第十話 「賞金稼ぎも悪夢くらいは。」

うあ・・。


ん。


・・野郎っ!!


「はぁっ。はぁ・・はぁあ。」

部屋の空気は蒸し暑い、ではないもののまだまだ。

そろそろ、夏の気配も過ぎ、秋の空気がやってくる。


王都ストラスアイラ。

蒸気機関を主力とした工業と、共に発展を続けた大都市。

島国ゆえの閉塞感をさておいて、外部にも「進出出稼ぎ」と称して、侵略を繰り返した王国の。

その反省というわけでもあるまいに、「帝国ではない、民主国家である。」と、共和国宣言を果たした。

実際に名目上、王制は廃止されて王室に残る王は老人で、次世代には孫にあたる少女がその重責を担うハズだ。神輿みこしとしての。

もっとも、「老」とは名がついてはいるものの、動けないほどではないが。

本来なら、その「王」を受け継ぐべき王太子は、夫人が出産の際になくなり、その後を追うように病床に倒れた。

共に旅立つように。

ゆえに、王室の後退に繋がった。

ただ。

この王室の形骸化見た目だけに反対する貴族は多く、またその後の政治はどうするのか?

で、大いにもめたのである。


そう、王太子妃の娘が、双子であったために。



「うっせーなあ。」

部屋の送風機シーリングファンは、天井で緩やかに回っている。

キシキシ、とした音はむしろ慣れたものだが。

ただ。


「いいか、てめえ!こんなポンコツ持ち込みやがった上にだな!俺の仕事に文句たれるってなあっどういう事だっ!」


一つ階下の機工技師がわめいている。


悪夢、だったのはなんだかわかっている。


あたしは、寝台ベッドから抜け出して、着替えはじめ・・・

やっぱり、シャワーを浴びないと。と、下着を脱ぎ捨て始めて。


なんだかんだが終わった時点で、ようやっと階下の惨状を目にした。



「なんだ、ユイス。用でもあるのか?」

銀髪にも見えるし、白髪と言われれば納得する髪を短く刈り込んだ偉丈夫。

サイモン。

あたしの住んでいる部屋の真下、といってもいい場所で「機関士による正しい整備」を看板にしている、頑固な蒸気機関スチームエンジンのベテラン。

で、あたし自身も愛車を隣のガレージで置いている以上、お世話になっている。


さらには、「孫」も。

まあ、こっちはお世話をしている、と言いたいと言えば。そうなのかもしれないのだけど。


「どーしたの?」

さりげなく。極限までも、さりげなく。

あたしは、肩にかかる髪の湿り気を手で払いながら。


「見りゃわかるだろうがよ?」

と、逆に興奮を隠しきれないサイモン。


あちゃー。これはね。そりゃね。言い出す方が悪いとは思うけどね。あたしが寝てる・・まあいいや。

でも、あたしが関わる話じゃないよね?


目の前には、馬車(イマドキ)で運び込まれた、旧型車。

「あー・・・そのアレよね。放置?」

と、さりげなく最上級の提案をしてみるも。

「オマエなぁ。店の前でコレは展示品じゃねえぞ?って言ってるんだ。お前の愛車も出せないぞ。」


確かに。


あたしの愛車は、この整備工たるサイモンのお店の真横のガレージに置いてあるのであって。

が、馬車さえどこかに逝ってくれれば問題ない。そう、逝って。

「けどさ。コレの何が問題なの?」

当然の質問。

「王室御用達の車なんだよっ!」


え?


「本当?それ?」

と、よくよく見てみれば。

確かに。


職業、賞金稼ぎ。となれば、国家資格が必要なわけで。その紋章は頭の片隅には置いておかなければ、後々ヒドイ目にあう。

そうこうしている間に、御者?らしき男。

「で、直せないんだな?」

と威圧的に。

「ああ。ウチじゃあ、ムリだ。もうあきらめてくれ。」と首を振る。

・・・

珍しい、が。

納得もした。

もう、「関わりたくない」んだ。

あたしは、気にした風でなく御者?を見送り。

そうなった経緯いきさつを思い出す。


サイモンは、ようやっと息をついて。

「迷惑かけた。」とだけ。

それとは違って。

「そう。」とだけ。


あたしは、イロンナ意味で追い詰められてた。

自分が一番、悲惨でミジメの代表だと。世界の中で自分だけが被害者だったと。

だけど。

「あの子」だけは、助けないといけないって。

そう、誓ったのは確かなんだ。


「エル。あたしだけは、最後の最期まで、味方だよ。」

そして。

助けられなかった、リル。

ごめんね。


ああ。そっか。


今日の悪夢の果ては・・・・・・・・・・・・・・・・・


召喚者サマナーに、怒りの鉄槌を。」

になるのか。



「飲みに行く?」

銀髪の偉丈夫に。

「お前。やめとけ。どうせさっきので・・悪い思い出がでたんだろう?」

「そうだけど。」

「お前は、よくやってくれている。俺からは感謝以外に言葉がない。」

「だったら、もうちょっと整備費マけろよ。」

「それとこれは別だろう?」

「ああ、このジジイ!」

「落ち着け。俺だって食い扶持くらいはもらわないとな。」

ぬけぬけと言い放って、四輪自動車コーチをあっさり見捨てた機関士。


そうだ。これが理性的な「大人」の判断なんだろうね。


一人、G&G罪と対価に。


なんだか、負け犬みたいなヤケ酒になるかもしれないなあ・・

そう、負け犬の遠吠えを経験しているから、なおさら。


「邪魔するよ。」

開店間もなくだったせいか、客は他にいない。

勝手にカウンター席の端っこにすわる。


「ねえ。何もそんな場所に陣取らなくても。」

店主マスター、通称ハンサムが声をかけてくる。

この禿頭スキンヘッドの大男は、この賞金稼ぎバウンティハンターの溜まり場兼酒場の店主である。

「今日は、そンな気分なんだ・・・」

「昔話がしたいワケじゃないでしょう?」

「うっせ!ボトルちょーだいっ!」


やれやれ、といった仕草で棚にある琥珀色の液体が8割ほどある名札付きボトルと、ショットグラス、氷の入ったペールバケツと、チェイサー用のグラスとウォーターピッチャー。

つまみ、に房付きの干しブドウ。


「あたしの好み、全部わかってるよね。」

少し機嫌をよくして。


「それはそうよ。でしょ?」

そう。

だって、のおかげ・・・いや、恩人か。


この場所は。

かつてのあたしの特等席だった。

今は。そんな気分ってのを察してくれているのも十分わかったうえでの犯行も、彼は十分承知しているだろう。


「ねえ。ユイス。もう忘れろって言わないわ。でもね。前に進むしか、たとえ分岐点があっても後ろは『気をつけろ』だけで。」


分かってる。

解ってる。

ワカッて。

いるんだってば!


黙ってボトルから琥珀色の液体を小さなグラスに移し、少しだけ水を足す。

薫りを楽しむ前に、一気に飲み干す。


「やめとけ。な。もう。」

大きい手が、グラスを持つ手にかぶさる。


「ハンサム・・」

「俺もな。お前のそういうところが危なっかしいと分かってはいる。が。な。もう、やめとけ。」

「こういうの、好きじゃない。」

本音。

「正直、お前を保護した時に、大丈夫だろうとおもってたが。やっぱりまだダメなのか?」

「ハンサム・・いや、少佐メイジャー。うん。まだ夢が。追い立てるの。アイツを、召喚者サモナーを殺せって。」

「はあ。『俺』なんて、久しぶりに使っちゃったわ。でもね。もう終わりにできないの?」

「・・・」

脳裏にあのエンジン男の裏方だと思わしき影がよぎる。

深くため息をつく。

ああ、そっか。

そんな予感はあった。アイツが召喚者なのかもしれないって。

あたしは、ただ。空いたグラスとカウンターを見下ろして。

知らず、涙がこぼれた。



ママ!リル!

血に溢れたリビング、テーブルには・・


「もういい、もういいから。」

優しく手を握ってくれる少佐。

そうだ、あの時も。


凄惨な光景を目の当たりにしたのは、軍警察ではなく、陸軍。

それまでにも軍警察を差し置いて、陸軍公安局情報部は重大事件においては常に、それも国内事案については国家権力の最高ともいえる王室からの「印」を頂戴している。

下部組織として編成された軍警察よりもはるかに権限がある、ゆえに腐敗問題も取り沙汰されたが、この「ハンサム」がトップで指揮を執っていた時期はその限りではない。

情報部ゆえに、公式には氏名リストは出ていないが。

正義の味方ベビーフェイス」と、揶揄されながらもこの立場を退いたのは、あたしの。

あの事件から。

「召喚者」

別名は多数。

ただ、「他者を意のままに操る」だの「死体さえ動かす」だの噂は数知れない。

その動機はおろか、意図もつかめないが故に、まさしく正体不明の犯罪者。

結局、正体不明のソイツは逃げおおせたまま。

その責任とあたしを保護する、ために軍を辞めた「ハンサムかっこいいひと

あたしがつけた、彼らしいニックネーム。


ただ。

彼は、女性には興味がないらしく、そういう意味で裏切られた、ともいえる。


その前だって、ロクなものではなかったけれど。


手を振り払って、琥珀色の液体をグラスに注ぐ。

「ハンサムだって。あたしの前の事は知らないじゃない。」

グチが出る。

多分、知っているはずだ、けど。

「はあ。もう、いい夢見れるまで飲んじゃうってのもイイと思うけど。」

れないお言葉。


多分。

知らないとは思いたいけど。

父がレーサーとして名をせて、その後。凋落ちょうらくしていったサマを。

その足りない生活費を、あたしが身を銭に売春されてたことも。

神学校を目指していた、最愛の妹を、どれだけ愛していたかも。


ただ、残してくれた車だけが、今は家族との思い出だって、言うことも。


それだけに、許せないの。ただ、それだけ・・・・・・・・



「・・・・!・・い・・・ユイ・・ユイスってば!」

あれ?

あたし・・・?

「ユイスっ!」

抱きつかれてって?・・え?


目の前に金髪のポニーテールが揺れている。

「リ・・、エル!?」

「もーう。心配したんだよー。お爺ちゃんがココにいるはずって。でね。今日さ、いろんな事があったんだけどね。って、聞いてる?」

ああ。

「聞いてるよ。相棒。」

金髪が揺れる。

「あー!その言い方、絶対聞いてない!もう!僕はね!こう・・・・・・・・・・・・・」

ああ。

そうね。この子は「あたし」がまだまだ、必要なのかな?それとも?

「ねぇ、エル。ちょっとどうしたの?」

「特大情報だよっ!」

「あのさ・・エル。ココはその情報がさ。イコール、お金なんだからさあ。大声はヤメようか?」

「あああっ!そう!そうだよね!でも。結構しゃべっちゃったよ?」

・・・・・・・

ウンザリ、とはいかないまでも、そうか、そうだよねえ、この子。

リルの影が重なる。

「いいからさ、マズはハンサムに話を通しなよ。」

「うん!」


そうね。まずは、この子を第一に、ね。

あたしは、最期まで味方、でいさせてね。




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賞金稼ぎの見る夢は? 弓弦 @isle-of-islay

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