血も涙も……

まよりば

第1話

人類が地球から離れ、火星にコロニーを築き上げてもうすぐ五十年。科学は大いに発展したはずだが、その一方で、今日も男と女は好いた惚れたを繰り返し、同じくらいの数だけ涙をのむ者もいる。

「初デートが植物園だったんだよ」

 試しに入った寂れたスナックで、奥で一人のみをしていた男が言った。乾き物のスルメを忌々しそうに噛みちぎり、お猪口の日本酒を勢いよく呷る。

「春の終わり頃、いや初夏って言った方が良いかな。色んな花が咲いてて、良い季節の良いデートだったんだ」


 鳥が遠くで鳴いている。その声に惹かれるよう顔を上げた女に、男はそっと声をかけた。

「そこ、段になってるから気をつけて」

「え?」

バランスを崩しかけている女を見て、男は咄嗟に、躓きそうになった彼女の手を取った。

「ありがとうございます」

 女は、はにかんだ笑みを浮かべた。手が振り払われなかったことに安心し、男は手汗を心配しながらも女の手を握りしめる。

「少し顔色が良くない。体調が悪いのですか?」

ベンチで休みましょうか、と男は提案したが、女は大丈夫です、とか細いながらもしっかりとした声で答えた。

「男の人とデートするの、初めてで、緊張してしまって……」

 手を繋いだまましばらく歩くと、バラ園に着いた。色とりどりのバラが咲き乱れ、甘い香りが広がっている。

「私、バラは少し苦手なんです」

 バラが嫌いな女がいるという事実に驚いて、間髪入れず男は何故かと尋ねた。

「美しい花だとは思うんですが、綺麗すぎて血の色を思い浮かべてしまって……」

女はそこまで言うと気まずそうに、折角のデートに変なことを言って申し訳ない、と謝った。謝る女の姿からは誠実な人柄が感じられ、男の目にはいっそう好ましいものに映った。

「また、会ってくれますか?」

 男の言葉を聞いて女は嬉しそうに頷き、その後何度かデートを重ねた。

 交際は順調に進み、春になったある日、男はプロポーズを決行した。女に少しでも誠意が伝わるように、野原で摘んだスミレを小さな花束にして、指輪に添えた。


「それで結果はどうだったんです?」

 私は男に尋ねた。

「振られたよ」

「どうして?」

 男は私の目をしばらく見つめたあと、苦しそうに目をそらした。

「忘れてたんだよ、彼女がイカ人類だってことをさ。スミレの花の色は、モロに彼女の血の色だったんだ。」

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血も涙も…… まよりば @mayoliver

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