第4話

 配達員の男が持ってきた物は、アマラットがこの七ヶ月間で家族に宛てて書いた手紙の束だった。その事実が何を示すのか、少年は理解していた。

「つまり、お前さんの家族になりすまして、あいつが手紙を書いていたってことらしいな」

 あいつとは、亡くなった以前の郵便配達員の青年のことだ。

 アマラットは頷いた。もう驚いてはいなかった。

「もし要らないと言うのなら処分しておくが、どうする?」

「受け取ります」

 アマラットは迷わず答えた。

「それと、お前さんの家族について、民生局で尋ねてみた。つらい話になるが、聞きたいか?」

 少年は大きく頷いた。

「話して下さい」

「では、話そう。ナハド=マッシルダ一等兵は遠征から帰還した際に、家族ともどもゲリラの急襲に遭い、亡くなっていたよ」

 少年の目から涙が溢れた。

 そうかもしれない、と思っていた。

 前の配達員が、わざわざアマラットの家族になりすまして手紙を書いていたということは、家族はもう手紙を書くことができなくなった。そういう事情があるのかもしれない、とアマラットは想像していた。その想像は、最悪の形で的中していた。

 事実を聞く覚悟をしていたとはいえ、まだ幼さの残る少年には、溢れる涙をこらえることはできなかった。

 少年は、服の袖で涙を拭った。

 その間、配達員はただ、じっと立って待っていた。

 少年が再び顔を上げたところで、配達員はもう一通の手紙を差し出した。

「これも、その手紙と一緒に見つかったものだ。前の配達員が、お前さんに書いていたものらしい」

「……ありがとう」

 アマラットは、掠れるような声を絞り出して、それを受け取った。

 この日、シェルターを去る前に、配達員はアマラットに質問をした。

「恨むか? 自分を騙していた配達員を」

 アマラットは一瞬迷いを見せたが、その後で何度か首を左右に強く振った。

「そうか」

 答えを聞いて、配達員は踵を返した。

 配達員が背中を向ける前に、その口元がほんの少し緩んだように見えた。


 配達員が去った後、アマラットは大量の手紙の束を抱えて、シェルター内の階段を降った。先ほどの配達員の質問が、頭の中で再生されていた。

 自分は、以前の配達員を恨むべきなのだろうか。

 イエスという答えを引き出すための材料を、アマラットは持ち合わせていなかった。確かに、この七ヶ月間の手紙のやり取りは、何ら現実に意味を持たない、虚構のやり取りだった。しかし、その手紙に励まされてきたのも事実だった。これらの手紙がなければ、自分はとうに生きる意欲を失っていたかもしれない。

 前の配達員は、何の見返りも求めることなく、毎日少年を喜ばせるための手紙を書き続けていた。その配達員が、不慮の事故で命を落としてしまったことを思うと、アマラットの胸は強く痛んだ。

 アマラットはデスクに戻ると、抱えていた大量の手紙の束を下ろした。そして、先の配達員の手紙に向き合った。

 差出人の名は、《ヴァレヒテル=ヘリスト》となっていた。

 アマラットは丁寧に封を破り、便箋を取り出して開いた。


『親愛なるアマラットへ


 君がこの手紙を読んでいるということは、私はもうこの世にいないのだろう。

 まずは、謝らなければならない。長い間、君を騙してきて済まなかった。この半年間、ご家族の振りをして君に手紙を書いていたのは、この私だ。

 決して悪意があったわけではないが、騙してしまったのは事実だ。その罪は、簡単に赦されるものではない。

 理由は、君の悲しむ顔を見るのが、忍びなかったからだ。


 君のご家族が辿った運命についても、真実を伝えなければならないだろう。それとも、既に民生局の職員から聞いただろうか。ともあれ、私が見聞きした内容を記そう。

 西暦一〇八八年五月十日、ナハド=マッシルダ一等兵はある軍の遠征作戦を終え、エンボス・シティに帰って来た。兵士たちを載せた輸送車が市の西端に辿り着いたとき、事前に報せを受けていたご家族も迎えに来ていた。

 そこを、当時市の周辺で活動していたゲリラの部隊が襲った。連中は爆薬を使い、民間人もお構いなしに辺りを吹き飛ばした。どういう目的だったのかはわかっていない。ただ、多くの死傷者が出たと聞いている。

 ゲリラの多くは既に鎮圧されたそうだから、きっとその事件の犯人たちも捕えられたか、処刑されたかと思う。


 どうか、復讐などという愚かな考えは起こさないでくれ。復讐は何も生まない。君の命は、いま生きている者たち、そしてこれから生まれてくる者たちのために役立ててほしい。

 希望を持って生きてほしい。それが私からの願いだ。


 もし、もう一つ頼み事を聞いてくれるなら、いつか私の母を訪ねてくれないか。虫の良い話と思うなら、忘れてしまって構わない。きっと母は、たった一人の息子である私がいなくなって、寂しく過ごしているだろうから。

 北のミントという小さな町に、ヘリストという姓の家は一軒しかない。母は、今もそこに住んでいるはずだ。正確な住所は、郵便配達員ならわかるだろう。


 君のこれからの人生が、多くの幸運に恵まれることを願って。


星暦一〇八八年十二月  ヴァレヒテル=ヘリスト』


 アマラットの視界は涙で歪み、最後まで文字をはっきりと読むことができなかった。彼は涙を拭いながら、手紙の先頭から最後まで、何度も視線を往復させた。

 生きよう。

 そしていつか、この人の母親に会いに行こう。

 少年はそう決意した。


(第5話に続く)

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