第二章 その三
「よし、うちのかあちゃんも戻ってきたし、始めるかい?」
「はい、お願いします。」
和樹はビールが注がれたコップを片手に頷く。
「最近のこの村には若い子が少ないんだよ。まぁ、良くある話さ。こんな不便な田舎町なんかより便利な都会に行きたいってさ。そりゃ、便利な方がいいさ。でもさ、こんな田舎だからこそ、良いことっていうのもあるもんだ。」
「そうそう。わたしらはもう四十年くらいこの店やってるんだよ。昔はね、漁の時期になるといろんな地域から若いもんが来たもんさ。そりゃ、活気があってね。うちも今じゃ小さな民宿だけど、当時は離れの方も使っていてね。町には他の宿はあったし、そりゃ人で溢れてたもんさ。」
聞いたことはある。この一帯は昔は漁業で生計を立てていた人多くて、出稼ぎに来る人たちも多かったって。でも、以前に比べて漁獲量が減ってしまったから漁業に活気がなくなり、村自体が徐々に衰退していったって話だ。旦那さんも女将さんも昔を懐かしむような遠い目をしている。
「あぁ、すまんすまん。ちょっと昔を思い出しててな。」
「いえいえ、なんとなくですけどわかりますよ。」
「そうかいっ、わかってくれるかいっ。」
そう言って俺の方にドンッと手をのせてくる。愛情を感じられるとても暖かい手だ。
「ほんと、お兄ちゃんにも見せてあげたかったね。毎日がお祭りみたいに元気でね。そりゃ、盛り上がってたもんさ。」
「おうよ。出稼ぎに来る奴らは若いのも多かったからな。まぁ、もめ事も多かったしいろいろあったことは事実だ。口には出せないような店もたくさんあったしな。」
「まぁまぁ、あんた。そんな話はいいんじゃないかい?」
「あぁ、そうだな、すまんな。今でも大きな屋敷があっただろう?歩いてここまで来る途中に見たんじゃないか?あの洋館をさ。」
「あ、はい、見ました。なんだか、こういったら申し訳ない感じですけど、この村には不釣り合いっていうか・・・」
「あははは、違いないな。あそこは良くも悪くもこの村の要だったんだよ。」
「要、ですか。」
「そう、漁業が盛んだったころは網元に新しい漁業の方法を提案したり、村に新しい産業を興したり。農業に関してもそうさ。もっと昔の時はこの辺の開拓を一手に担っていた豪商の家系なんだよ。そりゃ、もう、俺たちなんかは頭が上がらなかったもんだ。」
「へぇ~、それは凄いですね。」
「そうだよ、すごい方だったんだよ。」
「けど、だんだんこの村自体がうまくいかなくなってきてな。魚も取れなくなってきて、村に来る人間が少しずつ減っていってな。世の中は今、好景気っていうけどどうなんだろうなぁ。」
好景気・・・かぁ。大学でもそんな話は聞いたことあったけど。
「それで、あんなこともあったからなぁ。」
「あんた、それはいいんじゃないのかい?」
「いいだろう?有名なことだし、隠したって仕方がないさ。」
あんなこと?なんだろう。
「そうだけどさ・・・」
「いいっていいって。これを聞いて来なくなるのかどうか。それもまた一つの選択ってやつだよ。」
「でも、何もこんな時に話さなくたって・・・」
「こんな時でもないと話せないだろ?」
う~ん、なんだか気になってきたぞ?
「何のことですか?そこまで話されると気になってしまって仕方がないんですけど。」
「そうだろう?男はそうじゃなくっちゃなぁ。よし、ちょっと重たい話になるけど聞いていけや。な?」
「はいっ。」
それがまさか、こんなに重たい話になるとは思わなかった。
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