第1話 「賞金稼ぎは眠れない」

街に夜のとばりが落ちようと、この「王都」ストラスアイラは眠らない。

繁栄の都、不夜城、機関都市…


300年続いたクロフォード王家は、近年開発された技術が飛躍的に向上し、力をつけた民衆に対抗出来なくなり王位を残す代わりに議会民主制、共和国を認めたのだ。

かくして、無血革命を遂げた共和国はより一層の発展を望むべく一大産業国家へと突き進むのである。


だが、急激な変革は歪みをもたらし、治安は成長と共に反比例して悪化していった。

事態を重くみた時の首相、ジェームス・タリスカーは王朝時代の憲兵=軍警察以外に「賞金稼ぎ認定証バウンティ・パス」を発行し、民間人から有志を募ったのである。


「おい、ヤツはどっちに行った?」

張りのあるバリトン。

少しの焦りを感じさせる声だが、不安は与えない余裕も感じさせる。

暗赤色のジャケットの肩には金色のモール。襷掛たすきがけの黒い革ベルト。腰にはサーベルの鞘が有り、その中身は右手に握られている。

「はっ!警部殿。西区、三番街に逃げ込んだようであります!」若い警官が簡潔に報告をする。その背の向こうには駆け足で犯人を追いかける警官達も見える。

「三番街、か。倉庫区画までに取り押さえるぞ!」

「はっ!」若い警官は敬礼一つ、駆け出して行く。

見送ると自分も遅れないよう駆け出し、通信宝珠コム・オーブ呪印ワードに親指を乗せ「全員に通達!ヤツは倉庫区画に逃げるつもりだ。1班はそのまま、2、3班は回り込んで抑えろ!」駆けながら伝え終えると、サーベルを鞘に戻し速度を上げる。

「俺、そろそろ全力が厳しいんだ…って、そんな歳かよ。」が、そうも言ってられない。ここ最近、犯罪者は増える一方で軍警察の手に余ってきている。その半面、賞金稼ぎ達が競って手柄を挙げるものだから面子が丸潰れ。昼も夜も無く、駆けずり廻っても連中の『鼻の良さ』にはお手上げとしか言いようがない。何せ、情報屋の大半は胡散臭いうえに(実際、軽犯罪者やゴロツキが多い)互助組織まであるのだ。いくらオーブを使った人海戦術であろうとも、フットワークの軽い連中に出し抜かれてばかりで…

苦々しくオーブをポケットに入れ、隊に合流すべく重い脚を酷使する。


通信宝珠、通称「コム・オーブ(オーブ)」。

この国を支える基幹産業に欠かせない「魔術式」の1つ。物理法則に干渉し、ベクトルを変異させる計算式。古くは「神の導き」として、神秘を起こしてきたいのりの言葉。その中に含まれる要素を抽出し、体系化。理論的構成を学問とし、技術にまで昇華させたもの。

コム・オーブは水晶に静電気を流し、周波数を揃えてお互いの「声」を伝播させる事で成り立つ。勿論、そこには魔術式を用いた印が要るし、同じ結晶体から加工された物同士しか使えない。さらにはその大きさに比例して有効距離が決まるので、大量に実用性のあるオーブを揃える事はそれなりの組織力が必要なのである。


ボボボボ、ボ、ボボ…

やや、野太い低音が石畳と煉瓦の街に響いてくる。

警部は足を止め、近付いてくる騒音の主を確かめようとして、止めた。代わりにさっきより足を早める。

「やっ!警部!」

ボボボボという騒音と共に、若い女の声。

案の定だ。

「あっれー?聞こえないの?」

聞きたくないとは云わず、速度を上げることで意思を伝える。

「アルったら~♪」

少し甘くなった声。ボボボボと騒音の中からでもしっかりと通る。

「…」

「ダーリン!!」溌剌はつらつとした声。もう騒音がBGMに聴こえる。

ぷち。

確かに、こめかみ辺りから音がした。と思う。

「だーれがダーリンだッ!誰がッ!それに気安くファーストネームで呼ぶな!しかも愛称でッ!アレクサンダー・ジェイムスン警部だ!いい加減にしろ、このクソアマッ!」

駆け足を止め、声の主に顔を向ける。

目の前には…正確には、腰の高さにある頭を睨み付ける。

ストレートの黒髪を肩の高さに揃え、前髪はゴーグルで押し上げてある。やや淡いグリーンの瞳はいたずらっ子特有の耀かがやきが有り、実年齢を押し下げていそう。

形のいい鼻梁と小振りな唇、白い肌で全体的に整った顔立ち。旧王国北部に多い特徴で王都では少数派。そのせいか、目立つ上に美人と評される事が多い。もっとも、目の前の女性は充分にその条件を満たしている。

そして、当然の事ながら成人すれば大の男の腰の高さではなく、同じとはいわないが中央や南部人の女性よりは背が高い。

では…

「ヒドーい!あたしにだって、ユイス・リヴェットって名前があるのさ。」

乗っている深紅の三輪機関車スリーホイラーのドアフレームをベシベシ叩いて「べ~」と舌を出す。

「んで、迷惑来訪者ナイトノッカーさん、仕事の邪魔はしないでくれるかな?」

イライラを抑えて、何とか平常心で言葉を返す。

「こっちも、お仕事。分かってるクセに。ね?アレクさん、だ、っけ?」

「いい根性だ。今、この場で逮捕してくれるッ!」

「ワオ!ごーいん。罪状は?」

「公官不敬、並びに公務執行妨害だ!」

「ありゃま。コッチもパス持ちなんだし、仲良く治安維持に勤めよ?ね。」

「なーにが賞金稼ぎだ、いっつも邪魔ばっかりしやがって‼」

「賞金稼ぎ認定証、第178号。登録名、<明けの明星モーニングスター>。分類カテゴリ銃使いガンスリンガー許可証ライセンス小範囲爆発物スマートボム。共和国暦16年9月27日発行。正規品。」シングルの革ジャケットの胸元からパスケースを取り出し、ヒラヒラと見せつける。

「だから何だ?」

「ご・う・ほ・う。」

「合法だろうが、邪魔は邪魔だ、ジャマすんな、余計にタチが悪いわ。」

「あら、そう。んじゃ、まったね~♪」

ボボボボと騒音を轟かせ、赤いスリーホイラーが走り去って行く。


ふう、とため息。

「こちらジェイムスン。聴こえるか?」

オーブを取り出し、部下に尋ねる。

「はい、警部。ヤツ…395番、銅色のカッパーオウルは倉庫区画に。3班と連携中であります。」

「よろしい。俺は遅れる。」

「はっ。」

「ナイトノッカーが来た。足留めはしたつもりだが、アイツの事だ。ちょっかいを出してくるに決まってる。気を付けてな。」

「はっ!」

やれやれ。オーブをポケットに。

いまだ残った排気煙を追い払うように手を振り、シガーを取り出す。くわえると、ズボンのポケットからオイルマッチを出し、角を押し込む。ガチッっと音がしてギヤが回転すると鉄片が石を擦り、火が芯に灯る。

プハ、と火をシガーに移すと一息。オイルマッチをしまい込み、歩みを進める。今更走った所で蒸気機関付きの車に敵う筈もない。

「にしても、普通の蒸気機関か。懐古主義レトリックなのか、浪漫主義ロマンチストなのか。女の趣味はわからん。」

自宅に停めてある四輪機関車コーチスタイル、通称「コーチ」は魔術式を組み入れた蒸気機関マギテクニカルエンジンだ。今や一般的で、コストも安く、普通の蒸気機関スチームエンジンより手間暇掛からないし、馬力も出る。その分、頑丈な機関になるため重くはなるのだが。

しかも、軽量の為に三輪にし、座席も二人分と使い勝手まで犠牲になっては、最早趣味としか言えない。が、おおっぴらには言わない。その位の社交的礼儀がないと、公官というものはやっていけないのである。



「アロー、こちらアンのA。ベティ、聴こえて?」

「感度良好!こちら、ベティのB。」

「オーケい、警部ドッグは迷子。警官達キャッツは?」

「ん~、フードに釣られてハウスに。目標メインディッシュはテーブルについたよ。」

「上出来!ナイフはコッチで用意してる。先にフォークで突っついていいわよ♪」

「はぁい♪じゃあ、一口だけ頂きます。」

「了解、すぐ行くわ。以上オーバー。」


ふんふーん♪

金髪をポニーテールに纏めた少女は、コッソリと(本人はそう思ってる)倉庫に侵入してきた、黄土色の貫頭衣服ポンチョの男を上から観察していた。

さて、どうしよっかな?とりあえず、沈黙させるか。

カーゴパンツのポケットから1つ、手のひらサイズのブリキ缶を取り出し、カパっと蓋を外す。内蓋の鉛箔を少し破り、ストックベストから1本の棒を取り出すと、破れた穴に放り込む。外蓋をはめ直し、倉庫の中に投げ込む。と同時に、ドアをしっかりと締める。

からんころん、とオモチャが転がるような音がして、同時に男の声。

ドアにかんぬきをして、外していたモノクルを掛ける。と、薄暗い部屋…倉庫だけに広いが、荷物が多いのでそれほどスペースは無い…で、男が何やら口元を袖で覆って慌てているのが上から見えた。灯り取りの小窓からは少しの月明かりしかないけれども、この魔術式、監視眼サーチアイであれば問題ない。

「オウルちゃん、ふくろうさんならこの程度じゃ丸見えだよね?どうかな?」

モノクル越しの男は原因を探し回っている。

そこに。

ポン。肩を叩かれ

「ッ!」

「ごめん、ごめん、あたし。」

振り返れば、黒髪の女性。

「ユイス!」

「ごめん、って。どうかな?」

「ん、もう!…ソースをつけただけ。早かったね。」

「まあね、夜更かしは美容の敵。ちゃっちゃと片付けよう、エル。ワンコ達が欺瞞ぎまんに気付く頃かな。」

「大丈夫、導きの灯ウィル・オー・ウィスプりは後30分位持つから。」

「便利ね、アレ。今度教えてよ。」

「ちゃんと勉強すれば簡単だって。」

「やっぱり、コッチでいい。」ホルスターを叩く。ついでに銃を抜く。シリンダーを出し、弾を籠めていく。

「それって、普段は空だよね。」

「暴発のリスクがあるし。それに特殊弾も場合によっては使うから。」言いながら、摘まんでる弾を見せる。

「それって?」

昏倒弾スタンバレット。」

「なるほど。」

「因みに、ガチの撃ち合いになったらこんなリボルバーのハンドガンじゃ勝負にならないから。」

「どーすんの?」

「逃げるつもり。あたしゃ高名な騎士じゃないしね。」

「ごもっとも…ッと。いい感じ。」

「おねんね?」

「いぇす、まむ!」

「んじゃ、さっさと回収しよう!」

「あい。」


っと

よし。


「しっかし、良く効くガスね。」

「まあね、魔術式で効果上げてる。」

「なんでもアリか!」

「万能なんて無いよ。あったとしたら、それは神の御手、魔法だけ。」

「あらまあ、さすがに神学校の学生だこと。」

「卒業したってば。」

「通ってるじゃん。」

「そりゃあ、信徒だし。」

「で、賞金稼ぎね。」

「信じてるだけじゃあ、パンは降って来ないから。」

「そりゃそっか。では出発!」


スリーホイラーの助手席にエル、後の荷台…といってもキャリーバッグ一個が載れば上等、何せ、後輪は一輪なのである…にロープで巻かれた痩せた男。勿論、ステアリングを握るのはユイス。

機関部分も後輪側、駆動輪も云わずもがな。しかも熱い!

とんでもない音と振動で男が目を覚まし、がなりたてているが、マトモに聴こえる筈もなく。三人は換金所に向かうのであった。



「また、してやられた…。」

「警部…」


街はまだ夜を迎えたばかり。

賞金稼ぎ達は、休む事なく働くのだ。

何せ、今が稼ぎ時。


「はい、こちらジェイムスン。…了解!直ちに向かいます!」

こちらも終わらない…


今夜も王都は平和である。

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