第4話
放課後、愛加は自転車で、謙信は歩きで田園を進んでいた。愛加はハンドルに肘を乗せ、さらに組んだ手に顎を乗せている。水辺の匂いのする風が通り過ぎるたびに車体が少し揺れる。
「……よくも質問を全部押し付けてくれたね、おかげで大変だった」
「それはこっちのセリフだ、君がなりふり構わずおもてなしとやらをしてくるから、周囲の視線が痛くて仕方がなかった」
「も、元はと言えば、謙信が居候を暴露したのが悪いんだ!」
「事実は事実だ、隠して欲しかったのなら先に言ってくれ」
二人は睨み合うが、どちらともなく視線を切ってしまう。
「強情だね、何が嫌なんだ、私の家に住むことになっても謙信に損はないだろう」
「損はなくても被害はある」
「被害?」
愛加が被害について追及してきたが、謙信は無視した。愛加は謙信が口を割らないと分かるや否や、自転車を立ちこぎして先行。謙信もそのあとを走って追う。
「来たときと道が違わないか?」
「本当はこっちの方が近いんだけどね、朝夕は車が多くて危ないから使わないんだ」
農道は狭く、対向車でも来れば自転車は脇道に逸れるしかなさそうだった。両脇は水の張った田んぼ。朝から泥水にまみれる危険を侵すくらいなら、早めに起きた方がまだ建設的だろう。
しかし謙信の関心は違う所にあった。農道の脇に廃屋がある。黒ずんだ木版は所々が欠け落ち、真っ暗な腹から背の高い雑草が覗く。
「この道で事故とかは起きていないか?」
「ん? 変なことを聞くんだな。事故はないけど、変質者がよく出るそうだ、このあたりは人気がないからね、私も暗くなってからはあんまり使わないようにしてる」
「そうか、なら、今後一切この道は使わない方がいい」
「どうしてだ?」
「どうしてもだ」
廃屋を通り過ぎる寸前。謙信は廃屋をきつく睨みつけた。
翌日。謙信が起きると、食卓には先に登校するという旨の書き置きがあった。夕飯の残り物を尻目に、謙信は昨日の内に購入した菓子パンを食す。
昨晩も愛加のおもてなしは熾烈を極めた。このままやっても埒が明かないと思ったのか、愛加は謙信の好みを逐一確認しながらおもてなしを敢行。謙信は嘘を付いてはけないという追加ルールを課せられ、質問につきあわされる羽目になった。
しかしようやく勢いを緩めたのか、朝食に真新しい料理はない。昨晩の質問でわざと手間のかかる料理を答えたのが功を奏したのだろう。角煮やビーフシチューなどと答えれば、易々と作れはしまい。あらかじめ冷蔵庫に材料がないのも確認済み、謙信に抜かりはなかった。
味の濃い菓子パンをもそもそと粗食しながら、謙信は考えた。
そもそも自分はなぜ、こんなことをしているのか?
別に愛加の許可を取らずとも、家から出て行けばいい話だ。それなのに、なぜこんな下らない賭けに付き合っているのかと言えば、姉の意図が読めないからだった。
姉は謙信がいまどういう状況にいるのか、誰よりも一番理解している。
ならばこうして謙信を愛加の元にやったのには何か理由があるのでは?
その謎を解くために、愛加家を訪れてから何度も連絡しているが、未だ返信は来ない。そのため、謙信は現状を静観せざるを得なかった。
「後少しは様子を見よう」
謙信は菓子パンの包みをゴミ箱に放り込み、それから少し迷ってから、夕飯の残りを冷蔵庫にしまった。
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