青藍に問うてみよ。
朔 伊織
万有
萩原 伊沙楽 I
そう、
ずぅっと、もう何年になるのか、ともかく七、八は行っていないだろう。学生時代はとても仲が良かった。それこそ衆道と間違われるくらいに。だのに卒業して二、三年経つとあいつは全く連絡をよこさなくなり、俺の方もなんだかんだ言って忙しかったものだから、いつかいつか、と思う内にこんなになってしまった。
ゆえに、出版社に籍を置いて初めてまとまった休みをもらえたあの日、なんの前触れもせずに会いに行くことにした。それに丁度、妻の頼みで
彼の家は俺の家から離れた場所にある。神宮町の外れの外れだ。
もしあいつがまだそこに住んでいるのなら、皇という骨董屋の角を曲がり、坂を登って桜の老木を超え、蘭香と表札の掲げられた豪邸の隣の平屋に椿が植わっているはずだった。
あいつはあの容姿にしては割と図々しくて、俺の家の庭に植わっていた椿を断りもせず、ふた株程持って行ってしまったことがある。そうして、
『ぼくはこれを生かすことを生きる糧にする』
と言った。よく、わからない。
行くと、あった。
俺は引き戸に手をかけて名を呼んだ。なんも変わっちゃいない、それどころか、俺が傷つけた戸の格子さえそのままだった。しかし変わっていることが一つ。
出てこなかった。
伊沙楽が一向に出てこない。二、三呼んでも姿は一向に現さない。
名を呼べば例外なくすぐに出てきたのに、ここにあいつがいることは間違いないのに、その証拠に見覚えのあるあの猫だけは俺と戸の隙間からするりと入ってきて、さしさしと廊下を歩いて行く。
戸を閉めた。
下駄を脱いでぎし、と床を鳴らす。
出かけている、ということは万に一つもない。
あいつは家を絶対に空けない。天変地異が起こったとしてもだ。だから俺は、確証を持って家を侵している。そんなに広くはない家だから、一寸回るだけで見終えてしまった、が、気配がない、姿がない。
あとは、ここだけだった。
襖に手を伸ばし開ければ、紙がまっていた。一枚手に取り、また一枚手に取り。書いてあることに目を走らせれば、それは詩だった。
何百という詩が、その部屋いっぱいにまっていたのだった。
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