5:覚める夏の日
5:覚める夏の日(5-1)
昔から、夏が苦手だった。
かつての自宅とはまるで様相の異なる寝台の上。かつては念願だった一人きりの寝室の中では、一晩に何度寝返りを打とうとも誰に気付かれることもないのが救いだ。汗ばんだ素肌に張り付くシャツの感触を鬱陶しく感じつつも、起き上がって服を取り換える程の気力は湧かなかった。
茹だるように暑い夜にはいつも、瞼の裏で夢とも幻ともつかない記憶の残滓を見る。
幼い日の路端、家族と過ごした居間、教室。思い出そうとしているわけでもないのに脳裏に浮かんでくる景色や人の輪郭は、どれも頭の中でぼやけて確かな形を持たない。
「僕は、大丈夫だから」
僕は人より、ずっと出来損ないだけれども――そう言って穏やかに笑ってみせた時だけ、目の前の誰かの表情を安堵に緩ませることができたのを覚えている。
『――は、いい子ね』
その度に思ったのだ。
なんだ、こんなに――簡単なことなのか。
5:覚める夏の日
灰色の壁に取り囲まれた箱の中で、何処かから微かに聞こえる機械音だけが規則的に響いている。
地下深くへと向かうエレベーターの壁に凭れかかりながら、夏生は先程の研究室での出来事に思考を支配されていた。
極端に色と動きのない室内の情景は、先程男の言葉を聞いた時から続く視界に靄の掛かったような感覚を余計に強くさせた。
「……」
――阪田の退学は、特務機関が指示したことではない。
そう告げた男の話は、思いの外自分の頭を混乱させているようだった。
阪田は『強化人間』計画の適合者として見出され、その所為で学校を辞め、家族と離れ離れになった。――話の流れでそのように思い込んでいたが、よく振り返ってみれば、阪田本人からそうと断言されたわけではない。
あの人の言っていたことが事実だとしたら。
――したら、どういうことだろう。
「……」
答えの出ない問いに戸惑っている内に、いつの間にかエレベーターは目的の階に到着していた。キュルキュルと軋んだ音を立てて開くドアを潜り抜け、共有スペースへ繋がる扉へと歩き出す。
頭が上手く働かない。それ自体はいつものことなのだけれど、こんな思考に整理のつかない状態で阪田に会ってもいいのだろうか――その迷いに行き当たると、自然と扉の前へと向かう足取りは重く、遅いものになっていった。
見慣れた金属製の扉を前にして立ち止まる。ひんやりと冷たいドアノブに指を掛けると、初めてこの部屋に来た時と同じような緊張感が今更蘇ってきた。
数週間前、この身体を手に入れたあの雨の夜の翌日。あの人に指示された柊に連れられ、何もわからないままにこの階を訪れた時の記憶が頭を過る。――あの時は阪田の存在を知らなかったから、この扉の先には春日江が居ると勘違いしていたのだったか。
小さく息を吸って扉を開けると、其処に居たのはやはり、期待とは違う人物だった。
「……お前だけか?」
「なにか文句があるわけ」
コンクリートの壁に囲まれた静かな部屋の中心。革張りのソファに一人寝転がっていた青年――柊が、手にしていた古雑誌をパタンと閉じて此方をじとりと睨む。
「そういうわけじゃない」
――当てが外れて落胆したような、意図せず散らかった思考を整理するための猶予を与えられて安堵したような。ごちゃごちゃと纏まらない考えをどう説明したものか分からず口籠ると、柊は呆れたように身体を起こして小さく溜め息を吐いた。
「……春日江は任務で『外』に行ってる。蕪木さんから連絡が来たのがさっきだから、帰りは夜中になるんじゃない」
「そうか」
此処で数週間生活する内に知ったことだが、柊や春日江――此処での暮らしが長い二人は、お互いと組むことなく、単独で任務に派遣される日も多いようだった。異形出没を知らせる放送が聞えなかったということは、今回の任務は単なる討伐ではないのだろうか。
新人である自分にはまだ内容の想像がつかなかったけれど、柊が此処で待機させられている所を見るに、左程切迫した事態ではないのかもしれない。そうでなくとも、春日江ならばきっと無事に帰還してくることだろうし――そこまで考えた所で、不機嫌そうに歪んだ男の唇が何故かもう一人の動向を語らずに閉じられていたことに気付いた。
「阪田は?」
「……」
あの後は確か、柊の書類仕事を手伝うという話だったはずだ。言外に一緒ではなかったのかと尋ねてみると、柊は何故か押し黙ったままで散漫な動作でソファの肘置きに身体を預け、緩く投げやりな口調で吐き捨てた。
「知らない」
「……」
一瞬の沈黙の後に返ってきた簡潔な答えに、それ以上のことを問う選択肢を奪われて固まっていると、数秒の間を置いて「その内戻ってくるでしょ」と杜撰な解説が付け加えられる。
――自分のいない間に何かあったのだろうか。阪田の名前を出した途端常よりも硬くなった男の声色に戸惑いを覚え、夏生は静かに瞠目した。
妙に頑なな柊の態度が気になりはしたが――話は終わったとばかりに再び手元の雑誌に目を落とし始めた男の表情からして、ここでしつこく食い下がったところでこれ以上の返答は得られないであろうことは明白だ。
「……そうか」
柊から阪田の行先を聞く選択肢は潔く諦めることにして、夏生はそっと先程から開け放していた出入り口の扉を閉める。
すると扉の裏――それまで此方からは死角になっていた位置に、見慣れた銀色のカートが放置されているのが目に入った。
取っ手の部分が少し錆びついている金属製のカート。上下の段に二つずつ乗せられた四つのトレイは、機関の職員が俺達に用意してくれた夕飯だろう。昨晩と左程変わらない献立が並ぶ皿の中で、一つだけ汚れひとつない空の皿だけが重ねられたトレイが置かれていた。
「お前はもう食べたのか」
何気なく尋ねてみると、テーブルに肘を付いた柊は「まあね」と投げやりに頷いた。夕飯の前からやけに寛いでいるなと思ってはいたが、今日の彼は夏生が戻ってくる前には既に食事を終えていたらしい。
「別に毎回、律儀に全員揃うまで待たなくたっていいでしょ」
「それもそうだな」
いかにも面倒臭そうに吐き捨てられた言葉に首肯する。
これまでだって、全員の都合がつく時にはそうした方が片付けが効率的だからと同じ時間に食べていただけなのだ。別に約束していたわけでもないし、文句も何もない。
春日江の帰りも夜中になるというし、今日は全員バラバラに食事を取るべきだろうか。そう思案しつつラップに包まれた皿をぼんやりと見つめていると、その思考を後押しするように背後から柊の声が聞こえた。
「お前も適当にさっさと食べなよ、片付かないし」
時計の針は午後七時を回っている。大した運動こそしていないものの、そういえば今日は検査のために昼食を抜いていたのだった。先程の話を聞いた混乱で頭から抜け落ちていたが、そうと意識してみれば途端にすっかり内容物を無くした胃袋が空腹感を訴えてくる。
「……」
空腹と柊の言葉に従うように、自分の分のトレイに手を伸ばし――思い直して、指先が冷たい金属に触れる前に右手を下ろした。
「俺は、もう少し後にする」
――いつ戻ってくるのかは定かでないが、食事を取るのは阪田が来てからにしよう。何を話せばいいのか、何を話したいのかはまだ考え切れていないけれど――それは次にこの扉が開くまでに纏めておけばいい。
黙ってカートに背を向けた自分を一瞥した柊は「そう」と一言だけ零して何か言いたげな表情をしたが、それ以上の追及を続ける気はないようだった。片手で抱いていた古雑誌を一度テーブルに置くと、いかにも気怠げな速度でのっそりと起き上がる。
「じゃあ、俺は部屋に戻るから。夕飯、終わったらカートも片付けといてよね」
「ああ」
「春日江の分は適当にテーブルにでも置いておいて。……あいつのことは待たなくていいと思うよ」
「どうせ勝手に食べるから」と付け加えて立ち上がる男に頷いて、その背を見送ろうとしたその時、夏生は唐突にあることを思いついた。
――そういえば、此奴にはまだあのことを聞いていないのではないか。
「ちょっ……と、待ってくれ」
慌てて呼び止めると、雑誌を小脇に抱えた柊はいかにも不機嫌そうな表情で此方を振り向いた。
「……何。始末書書いて疲れたし、今日はさっさと休みたいんだけど」
不健康な程色の白い顰め面の横で、無造作に括られた後ろ髪が揺れている。
「……お前に、聞きたいことがあるんだが、」
「明日にして」
取りつくしまもない返答に一瞬前言を撤回しようかと逡巡したが、今を逃すと暫く二人きりで話を聞けそうなタイミングが無い。
自分の事情に柊を付き合わせるのは少し申し訳ないが、出来ることならば、この後阪田と顔を合わせる前に自分の考えを整理しておきたかった。
「……疲れているところを悪いんだが、今日じゃないと、……その、困って」
「何で」
一先ず諦めずに頼み込んでみた所、柊は何故かどことなく胡乱げな目で此方を見つめた。聞き返されるとは思わず、「何で?」と間抜けに鸚鵡返しすると、呆れかえったような視線と共に溜め息が返ってくる。
「だから、何で今日じゃないと困るの」
「……それは、……」
至極当然の疑問をぶつけられ、夏生は思わず返答に詰まった。
考えてみれば、どうしても今日でなくてはならない確固たる理由があるわけではない。期限が定められているわけでもなし、柊に話を聞くのも、阪田と話すのも、全て明日以降に先延ばしにしても問題は無いはずだ。
無いはず、なのだけれど。
「…………」
自分でも理由が分からないが、何故か――もうあまり、時間が無いような気がするのだ。
「…………その、」
「なに」
「………………言えるような、理由はない。……けど、頼めないか」
「……」
あまりにも御粗末な返答に驚愕したのか、柊は暫し何とも言えない表情で黙り込んだ。
普段ならすぐさま矢のような速さで浴びせ掛けられているはずの罵りの言葉が飛んでこないことが、却って彼の呆れの深さを表しているようで、夏生は情けなさに思わず顔を背けそうになった。
――理論だった言葉が思いつかないにしても、他にもっと言いようがあっただろうに。頭ではそう分かっているのだけれど、咄嗟に何も上手い言い訳が出てこない自分の口を縫い付けたくなる。
「……悪い。柊」
今日の所はもう退くしかない。そう諦めて口を開いたのと同時、重々しい溜息と共に聞き慣れた低い声が鼓膜に届いた。
「バカすぎて物も言えないけど、いいよ」
「…………? ………………いいのか?」
予想外の承認に呆気に取られていると、「お前が頼んできたんでしょ」と蔑むような小言が返ってきた。
「それはそうだが、」
聞き入れてもらえるとは思わなかった――思わず口から零れ出そうになった失礼な言葉を寸での所で嚥下して、夏生は再び革張りのソファに腰を下ろした柊を真似るように向かいに座った。
肩に付く程の髪をクルクルと指で弄りながら肘を付いた柊は、口を開く。
「お前の持ってくる話なんて、どうせ中身も何もないすっからかんでどうでもいい話題だろうし。……それなら、明日に引き摺るのもそれはそれで面倒だと思ったわけ」
「……なるほど」
――納得できるような、できないような。何処か曖昧な気のする理由だ。
心の中で首を傾げつつも「助かる」と礼を述べると、柊は少し視線を逸らして頷いた。
「……大したことじゃないけど、俺もお前に聞いておきたいことがあったし。それもついでに済ませていいならね。……で、何の話?」
「……お前が初めて、この体に……強化人間になった時のことを教えてほしい」
「……」
春日江からは四度目に壁を壊してしまった朝に回答を貰っていたが、思い返せば柊にはまだ答えを聞いていない。あの日は朝早くて、彼も疲れた顔をしているようだったから――いや、それは今も変わりないし、柊は一日の半分はそういう顔をしている奴なのだけれど――機を逃して尋ねそびれてしまっていた。
あの時はそれでもいいと思っていたが、今は少し考えが変わった。
研究室であの人の言葉を聞いて、改めて自覚したことだが――俺は、この身体についてあまりに無知すぎる。二人目の強化人間である柊に当事者としての話を聞くことは、存在するはずの能力を正しく『出力』するための条件について、そして阪田が自らに掛けているという『制限』について――理解する手がかりになるのではないだろうか。
「春日江と同じで……初めから、今みたいに力が使えたのか? ……それとも、……」
阪田のように、と続けようとした口を寸前で閉じる。――阪田の身体のことは、俺以外の人間の間では周知の事実だったのだろうが、本人の居ないところではっきりと名前を出すのは少し気が引けた。
「……」
柊は軽く視線を床に落とし、、少しの沈黙の後、静かに「俺は、」と口火を切った。
「……お前や春日江みたいに、あの注射を打った直後から今みたいな力が出せたわけじゃないよ」
「! そうなのか?」
しかし今の柊は、何処から見ても強化人間の能力を充分に使いこなしているように思える。境界外における戦闘中、片腕の力だけで投げ飛ばされたことは忘れていない――さほど筋肉質には見えない体躯で自分より体格の良い男を易々と持ち上げるのは、『普通の人間』に出来る所業とは言えないだろう。
「……まあ、今は見ての通り使えてるわけだけど。普通に」
「忌々しいことに」と付け加えた柊は、そこで一度言葉を切って、此方の出方を待つように橙色の目を少し細めた。
「……それは……、いつ頃から使えるようになったのか、まだ覚えてるか」
何処となく観察するような彼の目付きに少しの緊張感を覚えつつも、慌てて口を開くと、柊の表情はすぐさま平素の気怠げなものに戻った。
「それは、確か……初めてアレと戦わされたとき」
「初めて任務を受けた時、ってことか?」
此処に来る前の柊がどんな生活を送っていたかなど知る由もないが、『強化人間』になった現在ですらあそこまで慎重な彼が、自分のように考えも無く危険に飛び込むような真似をするとは思えない。恐らくは特務機関に招かれた後、初めて境界外に派遣された際ということだろう。
夏生が軽く首を傾げると、柊は「そんなとこ」と曖昧に頷いた。
「……出来る出来ないとかじゃなく、やらなきゃどうしようもないわけだし。必死になってる内に、いつのまにかバカみたいな力が出てることに気付いて……、それからは普通に、いつでも使えるようになったけど」
「……」
当時の状況を反芻しているのだろうか。苦々しい表情で語る柊の表情を見て、夏生は『死ぬような目に遭えばあるいは』と口にしていたドクターの表情を思い出した。
――あの発言は間違いなく、数年前の柊という成功例から導き出した推測だったのだろう。あまりに荒療治が過ぎて認める気にはなれないが、日常的に『絶対に死にたくない』と口にする柊のような人間にとってはある意味効果的な方法だったのかもしれない。
「……なら、その……」
「なに」
「…………どうして、それまでは使えなかったんだと思う?」
身体的な理屈としては、あの人が『火事場の馬鹿力』と例えたように、脳が身体を維持していくために無意識の制限を掛けていたということなのかもしれないが。
当事者側の意識としてはどのように処理されているのだろう。少し躊躇いつつも問いかけると、柊は何やら思案するように目を伏せた。
「それは、まあ……」
数秒の沈黙の後、少しの溜め息と共に発された静かな声が薄暗い部屋の中に響く。
「信じてなかったからじゃない、俺が」
「……何を?」
「……自分の身体が変わったってことを」
夏生が言葉の意味を図りかねて沈黙していると、柊は付け加えるようにぽつりぽつりと語った。
「……『強化人間』の話なんか聞かされたって、俺は超能力とか改造人間とか、そんなもの信じてなかったし。ましてや自分が……なんて、此処に来てからも暫くは半信半疑だったから」
「……それが原因になるのか?」
頭の中で考えていることや思ったことが、それほどまでに身体の機能に影響を及ぼすものだろうか。思わず訝しげな視線を向けた夏生を鬱陶しそうに睨みつけた柊は、「これは、ドクターに確認したわけじゃないけど」と軽く前置きして話し始めた。
「その日の体調とか、気分とか。そういうもので出せる力にムラが出ること自体は別に普通でしょ。それは普通の人間なら誤差の範囲だし、何処まで行っても火事場の馬鹿力の範疇で済むけど、強化人間(俺達)の場合はそうもいかない」
「どれだけ調子がいい時だって、普通の人間はビルを倒壊させたりしないでしょ」と呆れたような声色で紡がれた言葉に黙って頷くと、柊は淡々と続けた。
「……この力は、何ていうか――冗談みたいな偶然の上で成り立ってる、不安定なものだから。小さなことでも簡単に波が出来るし、その影響が目に見えて現れる」
「……」
「『こうしたい』って強く思ったり、『自分にはこれが出来る』って、頭の中で思い込めたなら――実際にそれだけの力が出しやすくなる、自分の持ってる力の限界まで近付ける。……その逆も」
続きを濁すように止められた言葉に目を丸くしながら、夏生は柊の言葉をひとつひとつ頭の中で咀嚼してみた。
内外からの影響を受けやすい『強化人間』の身体は、意志や自信といった強い感情によってその能力を最大限に引き出すことが出来る。それと同様、そうした精神的なブレや、能力に対する不信、体調の悪化によって『制限』が掛かり、能力の出力が上手く行かないことがある――という話で合っているのだろうか。
――身体を守る為に脳が無意識に行う制限とは別に、彼自身が自分を認識する上での『限界』への意識がノイズになっている。
頭の中であの人から聞いた言葉と柊の話とを擦り合わせてみたが、内容に特に矛盾はないように思えた。
「……」
手がかりは増えたような気がするものの、結局、阪田本人に説明しにくい内容であることには変わりなかったが。かつて同様に能力を使えなかったらしい柊が、現在では問題無く活動出来ていることが分かっただけでも収穫だ。
「……聞きたかったことはそれだけだ。ありがとう、助かった」
「別に」
夏生が一先ず礼を言うと、柊はいつも通りの冷たい調子で吐き捨てた。
相変わらずの無愛想な反応に、恐らくはその内席を立って自室に戻っていくのだろうと思ったが、予想に反して柊はソファに腰を下ろしたまま、何処か物言いたげな目付きで此方を見つめている。
「……」
「……」
テーブルを挟んで顔を突き合わせたまま、二人の間に暫しの沈黙が流れた。
ただでさえ暮らしている人数に対して面積の広すぎる部屋は二人だと余計に寒々しくて、今が初夏の夜であることが冗談のように涼しく感じる。
「……戻らないのか?」
疑問に思って声を掛けてみると、柊は痺れを切らしたように「このバカ」と抑えた声で怒鳴った。
「……俺もお前に聞きたいことがあるって言ったでしょ。もう忘れたの?」
「ああ……」
言われてみればそんなことを言われていたような気もする。あまりはっきりと記憶に残ってはいないが、確か柊はその疑問を解消するための交換条件として此方の頼みを聞いてくれたのだった。
「『ああ』じゃないから」
此方のぼんやりとした返事に苛立ったのか、呆れと怒りの滲んだ表情で此方を睨む柊に一言謝罪すると、「鳥頭」とわざとらしい程に深い溜息が返ってくる。
「それで、何の話だったんだ」
「……別に俺にはどうでもいいことだから。答えてくれなくてもいいけどね」
「……?」
自分から話題を蒸し返したわりには冷めた男の様子に首を傾げつつも、夏生は柊の言葉の続きを待った。
――『強化人間』についても、『機関』に関しても、柊に分からなくて自分が答えられるような事柄など殆ど思い付かないが。俺に答えられるような話題ならば何でも答えよう。
「別にいい、何だ?」
「……なら、聞くけど」
気怠げに此方を見上げた柊の口から零れ出た言葉は、呆れとも無関心ともつかないような醒めた響きを孕んでいた。
「――お前、いつからそこまで阪田ちゃんに肩入れするようになったの?」
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