断章・b

断章・b

 少女はベランダで、夜の街を見ながら物想いに耽る。

(私は、何がしたいのかしら)

 編入が策略的なことは掴んでいた。けれど放っておけば、彼はこの壮大な争いに巻き込まれずに済んだのではあるまいか。

(そう考えるのも、自己中心的かもね)

 藤枝たちがアメリカの国家平和計画局の陽動に引っかかったことも知っていた。高校生とはいえ、彼らは優秀な警察官だ。しかし国家平和計画局の計画に引っかかった以上、彼らの目は神奈川の方に向かざるを得ない。在日米軍が集まる神奈川県は、国家平和計画局にとっては庭のようなものだ。しかも、神奈川には彼らの後輩がいる。それが人質のようにも、少女には見えた。

(情報屋として過干渉は出来ない以上、ヒントに留めるべき、か)

 人死にが出るかもしれない。それが彼らの後輩であったならば。藤枝たちもまた、活動に制限を受けるであろう。そのメリットを享受するのは、国家平和計画局。危険を一番被るのは、私自身。

 少女はスマートフォンをポケットから取り出し、電話をかける。

「藤枝くんね。明後日日曜日、栄付近に『彼ら』が現れる情報があるわ。……そう、じゃあよろしくね」

 短いやり取りで、電話を切る。

 いや、藤枝と森岡なら何とかしてくれるかもしれない。なんせ「伝説の」と呼ばれているくらいだ。人々の考えを、いい意味で裏切ってくれた彼らなのだ。「伝説」という名を持つくらいなら、こちらの予想を超えてくるに違いない。

 少女は久々に、他人に対する期待を抱いたのだった。


   * * *


「ここは、いないわね」

 九月三日。藤枝と森岡はオアシス21の屋上・水の宇宙船にいた。二人とも、九月であるにも関わらず冬服の学生服とセーラー服を身に纏っている。

「次は、あそこかな」

 藤枝は観覧車のあるビルを指差す。さくらも所属しているアイドルグループ・MSWの活動拠点をはじめとして、レストランやレンタルビデオ店なども入居した複合ビルだ。

「そうね、地下にはちょっとしたフリースペースもあったかしら」

「行くだけ行ってみないと、判らないからね」

 二人はエレベータで地下階・銀河の広場まで下り、地下街へ。

「観覧車とか、乗ってみる?」

 森岡が楽しそうに藤枝に尋ねる。

「久しぶりに乗るのも、いいかも」

「どこから乗れるんだろうね」

「確か三階に乗り場があったと思うけど、曖昧な記憶だからなぁ」

「まあ、行ってみれば──」

 突然、藤枝が森岡にそっと目で合図をする。

「──ああ、彼ら、か」

 二人の表情は、真剣そのもの。静かに柱の陰に隠れ、様子を伺う。藤枝は左手の袖を口元に近づけ、小声で何者かに呼びかける。

「公安第一課、応答せよ」

 学生服の左袖に藤枝はマイクを仕込んでおり、右手に持った携帯電話らしきものにコードがつながっていた。森岡は藤枝の横につきつつ、一挙一動を見逃さないよう視線の先に男達の姿を捉え続ける。

「警備部公安第一課、応答せよ」

 繰り返し、藤枝は呼びかけ続ける。

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