からの命令だ」



僕を差し、付け足すようにそう言うアルスさん。


そりゃそうだ。でも……良い。藍君が生きてさえいれば僕は、王宮だろうとどこへでも行く。



藍君と――ずっと一緒が良かったけれど。藍君に守って欲しかったけれど。


《「おはよう、樹」》


《「お前を守れるぐらい、強くなりたいんだ」》


《「……その、俺がお前を守るからさ。これからも一緒に頑張ろう」》



こんな時に、藍君との思い出が次々と過ぎって行く。


抑えていたはずのものが――溢れようとしていた。



「あい、くん……」



大好きな人の名前を、呟き、俯いていた顔を上げ、その人を見た。



藍君はぼろぼろで、戦い尽くし、完全に負けてしまった表情のはずだったのに。


安心させるかのように、僕に一瞬微笑んで。





「まだ、俺は……戦える」





『戦う』表情で――力強く、そう言った。




「あ?お前はもうーー」




アルスさんを遮り、藍君は口を開く。




「まだ――俺の目は、見えている」


さっきまで虚ろだった目は、いつも以上に輝いて。



「……耳もまだ、聞こえてる。足も動くし、まだ立てる」


耳は血が流れ、ぼろぼろになった足でも立ち上がり。



「腕は振れるし、握りも出来る。武器も無くしたわけじゃない、魔力も微かだが残っている 」


だらんとしていた白い腕もしっかり構え……折れたスタッフを、しっかりと拳で握り込んでいた。



「……そして、何よりも」




一度口を閉じ――藍君は僕の方を見て、大きく口を開けて。





「護るべき存在が――俺には有るから!」





アルスさんへと向き、そう叫ぶ。




こんな状況なのに。決意を決めたはずなのに。



僕は――嬉しくて泣いてしまった。



戦う理由が、こんな僕の為で。


藍君が、僕の為にこんなにぼろぼろになっても戦ってくれる事が。





「――だから、俺はまだ戦える。俺の身体が、俺の思念が、俺の理由が――お前と戦うように言っている!」





魂から捻り出すようなその声と表情。


ぼろぼろの服も体も、斬られて先が無くなったスタッフも、魔力枯渇で白くなった肌も。


全て気にならない程に――その姿は格好良くて。



これ以上好きにならないと思っていたはず。なのに……もっと、もっともっと好きになってしまった。


もっと一緒に居たい、僕の事を守って欲しい。離れたくない。そんな気持ちが押し寄せてくる。






「――かかってこいよ、アルス。俺はお前を……何としてでもぶっ倒す!」



そう宣言する藍君の姿を、僕はいつからか望んでいたのだろうか。


そうだ、まだまだ闘いは終わってないんだ。


――だから、僕も……絶対に諦めない!

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