父娘

虐待行為がない時や機嫌がいい時に限って、父と私は普通の父娘でいられた。


父が穏やかに話をしてくれる時は、逆鱗に触れないように気を使わないといけないものの普通に会話ができた。

学校であった楽しいこと、図書館で見た面白い本のこと、テレビで流れるニュースのことなど……。

他愛もない話をする私達を見た人は、きっと性的虐待や暴力が行われているなんて想像できないだろう。


だが、人が関わるようなことはあまり話した覚えがない。

テレビやビデオを見る時、父は必ずと言って登場する人物を貶すからだ。


「このニュースキャスターは顔が気持ち悪い。テレビに映すような顔じゃねぇな」


「大抵洋画は女子供が足を引っ張る。女子供はしゃしゃり出てこずに視界外で大人しくしてろ」


「所詮こいつらも金が大好きなんだ。裏で何してることだか」


「女は大人しく男の言うことを聞いてればいい」


毎日毎日呪詛のように繰り返される言葉は、自分に向けて言われているような気がして私の耳を苛んだ。

自分が足を引っ張るダメな人間で、役立たずだと言われているような気がした。

私が友人のことを話すと何を言われるか分からない不安感と、大好きな友人が貶されることが嫌で、父の前では交友関係を出来る限り隠した。


会話の他にも、父娘のように接する事ができていた媒介の一つにゲームがある。


私がゲームをする時間は、父が居ない時や父の機嫌がいい時に少時間だけと限られていたが、楽しんでいた私を見て興味を持ったのだろう。

突然やってみたいと声をかけられた時は本当に驚いた。

だが、自分の好きなものに父が興味を持ってくれたのは素直に嬉しいと思えた。


父はあまりゲームが得意ではなかったため、初めてやるゲームは私が先にクリアしてから教えるようにした。

お互い好きなゲームに若干の違いはあったものの、ああでもない、こうでもないと話をしながらゲームを教えるのは楽しかった。

そして、そんな時間は父娘でいられたのではないかと思う。


だが、そんな風に父娘のようにいられる時間があったからこそ、父が暴力を振るう時、暴言を吐く時、あの行為をする時、その落差に心を砕かれるように感じた。

なぜ父娘のままでいられないのかと思い悩み、何度泣いたかなど覚えていない。


正直な話、父から解放されるために殺してしまいたいとも、警察に行きたいとも考えたこともある。

酷いことをされればされるほど悔しいと思ったし、殺してしまいたいほど憎いとも思った。

だが、どんなに最低な人間でも私の父なのだ。

性的虐待をしても、罵られても、暴力を振るわれても、私の父に変わりはない。

殺していいはずもないし、ましてや警察に突き出したりできるはずもなかった。


それに、他者に助けを求めて自分のことが明るみになるのも怖かった。


『テレビで報道されてしまったら、毎日マスコミに追われ続け、周囲の人達にもバレるかもしれない』


『周囲の人達が、親戚や友人が、私を汚らわしいものでも見る目で見てきたら?』


『母に迷惑がかかり、裏切られたことを知って恨まれるかもしれない』


『母も父も友人も誰も彼もが私を嫌ってしまったら、私は一生ひとりきりになるかも…』


そう考えると、湧き出した不安が一気に私を包み込み、情けないほどに全身がガクガクと震え、勝手に涙が溢れてきた。

父にあの行為を求められることより、母や友人たちから見放されることがずっとずっと怖かった。


父を裏切ることも告発することも出来ない自分を愚かだと思うが、それでも私は普通の父娘でいたかった。

それが父にとって一時の偽りでも、父娘のフリでも、私にとってはちゃんと父娘の時間だったと、今でもそう思っている。

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