第24話魔術師
「ハワイ行き? 残念だが私は遠慮させてもらうぞ、イリス」
リノア・デファンドルは美人上司に対してそう発言した。当の美人上司、イリス・フェルナンデスも特に期待はしていなかったらしく短く返事を返していた。リノアは不機嫌な様子でイリスに目をやった後、また自分のデスクのパソコンに目を戻した。そんなリノアのパソコン画面を見る。ある事件の調査資料が表示されていた。
「それ、貴方の管轄外のはずだけど?」
「調査資料に興味があっただけだ」
「そんなのに似たような事件、今まで散々ネタになってたはずだけど?」
「貴方には関係無いだろう」
明らかに、リノアは機嫌が悪かった。上司であるイリスを睨みつけ、すぐに画面に目を戻す。イリスは肩を竦めて隣のデスクに着いているアラン・ギヴァルシュに目を向けた。アランもリノアの不機嫌の理由が分からないらしく首を傾げている様子だった。
フランスのリヨンにある警察署、幻想課に割り当てられた事務室である。数台のパソコンが設置されているが、とある一角のみパソコンが設置されていないデスクがあった。その周囲だけは古い古文書や書物が大量に積み上げられている。内容はどれも各国の神話や魔術に関する記述がされた書物達のようだった。
「どうせマリッジブルーだろ。来月結婚とか言ってたじゃないか」
片手にコーヒーを持った、くたびれたスーツを着た髭面の男が部屋に入ってくるなりそう言った。リノアはその男を一瞬睨みつけてすぐに視線を外した。
「おおこわ。そんなどうでもいい資料に目を通してる暇があったら少しは魔術関連の知識でも頭に入れて欲しいもんだ」
「うるさいぞ、ホーエンハイム」
肩をすくめ、ホーエンハイムと呼ばれた髭面の男、オーバン・ホーエンハイムは自分の席に座るとコーヒーを一口含んだ。そして、思い出したようにイリスに目を向けて声を掛ける。
「そういえばイリス。あんた、この前捕まえたあの魔術師逃したそうだな」
「元々、ゲルとレギンレイヴを誘い出すための囮よ。とはいえ連れて行かれてしまったのは確かに残念ね」
「そういう問題じゃない。そもそも、俺は最初から反対したはずだぞ。しかも、後で調べてみれば本当に凄いもんをニホンなんぞに研究材料として送ってとはな」
「あら、身元分かったの?」
「普通は身元を確認してから送検するもんだと思うんだがな……とりあえず、確認した所かなりの大物だった」
イリスの書類に落ちていた視線がホーエンハイムに向けられた。ホーエンハイムはイリスを批難するような目をしている。
「大物って?」
「今現在も行方不明で見付かってない。メイザース家の令嬢だよ」
その発言に、アランが息を飲んだ。少しばかり気になったのか、リノアもパソコンの画面から目を離してホーエンハイムを見ている。だが、その目は不思議そうな物を見る目だ。アランは頭を抱えてイリスの元へと歩いて行く。その表情は酷く疲れているようだった。
「めいざーす?」
「あぁ、メイザースだよ。メイザース……もしかしてリノア。知らないのか?」
コクリと頷くリノアに、ホーエンハイムは頭を抱えた。
「ったくこれだ。だから魔術関連の知識は頭入れておけっていつも言ってるだろうが」
「悪かったな。で、そのめいざーすってのは何なんだ」
「本当に知らないんだな……メイザースってのは、悪魔召喚の一族だよ。ソロモン72柱って知ってるだろ?」
「……なんとなく」
確認するようなホーエンハイムの言葉に、リノアは苦し紛れにそう言っていた。ホーエンハイムは深い溜息を吐き言葉を続けた。
「知らねぇなら知らねぇって言え。旧約聖書に記された、72の悪魔の事だ。ソロモン王っていう王様が使役してたっていう有名な悪魔共だよ」
「それが?」
「メイザース家ってのは、ソロモン王が記したその悪魔達の書を解読した奴らだよ。特に始祖のマクレガーって男はそりゃぁもう凄かったらしい」
「解読したから、何なんだ?」
「解読したからこそ、ソロモン72柱を使役させる方法を会得したんだよ。とはいえ、全員を使役するには相当の修行と才能が必要って言われてて、凡人魔術師には精々1柱使役できたら御の字の様なトンデモ集団だよ。下手な奴が召喚すると召喚した瞬間大体食い殺されるからな」
淡々と語るホーエンハイムに、リノアはあまり要領を得ていないような表情だった。
「で、ここでメイザース家のご令嬢の話だ」
「ん? あぁ、本題か」
「メイザース家の令嬢、次期メイザース家頭首とされるのがソフィア・メイザースっつー天才中の天才だ。それまでの魔術師を全て過去にしたとも言われる魔術師としては破格の実力を持ってる。何せ、二人以上使役するだけでも平均以上の実力が無ければいけないソロモン72柱を全員使役している。まぁ、これは所謂公式発表だ。実際のところどうかは知らん」
「……ちょっと、待ってくれ」
ホーエンハイムの語りに、リノアは焦った様子だった。そんな高名な魔術師が犯罪者と行動を共にしているというのか。冷静な表情のホーエンハイムに、リノアは焦燥の瞳で真っ直ぐに見る。
「それじゃぁ、この前研究材料に使ってたのって……」
「高名なるメイザース家令嬢、ソフィア・メイザース本人だ」
ホーエンハイムの言葉に、リノアは面食らった様だった。イリスは深々と溜息を吐く。
「どうせそのへんの野良魔術師だと思ったらまさかの大御所だったのね」
「数年前から行方を眩ましている。一説には、誘拐されたと言われていたが、メイザース家は特に捜索も行っていなかったらしい。特に捜索願も出てなかったしな」
「だから発覚が遅れたのね」
「なんだって捜索願も出してないのかは不明だ。あんなでかい家のご令嬢ともなれば大騒動だろうに。とはいえ、半端な奴に殺せる相手じゃないのは確かだがな」
ホーエンハイムの言葉にイリスはコクリと頷いた。アランはげんなりとした表情で頭を抱えていた。
「要するに、そんな大魔術師の居る本拠地に俺単身で乗り込んだのかよ!!」
「作戦は成功したでしょ」
「そういう問題じゃねぇ! 下手すりゃアスモデウスとか召喚されて死ぬ所だったってことだろ!?」
「魔術師が相手の時点で死の覚悟位余裕でしょ」
「俺はこれでも一応聖騎士に分類されるんで魔術とか呪術とか脅威に思ったことないんですけどね……とはいえ大悪魔相手にしろってのは流石にな……」
リノアの知らぬ場所でイリスとアランは件の大魔術師確保に奔走していたらしい。しかも、実際に捕まえたのはアランの様だ。改めて顔を青くするアランに、イリスはどうでもよさそうな表情だ。
「とはいえ、捜索願が出ていないなら好都合だったわ。首皮一枚繋がったかしら」
「そう楽天的に考えるんじゃねぇ。変な奴に捕まってまた研究材料にでもされたらと考えるとぞっとする。あんな素晴らしい研究材料他に無い。精神乗っ取られでもして悪魔全員召喚されててもおかしくないんだぞ。そもそも、アランで対抗できたんだ。幻想遣いが出たら一発じゃないか」
「まぁ彼女の身の安全に関しては大丈夫じゃないかしら。今回の失態で恐らくかなり反省したでしょうから、レギンレイヴ並びにゲルは護衛を強化するはずよ。犯罪者にしては生ぬるい思考のレギンレイヴでも、それくらいするわ」
「そういう意味じゃなくて、実際そうなった場合取り逃したあんたはどうすんだって話だ! この世を地獄にでもする気かよ。そういうこと上から問われたらどうする気だ」
「あら。地獄になった時はどこかの聖人君主がどうにかしてくれるんでしょう。そうね。だから私の首皮が一枚繋がったと思っているわ。あの小娘がどうなろうと、この世が地獄になろうと私に知ったことではないし。上から何か言われようとも別に」
これが警察のある程度の役職にある人間の言葉だろうか、と誰もがツッコミたくなったが誰しもそれで口を開くことは無かった。疲れたようにホーエンハイムはイリスに一瞥を送る。
「あんたがどうなろうが知ったことじゃないが、俺達を巻き込むなよ」
「あら、それなら安心して。私よりも貴方達を厄介事に巻き込みそうなのはこの課には二人程居るから」
貴様等の事など興味も無いとでも言いたげだ。アランとホーエンハイムは渋い表情で肩を落とし、リノアは唯一言っている意味が分かっていなかった。
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