第44話魔女裁判

 アリシア=クラブリー。齢16にして単独銀行強盗を成功させている。というのも、彼女は幻想遣いとして有名なとある神を契約者として引き当てた事で戦闘能力が格段に上がった事が原因である。最悪な少女が最強の魔神を引き当ててしまった。それが恐らく悲劇の始まりなのだろう。

 元々はイギリスで生まれ育ったこの少女はひょんな事からとある聖人と出会ってしまいその背中を追い掛けている内に方方を周り、現在フランスへやって来ている。

 レティシア=アダムスとは幼少期からの幼馴染である。聖女として教育され過度なまでに厳しく躾けられるレティシアを見て腹が立ったのだと思う。これが一番良いことなのだとその厳しすぎる教育を受け入れるレティシアに一番腹が立った。アリシアは恋もしたかったしおしゃれもしたい。未来に希望を見たいなんて寒い事は言わないが今を楽しく過ごしたい。そんなアリシアからレティシアと言う「親友」を奪っておきながら16歳になったらレティシアに死ねと教会は言っているらしい。頭おかしいんじゃないか? だから幾度と無くレティシアを堕落の道に落とそうとしているが今現在「犯罪者」としてレティシアに追い掛けられる羽目になってしまった。でもこれでレティシアの「婚姻」が伸びているらしい。なら自分はこのままレティシアに追い掛けられているのが一番良いのかもしれない。

 だって、このままならレティシアが死ぬことは無いのだし。レティシアは死なないし追い掛けっこはなんだかんだ楽しいし。ならこれで良いや。

 今日は無人ATMを襲撃した。大金を手にして意気揚々と帰途に付く。気をつけるんだよ、と彼は言っていた。だが人間では到底敵わない程アリシアは強いのだ。一体何に気をつけろと言うのだろう。レティシアに出くわす事だろうか。確かにそれは気をつけた方が良いかもしれない。うっかり楽しくて自分の手でレティシアを殺してしまったら本末転倒なのだし。

「アルヴァンにパンでも買って帰ろうかなぁ~焼き立てのパンが良いわね。脅したら焼き立て出してくれたりするかなぁ~」

 楽しそうに。至極楽しそうにアリシアはまだ日も高いというのに既に暗い路地裏を歩いていた。手にしたボストンバックには一杯の紙幣が入っている。るんるんとスキップでもしてしまいそうな程上機嫌だった。沢山紙幣が手に入った。きっと彼も褒めてくれるに違いない。

「もし、お嬢さん」

「?」

 背後から声を掛けられると同時に肩を叩かれた。何の警戒も無く足を止める。はて、この一本道で後ろから付けられている気配等あっただろうか。そこまで察せない程馬鹿では無い。それが出来なければこんな事しないのだから。アリシアが後ろを振り返ると司祭と思しき服を着た男性が微笑みながら立っていた。いつからそこに居たのだろう。建物の裏口から出て来たのだろうか。そんな音したっけ?

「あんた誰?」

「アロイス=ダランベールと申します。初めまして、お嬢さん」

「……だから、誰?」

 剣呑な声で問い返す。アロイスと名乗った司祭は朗らかな笑みを顔に貼り付けたままだ。アリシアも流石に不審に思ったのか無視をしようとアロイスに背を向けた。建物の裏口からぞろぞろと老若男女アリシアの行く手を塞ぐように出て来た。アリシアはそれを鼻で笑い愛剣を取り出そうと虚空を掴む。その瞬間、

「、! ぁ、え?」

 重い音と共に激痛が右肩を貫いた。目を落とすと、アリシアの右肩を見慣れない剣が背後から刺し貫いている。背後に目をやるとあのアロイスとか言う司祭がやはり朗らかに笑いながらアリシアの肩に短剣をぐりぐりと押し込んでいた。

「あんた……!」

 右肩に短剣を刺したままアリシアがアロイスに向き直りながら背後へ飛び退った。だが、それは建物から出て来た者達の只中に入る事になる。姿勢を低くしていたアリシアの後頭部に向けて背後に立っていた男が持っていた木材を振り下ろしてきた。アリシアは咄嗟にその木材を掴む。だが右肩が激痛でまともに動きそうに無い。その状態を知ってか知らずか、わらわらとアリシアに集ってきた者達はそれぞれフライパンや木材やバット等を持ってアリシアに容赦なく振り下ろしてきた。万全の状態であれば何のことは無い。取るに足らない者達だと言うのに魔法を使う暇さえ与えられる事無く一斉に凶器がアリシアを袋叩きにし始めた。大声を出したいのに声が挙げられない。今すぐ魔法を使いたいのに上手く使えない。

 頭から血が流れる。恐らく頭の形は変形してしまっているだろう。頭だけで無く腕や足にも容赦等一切無く凶器は振り下ろされた。骨が折れて思い通りに動かせない。

「それは魔女です。情け容赦等掛ければこちらが殺されてしまいます。容赦一切無く、殺すつもりでやりましょう。大丈夫です、どうせこの程度では死なないでしょうから」

 司祭の静かな声が響いた。アリシアを袋叩きにする者達はだんだん興奮して来たのか口汚くアリシアを罵倒し始めている。

「魔女め、魔女め!」

「汚らわしい魔女! 殺してやる! 殺してやる!」

「お前みたいなのが居るから俺は嫁に逃げられたんだ!」

「魔女め! あの人を返して! 返してよぉ!!」

 何の話だ。自分が彼らに危害を加えた覚えなど無い。いや、十分悪い事をした自覚はある。だが、

「死ね! 魔女! 息子が死んだのはお前のせいだ!」

 知らない。そんなの知らない。何を言ってるの? 声を出したくても喉からは掠れたうめき声しか出なくなっていた。

 何か救いを求める様にアリシアの手が地面を這うように伸びた。その手の先に居た司祭がやはり朗らかに笑っている。だが、司祭の笑みに疑問を抱く様な余裕はアリシアには無い。僅かにしか動かない指は石畳の地面を擦るだけだ。

「たす……け、……アル、ヴァ……」

 最も信頼を置く聖人の名を口にした瞬間、ほんの一瞬だけ司祭の顔から笑みが消えた気がした。

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