❝ほんとうの自分❞を探して~サーバルちゃんがサーバルちゃんな理由~

阿礼 泣素

サーバルちゃん……君は……

「かばんちゃん! みてー! 何あれ! 何あれ!!」


「あれは……」


 これは、サーバルとかばんが、まだ港に着く前の出来事である。


「かばんちゃんのかばんと同じみたいだねー!」


「そうですね……ぼくの持ってるかばんと同じものみたいです……」


 二人が見つけたのは、かばんが背負っているのと同タイプのリュックサックだった。


「えっと……中身は……」


「サーバルちゃん! 勝手に中を見るのはちょっと……」


「えー! 何が入ってるか気にならないの? もしかしたらかばんちゃんの仲間が落としたものかもしれないんだよ」


「それもそうですけど……」


 二人はおそるおそる中を確認することにした。それは単なる好奇心からだったのかもしれない。もしくは、微かな希望、淡い期待を抱いていただけなのかもしれない。


――だが、二人は知らなかった。

――まさか、この選択が後の凄惨な出来事の引き金になるなんて……


「あ! 何か入ってるよ!」


「本当ですね……ってこれは……」


 二人が見つけたのは、見覚えのあるもの。

 二人が今まで幾度となく、口にしてきたもの。

――じゃぱりまんだった。


 だけど、いつものじゃぱりまんと一つだけ異なる点があった。


「でも、こんな色のじゃぱりまんみたことないねー」

 

 真っ赤な色のじゃぱりまん。色以外に触った感じ、大きさ、においは普通のじゃぱりまんと変わらない。


「ラッキーさん、これもじゃぱりまんなんでしょうか……?」


「これはじゃぱりまんダネ。お腹がすいたときに食べるとイイよ」


「なんか、ふつうのじゃぱりまんよりもおいしそう……」


 サーバルはそう言って興味津々、食欲旺盛になっていたけれど、かばんは直感的に嫌な予感がしていた。


「サーバルちゃん、ちょっとこれは食べない方がいいかもしれませんね……」


「えー! なんで!なんで!!」


「えっと……それは……上手く説明できませんけど……嫌な感じがするんです……」



――夜。


「今日はこの辺で休みましょう」


「そうだねー!今日はここに泊まろう」


 二人はその後、眠りについた。


「うーん……お腹すいたなあ……」


 小腹がすいたサーバルは昼の事を思い出した。


「そうだ! お昼に見つけたじゃぱりまん!」


 サーバルは迷いなくあのじゃぱりまんを口にした。


「むしゃむしゃ……みゃみゃみゃ……みゃ……ゃ……」


 サーバルは自分の意識が朦朧としてきたのに気が付いた。混濁する意識の中、サーバルは考えていた。


「かばんちゃんは自分の事がヒトだって分かったけど、私は……」

――サーバルってどんな動物なんだろう……」


 サーバルは熟慮じゅくりょする。自分は一体どんな動物なのだろう。ふと頭をよぎった疑問である。もちろん、いつもなら、楽観的に流すこともできた。しかし、今日はなぜかそれが出来なかった。ロッジであの映像を見たこともサーバルの不安に拍車をかける。


「ドジとか全然弱いって言われるけど……私……足も速いし、鼻も耳も良いけどおっちょこちょいで台無しって言われるけど……」


「――もしかして自分は出来損ないのフレンズなのかもしれない……」


 かばんが行く先々で事件を解決するのを一番近いところで見ていたサーバルは劣等感に苛まれていた。懊悩おうのうするサーバル、自分とは何者か、自分は何なのか。自己を見失い、自信を喪失し、意気阻喪いきそそうしていた。


「私なんかいない方が……」



――そして、その夜、サーバルはかばんの前から姿を消した。


朝、かばんが目を覚ます。


「サーバルちゃん? あれ……また散歩って言って、こっそりじゃぱりまんでも食べてるのかな?」


 そして、かばんは食べかけのあの赤いじゃぱりまんを見つけた。


「やっぱりサーバルちゃん、こっそり食べちゃったんですね」

――おーいサーバルちゃん! どこですかー」


 かばんが何気なくサーバルを呼ぼうとするも、一向にサーバルが戻ってくる気配がない。


「サーバルちゃん……どこに行ったんだろう?」


 最初はすぐに見つかると思っていたかばんだが、次第に心臓の鼓動が早くなる。今までこんなこと一度もなかった。考えるよりも先に足が動き出していた。


「サーバルちゃん! サーバルちゃん!!」


 かばんは辺りを走り回った。だけどやっぱりサーバルは見つからない。かばんはそれでも当てもなく走った。

 いつもなら冷静に、状況を分析してから行動するかばん。だけど今日は違った。早くしないとサーバルに会えない気がしたから。もうここでお別れになってしまいそうな気がしたから。


「はぁ……はぁ……サーバルちゃん……どこに……」


 無我夢中で走っていると、ジャパリバスからずいぶんと遠く離れたところまで来てしまっていたようだ。周りには草木が郁郁青青いくいくせいせいと生い茂るばかりである。

――と、そこで微かな嗚咽おえつが聞こえた。


「っ……ひっく……」


「サーバルちゃん! 見つけた!!」


 サーバルは依然として俯きながら泣きじゃくっている。サーバルはかばんに気が付いていないようだった。


「私は一体……なんでサーバルがもう一人いたのかな……」


 ロッジでは「同じ種類が生まれることもあるらしい」と言ったものの、根拠は無い。ただ、風の噂で耳にしただけ。あれが本当のサーバルだとしたら私は一体……


 どうしても、思考がネガティヴになってしまうサーバルだったが、それもそのはずである。

 あの、サーバルが口にした赤いじゃぱりまんは、一種の降圧剤、血圧を下げるために作られた特別なじゃぱりまんだった。本来の用途は興奮して手に負えなくなったフレンズのためのもので、健康なフレンズが口にすると気分が落ち込んでしまう効果がある。


 だから、あれだけオプティミストなサーバルでも効果覿面だったようだ。


「あ……かばんちゃん……」


 サーバルの目は涙でいっぱいで、瞳は充血し、瞼が赤く腫れあがっていた。


「サーバルちゃん……そんなになるまで何を泣くことがあったんですか……」


 かばんが優しくサーバルに声を掛けた。


「…………」


「さあ、一緒に帰ろ」


「…………」


 黙り込むサーバル、かばんはそっと手を伸ばそうとする。


「痛っ……」


 サーバルが爪を立てて、かばんの手を振り払った。


「かばんちゃんは港に行って。一人で」


「…………どうして……どうして、そんな冷たいこと、言うんですか」


 

二人の間にしばらく沈黙が流れる。


「……私さ、かばんちゃんみたいに賢くないから。分かんないんだ、自分が一体どんなフレンズなのか。かばんちゃんが何のフレンズか探しているうちに、かばんちゃんと一緒にいるうちに私が分からなくなっちゃった……」


 サーバルは恬淡てんたんと言った。その物憂げな表情から、サーバルの苦しみが痛いほど伝わってきた。


「サーバルちゃん……」


 かばんはそっと、サーバルを抱きしめた。体が小刻みに震えているのが伝わってきた。


「ぼくは、サーバルちゃんは凄いと思います。ぼくが、最初にサーバルちゃんに『ぼくは、相当ダメな動物』って言った時、サーバルちゃんは迷いなく、励ましてくれた、手を差し伸べてくれた。『すっごくがんばり屋だからきっとすぐ何が得意か分かるよ』って言われた時、心の奥がすっとしたのを覚えています。あの時のあの言葉がなかったら、ぼくはもう、途中で諦めていたかもしれません。だからこそ、今度はぼくも言わせてもらいます」


「サーバルちゃんはすっごくがんばり屋だから、今のままのサーバルちゃんでいいんだよ」



「ありがとう……かばんちゃん。これからもよろしくね」


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❝ほんとうの自分❞を探して~サーバルちゃんがサーバルちゃんな理由~ 阿礼 泣素 @super_angel

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