終わり

藍君がアルスさんと話している間に、僕は魔法を発動する。


光の矢をイメージし、魔力を放出。



「……ホーリーアロー」



――僕の魔法は、先ほどと同じように消えていく。


……やっぱり、確実に発動しているのに、魔法が吸われるように消えていっているんだ。


きっと、何かある。魔法が吸収されていくのは絶対に限りがあるはずなんだ。


永久に魔法を無効化するなんて、有り得ない。


これは僕の憶測に過ぎないけれど……それは――


僕達の周りを囲む、太陽の如く燃えている炎の檻。


もしかしたら違うかもしれない。


でも……やってみなきゃ。諦めるよりマシだ。



もし僕の考えが合っているなら、限度以上の魔力を使って魔法を発動すれば……この檻は壊れるはず。


大量の魔力を使うだけなら……凄く都合が良い魔法が有る。



それは、聖属性中級魔法の『ホーリーブラスト』。


この魔法は、ホーリーアローやホーリーベールのように、あまり形をイメージしなくて良い魔法だ。


多量の聖属性の魔力を、固めて塊にして相手にぶつけるイメージだけ。



出来る限りの魔力を使って塊を生成すれば良いんだ。塊の制御や速度は今は考えなくていい。



「……ホーリーブラスト、ホーリーブラスト、ホーリーブラスト」



そう三つ唱え、炎の檻を見る。


……僕の魔法は、本当に全く姿を見せてくれないけれど。


ほんの少し、僕に希望を見せてくれたようで。


見れば……炎の檻が、少しだけ消えていったような、気がする。


蝋燭の火が一つ消えたような、そんな感覚。


――こんな量じゃ、まだまだ駄目だ。


もっと、もっと魔力を込めないと。


この檻を壊せるような、そんな魔力を込めた魔法を。



「ホーリー……うっ!」



多量の魔力を固めるイメージと共に、襲いくる負荷。


初めて一瞬で魔力をかなり放出してしまったせいだろう。


――でも、こんなのに負けていられない。


「ホーリーブラスト」



さっきより十倍の魔力を込めるイメージで、僕は発動させた。


……今、炎の檻に、穴が開いたような。


いや、きっと気のせいじゃない。僕の魔法で開いたんだ。


希望が沸いてくる。あの檻を破壊すれば、藍君と僕は逃げられるんだ。



「『創造』」



遠くから聞こえた、藍君の詠唱。


見れば、藍君の折れたスタッフから、炎の刃が創られていた。


藍君は、どんどん強くなっていっている。あれだけクラスメイトから馬鹿にされていたのに、魔法をあれだけ使いこなして。


だから、僕も。


僕も絶対に――この檻を壊す。



「ホーリーブラスト」



さっきの、二倍。



「ホーリー、ブラスト」



十倍。



「ホーリー……ブラスト!」



百倍。


炎の檻は、魔力を込める量に応じるよう、大きな穴が空いて、閉じる。


それを繰り返せば……見れば分かるほどに、炎の檻は『薄く』なっていた。



「――っ、はあ、はあ」



魔力はまだまだある、でも……僕の身体が追いつかない。


慣れない多量の魔力を使った魔法の連発は、僕の思っていた以上に負担がかかるものだった。


ふと、僕は戦っている藍君を見た。



「――らあ!」



藍君を見ていると、どんどん動きが洗練されているのが分かる。



「――っと」



そんな藍君を、軽く受け流すアルスさん。


でも……相変わらず余裕そうな素振りだけど、最初の動きに比べると大分違う。



「……アルス、行くぞ」



距離を取り、突きの構えをする藍君。


足が動いたと思えば……一瞬で、アルスさんの間合いに入っていた。



「――な」



聞いたことのない、アルスさんの驚く声。


それの原因は、藍君の創造した刀身が『消えて』いたからだ。



「あああああ!」



いつの間にか刀身を消した藍君は、そのままアルスさんの心臓へ剣を突く。


弾こうとしたアルスさんの剣も、空振りとなり。



「『創造』!」



藍君は再び炎を剣に宿した。


その炎は、アルスさんの身体を――貫通して。


心臓からは外れたものの、肩の辺りを刃が襲い、血が流れている。


――初めて、攻撃が通った。


なのに。



「見事だ、ユウスケ」



そう楽しそうに言い、まったく動揺を見せなかった。


喜の感情を見せるその姿は、僕にとっては異常で。


この人の底が――まったく見えない。



「がっ!」



藍君は、アルスさんに蹴りを入れられ、地面に転がる。


――異変。


それは、ある意味当然の事だったのだろうか。


藍君の身体からも、剣からも炎が消え、魔力さえも纏っていない。


重ねた今までの魔法によって、藍君は、もう。


藍君の身体は、もう――動けない。


受け入れたくないその事実は、僕を容赦なく理解させてくる。



「ホーリーブラスト……っ……ホーリーブラスト」



その事実を掻き消すよう、僕は魔法を唱える。


まだだ、まだ。


まだ終わらせない。終わっちゃだめなんだ。



「い、つ……き」



そう、弱く呟く藍君の声が聞こえる。



「ホーリー、ブラスト。ホーリーブラスト!」



身体が悲鳴を上げても、僕は魔法を続ける。


待ってて、僕が……今助けるから。この檻が解けたら、僕の回復魔法があるから。



「……世界は甘くないぜ。お前がこんなに戦っても、お前の女は戻らない」



アルスさんの、藍君へ言う声が聞こえる。


檻はもう、どんどん薄くなっているんだ。



だから――


ほんの、もう少しだけ。


檻を破って、僕達はまた旅を続けるんだ。




僕の残りの魔力を、全て聖属性の魔力に変換し、固めてーーぶつけるイメージ。


これが成功したとしたら、きっと、檻は壊れる。



もう、時間がないんだ。



藍君を――助けるんだ。



「――っ、はあ、はあ」



イメージするだけで、僕の身体は軋む、苦しい。


でも、止めるわけにはいかない。


全てをこの、詠唱に。


僕はもうどうなっても良い。


これで、藍君と一緒にいられるなら――





「――ホー……リー、ブラスト!」





成功、したのだろうか。


唱えた一拍の後。杖が眩く輝き。


僕の目の前には、現れないはずだった聖属性特有の白い光が現れ。


巨大な渦のように魔力が固まり、塊状になって――アルスさんへ飛んでいく。


見れば、周りにあった炎の檻は――燃え尽きたように、黒く濁って崩れていっている。


やった、やったんだよ、ね。



「――よっ、と」



そう思ったのも、束の間で。


僕のホーリーブラストは――アルスさんの大剣の一振りにより、あっけなく塵となった。



「――神野、樹だったか」



そう言い……藍君に向けていた、背中の大きな剣を戻してこっちに向くアルスさん。


一方の僕は、魔力をほぼ使い切った反動か、身体が動かなかった。


激痛が僕を襲い、意識を保つのがやっとの状態で。




「お前も――もう諦めろ」




『諦める』、そんな事、出来るわけが無い。


檻も破れた。後は、藍君と逃げるだけなんだ。


僕の身体、動いて、お願い。




「……ったく」




呆れるような声。


僕は、動かない身体を引き摺って藍君の元へ辿る。



「はあ、はあ」




やっとの思いで、藍君に着いたけれど。


「……うっ……あ……」



藍君の大きな身体を担ごうとして、僕は地面に倒れる。


藍君……と、一緒に、逃げ……るんだ、痛い、なんて言っ、て……られないんだ。


お願い、だ………か、ら。


だか、ら、動いてよ……僕、の……か、ら……






糸が切れていくように、意識が離れていく。


倒れる時に見えた風景は、炎の檻が消え……暗くなった空。


夕の終わりは、僕達の戦いを示すようで。



「……少しだけ、眠ってな」



意識が落ちる刹那。


聞こえた声は――少しだけ、優しさが混じった声だった。

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