日常

やまむら

ある日常

手に持つ煙草はほとんど吸い尽くされ根本しか残っていない。

半透明の固そうなファイルを持つ人が次々に集まる。ファイルには赤やオレンジの紙が挟まれている。

腕時計で時間を確認し、そろそろ時間だなと思う。腰の高さまである銀色の灰皿に吸殻を投げ入れ、リュックを背負う。

ガラスでできた重い扉を開けて喫煙所を後にする。鼻にコーヒーと煙草が混ざった喫煙所独特の臭いが残っているのを感じる。

家に帰ったら上着に消臭剤をかけないと、と臭いが残ることに不安になる。

扉のすぐ前で立ち止まり、上着のポケットから携帯を取り出す。

やはりと言うべきか通知は一件も入っていなかった。

大学4年生辺りから人と関わることが億劫になり、最小限のコミュニケーションしか取らないでいた結果、近頃は誰からも連絡が来なくなった。

当然と言えば当然である。

かといって連絡を取ったら、それはそれで面倒くさくなる。なんとも救いようがない。

寂しいのか寂しくないのか自分でも分からないでいる。

チラッと階段のある反対側を見る。

階段を降りきった辺りに人が群がっていた。いつも通りの風景である。

二階の待合室で定刻が来るまで待機している人が多いためだ。

左の方から番号を呼ぶ声が聞こえた。

見ると紫色のナイロン製の上着を着た四十代くらいの男性が立っていた。

「はい」と階段傍に居た大学生が手に持ったファイルを上に掲げ、その人物に近づいていく。

紫色は大学生の名前を確認し、「じゃあ行きましょう」と僕の前を横切り外へと出ていった。

気が付くと他の人も番号が呼ばれ紫と歩いて行った。

僕の番号が呼ばれた。

紫色は何度か僕を担当したことのある比較的若い男であった。

「よろしくお願いします」と互いに挨拶を交わし、僕も自動ドアを潜り外へ出た。

風は冷たく、首周りへ嫌らしく纏わりついてくる。

上着の襟を直し、首を縮める。


不安と焦燥の入り混じった気持ちで僕は教習車に乗り込んだ。

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日常 やまむら @yamamura

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