瞬きの偶然

杉山実

第1話お久しぶり

   瞬 き の 偶 然


                        作  杉 山  実

              19-1

世界の人口は2015年の今、推定73億人がこの地球に暮らして居る。

その中で一生の内に、何人の人と話すのだろう?一方的な話を除けば、文明が発達して、範囲が広まったとはいえ、中々話す人数は限られている。

「おはよう」の一言でも中々お互いで話す事は少ないと感じる。

そんな中で恋愛、結婚、憎悪、離婚も数々の偶然が引き起こす産物なのかも知れない。


南田麻由子もそんな偶然の恐ろしさを体験する事に成る。

麻由子は二年前にようやく巡り合った南田真三と結婚をした。

真三は地元の市役所の市民生活課に勤めて、去年麻由子との間に娘凜が生まれて幸せの絶頂に有った。

南田真三の両親は近くに住んで居て、初孫の顔を毎日見に来る可愛がり様だった。

麻由子は美人で数多くの男性と付き合って、三十歳を超えてから急に焦りを感じて真三と結婚したのだ。

予てから職場仲間と合コンには参加していた麻由子は、いつも大勢の男性から声をかけられて優越感にしたっていた。

勿論真三とも合コンの出会いなのだが、少し違って全く関係の無い真三が出席したのだ。

友人が会費を払って急にキャンセルに成ったので、真三が急遽合コンに出たのだ。

合コンの大ベテラン麻由子と始めての真三が、偶然会って結婚に至るのだから、それもトイレを間違えて入った真三と、出て来る麻由子がぶつかるのだから、これこそ偶然と瞬きの一瞬の出来事だったのだ。


麻由子の旧姓は坂田で、東京の大学に進学して、地元は香川県の小豆島の高校を卒業して、島から出たい麻由子は東京の大学の入学を希望するが。。。。。

実家は小豆島で数多い佃煮の加工会社、とは名前だけの家内工業で、繁忙期に近所の叔母さん数人にお手伝いを頼んで凌げる程度だ。

兄直己も高校を卒業して家の工場の手伝い、麻由子は少し勉強が出来たので進学を希望したのだ。

お金が無いから、自分でバイトをして奨学金で授業料を工面するから行かせてと説き伏せて、東京の大学に入ったのだ。

旅費も沢山必要で、殆ど実家に帰らない麻由子はバイトに明け暮れる。

そんなある日友人の小玉亜希と渋谷を散策中に、急に腹痛を起こして近くのお店に飛び込んだ二人。

普通の喫茶店、麻由子はテーブルに座ると二人分の注文をして、亜希はトイレに駆け込んだ。

水を持参した女性が「いらっしゃい」と言ってから、しばらく不思議そうに麻由子を見ている。

麻由子が顔を上げると、その店員は奥に入って行った。

しばらくして、亜希がトイレから戻ると「大丈夫」と尋ねる。

亜希は「うん、便秘だったからね」と笑った。

同じ大学に学ぶ亜希は東北の岩手の出身、近くの学生寮の隣同士で仲良く成って、休みが一緒の時はよく渋谷で今日の様に映画を観て散策をする。

この茶店には一度も入った事が無い二人の前に、先程の店員がアイスコーヒーを運んで来て「麻由子よね」と叫んだのだ。

「えー、何方でしょうか?」と怪訝な顔で尋ねる麻由子に「私よ、工藤百合」そう言われても直ぐには判らない。

人はその場所で会う人は判っていても、想像も出来ない場所で会う時は咄嗟には判らない。

「小豆島の、中学で一緒だったでしょう!」そこまで言われてもまだ判らない麻由子に「二年の時父の転勤で私転校したでしょう、その時校門まで見送ってくれたのは麻由子だけだった」

話している百合にはその時の情景が蘇る。

みんなは教室で別れたが、麻由子だけが校門まで見送ったのに百合は感動して覚えていた。

麻由子は当時仲良くしていたので、母親に連れられて去って行く百合を追い掛けて姿が見えなくなるまで手を振ったのだ。

人は自分の感動の度合いによって覚えるのだろう。

百合には感動が残って麻由子を直ぐに思い出したが、麻由子は殆ど覚えていなかった。

「そうだったのかな?私殆ど記憶に無いなあ」と作り笑いで答えた。

「父の転勤が多かったから半年程よ!麻由子と同じクラスに成ったのは」少ない記憶を探す麻由子は思い出した様に話して、携帯のメールと番号の交換をして、しばらくして茶店を後にした。

店を出ると「あの百合って子、知っているの?」亜希が尋ねた。

「話会わせたけれど殆ど記憶に無いのよ、醤油の工場の蔵の近くに住んでいたと話していたけれど、記憶に無いのよね」と話して笑った。

人間は自分に都合の良い事の記憶は残っているのだろう?百合にはとても懐かしい麻由子に成っていた。

百合には中学一年から二年の秋が小豆島で過ごした記憶で、二年生の半年が麻由子との接点、この百合に会った事が、後の麻由子の人生に大きな影響を及ぼすとはその時の麻由子には判る筈も無かった。


翌日メールが早速届いて、昔の事自分の現在の事を伝えてきた。

麻由子には、百合の話にそれ程の興味は無かったのだが、百合が今までに東京で沢山の仕事をして顔が広いのだけが印象に残った。

その後のメールで百合の母親が離婚をして、高校生から東京の生活に変わっているのと、生活の為に色々な仕事を掛け持ちでおこなっていて、お金稼ぐなら相談してよねと言われた。


数ヶ月前、亜希とドライブ中に事故を起こしてしまって、怪我は無かったが、弁償問題が発生してしまって、亜希が金を借りるのに麻由子は責任を感じて保証人の欄に記入をしてしまった。

数ヶ月後、そろそろ就職と思った時に亜希が「大変な事に成っているの」と話して、お金を借りていた金額がどんどん増えてしまったのだ。

亜希は就職をしてから払えば良いだろうと、呑気に繰り越し支払いをしていたのだ。

四年生の冬に始めて聞いた麻由子は驚いて、亜希にどうするの?と聞くとアルバイトでもしなければとても払えないと泣き出したのだ。

今でも余裕の時間はアルバイトをしているので、これ以上のバイトをするのなら、水商売、風俗しか残っていないと思案、その時麻由子の頭に百合の姿が浮かんだ。

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