彼女は瞳の中だけに

あまり

数ある言い訳の独り

「友達が死んだ」


四畳半ほどの暗い部屋の中で立ち上がり、そう呟く。


正確には友達でもなければ、死んでいるかもわからない。


それでも僕は友達が死んだ、と繰り返すように呟く。


部屋の扉についた小さなガラス窓には僕の顔は自分でも驚くくらいの無表情で映っていて思わず目をそらす。


僕は悲しくないのだろうか。


部屋の外に出るとまだ夕日の明るさとじめったい熱気が肌にまとわりついた。


もう一年かと感じたけれどもっとずっと長い間、彼女のことを見つめていたようにも感じる。


廊下は歩くたび不規則にギシギシと今にも抜け落ちそうな音を立てて、彼女の記憶が浮かんでは消える。


はじめて彼女を知った日のこと、誰にも頼れずベットの上で惰性で見ていた生放送。


彼女の歌声と後ろ向きな歌詞、うるさいだけの楽器。


彼女の見ていたアニメやドラマの話し。彼女はいつもニヒルなキャラに惹かれると言っていた。


彼女の悩みを聞いてもらった日のこと、彼女の冷たい罵声。


彼女の母親の怒声と彼女の涙。


彼女自身の悩みを聞いた日のこと。


僕は彼女のことを知って少しは変われただろうか。


僕自身の悩み、ちょっとした夏風邪とそこから始まった行きづらさからの不登校に彼女は怒鳴ってくれた。


学校の先生も、両親も友達からくる連絡もどれもこれも優しいものばかりで息苦しかった。


優しくて申し訳なくなるだけの僕。優しい周囲に見合う人にはなれそうにない僕。周りの優しさを理由に逃げているだけの僕。


全部わかっていたけれど、それを彼女はちゃんと言葉にしてくれた。


けれど、それでも僕はこうして僕のままで、どうして変われたなんて思ったのだろう?


気づくと裏庭にきていた。雑多に散乱した工具が目に映る。


父親の日曜大工はいつもうるさくて、家が狭くなるばかりで嫌でしかたかったけど今日ばかりは違う。


必要そうなものは適当に見繕って部屋に戻ろうとする。


子どもの声が聞こえてくる。そういえば小学生の下校時間だなと思い出した。いつも部屋でイヤホンをしているから聞こえなかったんだ。


僕も昔はあんなふうに、なんて思ったけどこれは全部僕のせいだ。


なんだか面倒くさいな。


煩わしさが急に湧き出す。目の前が真っ赤になってやつあたりしたくなる。目の前の父親の作りかけの木片をぶち壊したい。


なんでこんなものを作っているんだろう。僕がこんな思いをしているのに。お母さんはどこだろう。


独りよがりだ、理不尽だ、と言葉が頭の中をよぎる。


それすらも遮りたくて手に持ったカナヅチを振り下ろす。


けれど、実際にそれをやる前にまた子どもの笑い声が聞こえた。やめた。それすらまた嫌で目頭が熱くなる。


部屋には早足で戻った。


パソコンには彼女の言葉が、『さようなら』の五文字が見える。もう、一カ月も前だ。


「友達が死んだ」


もう一度口にする。部屋のできるだけ高いところに釘をうつ。


これでいいのだろうか?


彼女もこうしたんだろうか?


そうだといいな。


「友達が死んだ」


縄はなかったのでベルトにした。


よくみるあの縄で名前も知らないあの結び方にしたかったけどわからないし、調べるのも怠くて適当に打ち付けた釘かけた。


見かけは悪いけどたぶん大丈夫だろう。


最後に彼女を言葉を見よう。


最後の別れの言葉から更に彼女の言葉を遡る。


腹違いの弟への妬み、理不尽な養母への恨み、消えた父親への怒り。


パンケーキと彼女の嬉しそうな彼女の笑顔が写った写真。


彼女の好きなバンドマンの解散のリツイートとそれを嘆く言葉。


流行りのネットスラングを使って褒められたニヒルなアニメキャラ。


これから首をくくる。なんて宣言。


新しく飼ったというヘビの画像。


『幸せになりたい』の文字。


誰が彼女を幸せにしないんだろうか。


彼女のような人が幸せになるべきだろうと思う。僕みたいに全部捨ててるような馬鹿ばかり恵まれて。


僕が助けられたのだろうか。


おこがましいな。


卑屈で自分を卑下する言葉ばかり唱える僕に彼女を励ます言葉が吐けなかった。


なんど考えても彼女が嫌う陳腐ばかりで


「ああもう」


立ち上がり、椅子に乗り上げて見下げる世界は僕の部屋。


これでお別れだ。


首をくくる。心臓がバクバク。優しくされた時に感じるあの動悸。


そして、椅子を蹴った。


思ったりよも苦しいそれを忘れるために思考を逸らそうとするけれど、それは叶わない。


遺書でも書けば良かったかな。


苦しい。


彼女もこんな風に


苦しい。苦しい。


死にたくない死にたく死にたくない死にたく


苦しい。苦しい。苦しい。


嗚咽がもれる


苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。




苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。












けれど、それは突然したたかな痛みと共に終わった。


息をするのに精一杯ですぐには何が起こったのかわからなかったけれど、失敗したとそれだけは確かだった。


涙が流れる。


独りよがりな涙だ。


僕は彼女になれない。


僕は彼女のように不幸せにもなれないし、彼女のように死ぬこともできない。


「友達が死んだ」


部屋には僕の鳴き声だけ。


「友達が死んだ……」


見上げる画面には彼女の『さようなら』の五文字


「友達が死んだんだ!!」


けれど、


僕は今も生きて


る。


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