後日譚・記憶

※後日譚です。本編を最後まで読んでいないと、状況が分からなくてまったく面白くないと思います。

 

 

 

 

 街道の両脇、立ち枯れた葦の向こう、雪原をまだらに切り抜く水面が、曇天を映して鉛色に輝いている。

 幌馬車の荷台と御者台を隔てる幕の隙間からそっと顔を出したウネンは、眩しさと風の冷たさに、一瞬だけぎゅっと目をつむった。肩に羽織っていた毛布を首元までしっかりと巻きつけて、ほぅ、と白い息を吐く。

 ウネンの生まれ故郷のロゲンも、ヘレーと住み着いたイェゼロも、雪が降る日はあっても積もることはほとんどない。一箇月半前のマンガス討伐の往き道でも、雪はちらつけど積雪までは見られず、だからウネンは、お昼時に幌の外でオーリとモウルが雪道の対策について話しているのを耳にして以来、ずっと外の景色が気になって仕方が無かったのだ。

「ヘレーさんかと思ったら。何をしてるんだよ、ウネン」

 御者台に座るモウルが、ちらりと背後を振り返るなり目を剥いた。口元を覆う襟巻のせいでくぐもってしまっているが、声に滲む刺々しさは相当のものだ。

 ウネンは慌てて「すぐ戻るから」と弁解した。

「何か用が? ていうか、ヘレーさんは何をしてるの」

「雪景色、ていうのを見てみたくて。ヘレーさんはちょっと前から、うとうとしてる」

 舌打ちののち、モウルが外套のフードを脱いだ。その下にかぶっていた耳当てつきの帽子をぞんざいに毟り取り、前を向いたまま手だけ伸ばしてウネンに差し出す。

「怪我もまだ治っていないのに、風邪までひかれたら困るんだよ」

「大丈夫だよ、寒くなる前に中に入るから」

「頬っぺた真っ赤にしておいて、何が寒くなる前に、だ。これをかぶるか、引っ込むか、三つ数える間に選ぶんだね」

 背中を向けたまま、一、二、と数え始めたモウルの手から、ウネンは急いで帽子を受け取った。三、と言い切る声と同時に、勢いよく帽子をかぶる。モウルの体温が残っていたのだろう、思った以上の温かさに、ウネンの口からホッと溜め息が漏れた。

「あ、でも、今度はモウルが寒いね」

「そう思うなら、さっさとそれ返して、中に入りなよ」

「ご、ごめん」

 ウネンがあたふたと帽子を脱ぎかけたところで、モウルが左手を大きく振って「ああ、もう」と息をついた。

「少しぐらいなら平気だから。雪景色、見たいんだろ?」

「うん」

「もう少し行けば見晴らしのいいところに出るから、そうしたらすぐに返してもらうよ」

「ありがとう」

 ウネンは、素直にモウルの厚意を受けることにした。幌の中に風が入らないよう入り口の幕をぴっちりと閉じ、モウルの左斜め後方、荷台の縁に腰かける。

 葦原の中を伸びる街道は、泥交じりの雪で薄く覆われていた。馬が地を踏みしめるたびに、灰色の雫がびしゃりと周囲に飛び散る。

 通る者がいなければ、この道も真っ白な雪に覆われていたのだろうか。ウネンがそう思いながら目を脇にやると、道の端に雪が大人の腿ほどまで積まれているのが見えた。一歩踏み外せば湿地に嵌まりかねないこの街道の、あんなきわを人馬が通ることなど、まず無いだろう。ということは。

「誰かがこの道の除雪をしてくれてるんだ」

 ああ、と、モウルがウネンの独り言に応えた。

「主要な街道は、そこを治めている領主や郷士が雪かきをしてくれるね。そうじゃなきゃ、あっという間に町という町が孤立してしまう」

「そうか……」

 ウネンは、そっと目を閉じた。記憶の本棚に手を伸ばす間もなく、ウネンの知らない知識が意識の表層に浮かび上がってくる。

「最初は、皆、ばらばらだった。家族や親しい者同士で肩を寄せ合い、手元にあるものだけで命を繋いでいた……」

 本のページを一枚一枚丁寧にめくり、一文字一文字指でなぞってゆくように。途方もない時間と空間を越えて届けられた情景を、ウネンはぽつりぽつりと読み上げる。

「やがて、幾つかの組で協力して、手に入れた食料や資源を交換するようになった。力を合わせて狩りをするようになった。更に仲間を募り、作物を育てるようになった」

「ウネン?」

 怪訝そうなモウルの声を聞き、ウネンは静かに瞼を開いた。途端に、冷たい風が目縁まぶちを舐める。

「〈初期化〉で神々は科学知識だけを奪ったつもりだったけど、そんなの、綺麗に切り分けられるはずがないもんね。色んな知識が絡み合ってできているのが、人間だもん。だから、しばらくは本当に大変だったみたい」

おさ様も言っていたな。多色の糸で織り上げられている布から、問答無用に似たような色味の糸を幾つも抜いていったら、穴あきのボロボロになってしまうだろう、って」

 ちらりと肩越しにウネンを見やって、再びモウルは前を向く。

 ウネンは「うん」と相槌を打つと、夢中になって記憶のページを繰った。

「でも、断片になったとはいえ、知識が全く無くなったわけじゃないから、日々の生活で手に入れた別の色の糸で、穴は次第に塞がっていったんだって。それはまるで、人類の進化を早送りでやり直すように。だけど、一度破壊された秩序はそう簡単には戻らなくて、その食い違いがまた新たな混乱を生んで……」

 森の賢者の記憶には、まだ「国」というものは存在しなかった。整備された道も、貨幣も、点在する小さな共同体同士を恒常的に繋ぐものは何も存在し得なかった。

「当たり前のことが、当たり前にあるのって、凄いことなんだなあ……」

 ウネンがそう呟いた瞬間、馬車が葦の陰を曲がった。視界が一気にひらけ、一面の白が目の前に広がった。

 乾地も湿地も、荒地も畑も。ぽつりぽつりと立つ灌木を残して、雪は全てを覆い隠してしまっていた。兎か鹿か、獣の足跡が破線を描く他は、生き物の気配は一切無い。

 幾重にも重なるなだらかな山々は雪の白と木々の黒でまだらとなり、彼方で曇天に溶けていた。色彩を失った冷たい世界で、国境の町リッテンの堅固たる城壁だけが、僅かな色味と人々の営みを浮かび上がらせている。

 一度は全てを失いながらも、ヒトはここまでやってきたのだ。胸の奥底から熱いものが込み上げてきて、ウネンはきつく胸元を握り締めた。

 

      *

 

 リッテンの門に到着したウネン達は、ほどなく他の通行人とは別の建物に案内された。

 怪我人のウネンとその付き添いのヘレーとを別室に残し、モウルとオーリで官吏の前に立つ。待つこと半時はんとき、表が騒がしくなったと思えば、顔見知りの兵士が二人、部屋の中へと駆けこんできた。

「お二方とも、無事のお帰り、お待ち申しておりました!」

 そう言って踵を揃えたのは、マンガス討伐隊の副隊長だった。モウル、オーリ、と順に視線を投げ、「して、彼奴きゃつめは……」と身を乗り出してくる。

「陛下の裁きを受けさせたかったのですが、力及ばず……。遺体は馬車に乗せてあります」

「なるほど。では、このあと確認いたして、明朝にも早速早馬を王都へ遣りましょう」

 副隊長の話を聞くに、討伐隊は、国境を越えるウネン達を見送ったのちも引き続きここリッテンで待機していたが、七日を過ぎたところで王都からの指示を受け、副隊長ともう一人を残して一旦王のもとへ取って返した、とのことだった。

 それからほぼ一箇月。そろそろ陛下も痺れを切らし始めているころでしょう、吉報が得られて良かった良かった、と、副隊長は顔をほころばせた。

「皆さんにはお疲れのところ申し訳ありませんが、明日の昼には王都へ出発したいと思うのですが……」

「分かりました」

「今夜は、ベデガー様が皆さんのお部屋を用意してくださるそうです。のちほど我らがご案内いたしましょう」

「ありがとうございます」

 副隊長とモウルの会話が一段落するのを待って、ずっと傍に控えていたもう一人の討伐隊隊員が、おずおずと口を開く。

「あの……。ウネン嬢が怪我をしたと聞きましたが、お加減は……?」

 彼は、往路にて荷馬車の御者を務めていた男だった。オーリと同い年か、少し若いだろうか。往き道の一週間をともに過ごしたこともあって、ウネンの容態が気にかかるのだという。

「いっときはかなり危険な状態ではありましたが、もう大丈夫だと思いますよ」

「そうですか、それは良かった。王都へは、また私が、責任を持って細心の注意を払ってお運びいたし」

「怪我人には、ヘレー医師と魔術師である私が付き添いますので、それには及びませんよ」

 にっこりと微笑んで会話を打ち切るモウルを前に、討伐隊員は、建て付けの悪い鎧戸を上げ下げするようにぎくしゃくと首を縦に振った。

 

      *

 

 見事な望月が、植栽がいだく雪の冠を煌めかせている。

 モウルは、心の中で「美しいな」と呟いた。雪など、氷室に使うか早春の灌漑の助けになるか程度の利用価値しかない厄介者だというのに、こんなところにも〈神〉は宿るのだ。

「そもそも『価値』なんてもの、人間が勝手に決めつけているだけなんだけどね」

 思わず零れた独り言に、雪を踏みしめるオーリの足音がかぶさる。

 領主ベデカーの城の、居館を出てすぐの中庭は、深夜とあって人っ子一人見受けられない。

 夕食のあと、モウルとオーリはベデカーの要請で、討伐隊の二人も交えてあらためて遠征の顛末を語らされた。明かすべき事柄、明かさざるべき事柄を慎重に仕分けしつつの報告ののち、王都への早馬の手配と明日以降の打ち合わせを終えた頃には、夜もとっぷりと更け、そうして今、寝所として宛がわれた塔へ戻る途中なのだ。

 モウルは、前方の闇に目を凝らした。月明かりと雪明かりに比してあまりにも頼りない灯りが、鎧戸の影を幽かに浮かび上がらせている。ふと、暖炉が投げかける柔らかい光の中、毛布にくるまって眠る小さな肩が想起され、モウルは思わず足を止めた。

 背後で、オーリの足音も止まる。

 モウルは大きく深呼吸をした。そっと目をつむり、もう一度深く息を吸う。冷気に晒された鼻腔と喉がひりひりと痛むのとは相反して、額から目の奥にかけてが燃えるように熱くなる。

「僕という個人を僕たらしめているのは、この頭脳だ」

 モウルが耐え切れず吐き出した言葉を、沈黙が柔らかく受け止めた。オーリはいつもこうなのだ。無視するでなく、構えることもなく、ただ単簡たんかんに、「言いたいことがあるなら言えばいい」と立ち止まって待ってくれる。

 君がそんなだから、僕は甘えてしまうんだ。奥歯を思いっきり噛み締めてから、モウルは静かに瞼を開いた。自己嫌悪をひと思いに呑みくだし、ゆっくりとオーリを振り返る。

「もっと細かく言うなら、この頭の中に蓄えた『知識』が僕という人間をかたちづくっている」

 それでも、モウルはまだ少し躊躇っていた。この憂苦にオーリを巻き込んでしまうことに罪悪感を覚えなくもなかったからだ。加えて、一度でもはっきりと言葉にしてしまったら最後、もうどこにも逃げ場がなくなってしまうのではないだろうか、との漠然とした恐怖。

 だが、その一方でまったく逆のことをモウルは望んでいた。この不安をオーリに押しつけてしまいたい、肩代わりさせてやりたい、と。それに、どうせいつか逃げ場を失うのなら、いっそひと思いにとどめを刺してもらいたい、とも。

 相反する二つの感情に揺さぶられながら、モウルは、心の表層に浮かび上がってきた言葉を、片っ端から掬い上げ続ける。

「勿論、容れ物である肉体の特性も僕という存在に影響を及ぼしている。生まれながらの気質や特質というやつさ。だが、そういった生来の性格ですら、ある程度は知識の影響を受ける。どんなに無謀な者も、待ち受ける危険が理解できれば慎重になるだろうし、臆病者でも、最善の手が明確ならばなけなしの勇気を振り絞ることができる。知識が増えれば、より多角的に物事を捉えることができ、その結果、行動規範も変わりゆく。他でもない、知識が人間を動かすのさ」

「何が言いたい」

 流石に痺れを切らしたか、オーリが簡潔な一言を投げてきた。

 モウルは、腹をくくると、オーリの目を真正面から見つめ返した。

「ウネンは、いつまでウネンでいられるのだろうか」

 風が吹き抜け、梢に積もった雪がぼたぼたと落ちる。

 オーリは何も言わなかった。ただ、眉間の皺を深くさせるのみ。

 湧き上がる苛立ちを必死で抑えながら、モウルは言葉を継いだ。

「いや、もう既に、ウネンは僕らの知っているウネンではないのかもしれない」

「森の賢者のことか?」

 オーリが僅かに首をかしげる。思いのほか鈍い反応に、モウルはつい語気を強めた。

「僕やヘレーさんでも足元にも及ばない途方もない知恵者に、十五歳の、普通よりも少し物知りなだけの女の子が勝てるわけないだろう」

「勝ち負けなのか?」

「そうさ。本来彼女が有している行動原理、規範、そういった全てにノイズが入り込むんだ。干渉を受けるんだ。それも、莫大な知識からのね」

 モウルは、里の神庫ほくらの書庫を思い出していた。一面の棚に並ぶ沢山の書物を、それらを貪り読んだ日々のことを思い返していた。あれらがモウルを作り上げたように、賢者の叡智がウネンを作りのだ。この恐ろしさが解らないか、と、モウルは知らず視線に力を込める。

「例えば、君の脳に僕の知識が注ぎ込まれたらどうなるか、想像してごらんよ。剣の届かない敵に必死で駆け寄るよりも、魔術を使うようになるだろう。何か問題を解決するのにもっと効率の良い方法があるとってしまえば、それがたとえ本来の君の生きざまに反するやり方だとしても、心が揺れるのは必至だ。助けを求めて縋りついてくる手を計算高く払いのける君なぞ、君であるものか」

「俺だって、手を振り払うことはある。見て見ぬふりをすることも、よくある」

 オーリが、苦笑を浮かべ囁くように言葉を返した。それから、ゆっくりと辺りを見回した。最後に、胸の前で握り締めたおのれのこぶしに目を落とし、そうして再びモウルを真っ直ぐに見つめる。

「たとえ俺の生きざまとやらに反する方法だとしても、俺が『そうしたい』と思う限りは、それは、ほかでもない『俺』がやったことだ。俺が選んだ時点で、それが俺の生きざまだ」

 モウルは奥歯をきつく噛み締めた。どうして惑わないのか。その自信はどこからくるのか。こんなに足元が不安定なのに、どうして君はそんなに真っ直ぐに立っていられるのか、と。

 モウルの苛立ちをよそに、オーリが、ふ、と口元を緩ませる。

「そもそも、他人に簡単に呑まれてしまうほど、あいつが弱いものか」

「根拠は」

「あいつが頑固者だからだ」

 またたきの間、モウルはオーリが何を言ったのか理解できなかった。ややあって、その、あまりにも能天気な発言に、ふつふつと怒りが沸き上がる。

「……泣いていたんだぞ」

 気のせいだと自分に言い聞かせ、胸の奥に押し込めていた情景が、歯止めを失い溢れだす。

「ああ、確かに泣いていた。整備された道を見て。リッテンの城壁を見て。〈初期化〉で何もかもが駄目になったところから、よくぞここまで文明を再構築したものだ、と言わんばかりに涙ぐんでいたんだ。あの涙がウネンのものだと言うつもりか? 見るもの聞くもの全てに目をキラキラさせて『すごいね!』と笑う彼女が、なんであそこで泣くんだよ! ええ?」

 モウルがオーリの胸倉を掴もうとしたその時、背後で軽い足音がした。

 驚きのあまり声もなく振り返ったモウルの視線の先、ウネンがヘレーに支えられて立っていた。

 

      *

 

 呆けたように立ち尽くすモウルの横で、オーリが不機嫌極まりない表情を浮かべた。ウネンに対して何か言いかけたものの、一旦唇を引き結び、あらためてヘレーに向かって「怪我人に何をさせているんだ」と凄んでみせる。

 ウネンが慌てて「ぼくがわがままを言ったんだよ」と身を乗り出した。

「それに、傷が塞がったあとは、適度に身体を動かしたほうがいいんだって。大きな怪我のあとは特に血栓ができやすいらしいから……」

 ウネンの弁解を聞くうちに、モウルも我を取り戻したようだった。深い皺を眉間に刻み、「ヘレーさん?」と問いかける。

 ヘレーが苦笑とともに「いいや」と首を横に振った。

「やっぱり、森の賢者の知識か」

 派手な舌打ち一つ、モウルがオーリを振り向いた。

「こういうことだよ。以前のウネンならば、おとなしく部屋で待ってただろうさ」

「血栓予防なら部屋の中でもできる、とは言ったんだけどね」面目ない、とヘレーが頭をかく。「押し切られてしまったよ」

「すぐに戻るから。ていうか、モウル達も早く部屋に入ろうよ。寒いでしょ」

 ウネンの言葉を聞くなり、ヘレーとオーリからは苦笑が、モウルからは唸り声が漏れる。

 一緒に戻ろう、ときびすを返したウネンが、肩越しにモウルを振り返った。

「ええとね、そのぅ、森の賢者の知識のことなんだけど、なんて言ったらいいのかな……。お話を聞いた、って感じが近いかも」

 モウルは、無言でウネンを見つめている。

「魔術師ってすごいなあ、いいなあ、って思ってたのが、モウルの話を聞いて、大変なんだな、苦労もすごいんだな、って思うようになったみたいに。お父さんの話を聞いて、里の神庫ほくらの様子を思い浮かべることができるようになったみたいに。森の賢者の記憶とぼくの記憶とが交ざってどうこうって言うよりも、賢者が聞かせてくれた昔話を、ぼくが受け売りで喋ってる、って感じかな」

「年寄りの昔話、か」

 オーリが投げかけた一言に、ウネンが「うん、そう。そんな感じ」と目を輝かせた。

「モウルだって、普段、小さい頃のことや読んだ本の内容をずっと思い出し続けているなんてことはないでしょ? 何かきっかけがあって、連想して、昔の記憶が引っ張り出される。ぼくだってそうだよ。以前からずっと、そう。今は、それに森の賢者の本棚が加わったってだけ。図書室で目的の本を見つけて読むのと同じだよ。それを頭の中で出来るっていうのが、ちょっぴりお得かな」

 黙ったままのモウルの眉間から、険が僅かに、僅かに取れる。

 それを見たウネンが、嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

「心配してくれてありがとう、モウル」

 ヘレーが、目を細めてウネンを見つめる。

 オーリが、やれやれと肩を落とす。

 肝心のモウルはといえば、唇を引き結んで顔をウネンから逸らせたのち、大きく息を吸って、吐いた。そして再びウネンの正面に向き直ると、にやりと口のを引き上げる。

「そういうことなら、ひとまずは安心したよ。いつ、君が先輩風を吹かせて、僕のことを小童呼ばわりするようになるか、気が気ではなかったからね」

「あ、でも、ナイズは、すっごく先輩気分でいるみたいだけど」

 ウネンが付け加えた一言に、モウルが声にならない呻き声を漏らした。

 

 

 

    〈 了 〉

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