第四十八話 勝ったのはどっちだ!?

「ぎゃああああああああああああああ!!!」


 道化師クラウンの悲鳴とともに、そのピエロのような機体にチャクラムが次々とめり込んで炎をあげた。

 

「残念だったわね、道化師。あんたの敗因は調子に乗りすぎたことよ」


「ぐぐぐぐぐぐぐ……しかし、それはお前を……」

 

「そうね。私を完璧にトレースしたらそうなった、ってのは分からないでもないわ。だけどね、調子に乗りすぎるなんて悪い癖まで真似るなんて馬鹿なこと、私はしないわよ?」


「ぎぎぎぎぎぎぎぎぎ」


「ましてやそれで致命的な反撃を食らうなんて間抜け、恥ずかしすぎて私にはとてもじゃないけど真似出来ないわ」


「ぎぎぎぎぎぎぎぎさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 美織の煽りに怒りの絶叫をあげる道化師。

 美織の攻撃を受けて全身ずたぼろ。両腕も深刻なダメージを受けており、もはやヨーヨーチャクラムを操るどころか、投げ入ることすらもできないだろう。


「ぎぎぎぎさまだけは許せねぇぇぇぇぇぇぇぇ殺してやるぅぅぅぅぅぅ」


 しかし、いまだ勝負を諦めていない道化師は殺意を込めて美織を睨む。


 その時だった。


「ノンノン。貴方の戦いはもう終わってマース。敗者はとっと舞台から降りなサーイ」


 そんなセリフとともに、突如として現れた緑色の機体が道化師を蹴り飛ばした。

 いきなりの乱入、いきなりの展開……だが、それ以上に驚いたのは、乱入してきた機体のパワーだ。

 ただ蹴りつけただけだというのに、道化師がまるでシュートされたサッカーボールのように空の遥かへと飛んでいく。

 この戦いが始まる際に、美織が道化師が中に潜んでいた着ぐるみを同じように蹴り飛ばしたが、あの時とは距離がまるで比較にならなかった。


 そして。


 ズドゥゥゥゥゥゥゥゥンッッッ!!!!!


 飛んでいった道化師が突如大爆発を起こした。

 撃墜では到底起こり得ない衝撃波が、離れたこちらにまで届いてくる。


「まったく、勝てないと思ったら自爆テロだなんて、そのような暴挙、ミーの瞳が黒いうちは許しませんヨ。何故ならミーこそがルール、ミーこそがジャスティス! そう」


 呆気に取られる俺たちをよそに、乱入してきた緑色の機体が自らの顔に向けてサムズアップしてみせると、高らかにその名を告げる。


「ミーこそユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカの象徴、ヒル・ゲインツその人デース!」


「うん、知ってるわよ」


「オー、ミス美織。そこはもっとこう『なんですってー』とか、派手なリアクションでお願いしマース!」


「そんなの、知らない仲でもあるまいし無理に決まってるじゃない。それともなに、あんたは友達と街で出会った時も『おまえは、まさか……』ってリアクションしたりするの?」


「その例えは正しくありまセーン。いいですか、ゴリンピックの決勝で、しかも私は貴女のピンチに颯爽と登場したのデスヨ? だったらもっとこの場に相応しいリアクションってものがあるデショウ!?」


 せっかく格好良く決めたのにと、薄い美織の反応にヒルが文句を言い始めた。

 稀代の天才プログラマーであり、『AOA』の開発者であり、さらには世界有数の大金持ち。世界に冠たるマックロソフト会長であり、まさしく現代アメリカの顔役の一人と言うのも決して過言ではない。


 だと言うのに、そんな大物が世界中が見守る中、「もっと驚いたリアクションしてくれなきゃヤダー」と駄々っ子ぷりを見せ付けている……。

 ああ、会場に詰め掛けたアメリカ人たちからもブーイングされてるぜ、ヒルさんよ。


「はいはい、分かった分かった。それで、あんたが出てきたって事は次の相手はあんたってことよね?」


「イエス。ですが、それよりも今は先の薄いリアクションへの謝罪が」


「この会場のブーイングを聞きながらも、まだそれを言うの? それよりも早くやろうじゃない。一度あんたと手合わせしてみたいと前から思ってたのよ」


 美織が早くもチャクラムを指先で回し始めた。

 さっきまで道化師にあれだけこてんぱんにされ、しかもアトラクション飛び交う嵐の中を極限にまで高めた集中力で乗り切った後だと言うのに、まだ戦えるとか。

 美織め、ヤツの身体にはどこぞの戦闘民族の血が流れているに違いない。


「んー、ミス美織。そのお誘いは大変魅力的デスガ、それはまた次の機会にシマショウ」


「は? なによそれ?」


「感じまセンカ? 私が出てきてから、俄然火がついた彼の闘志を」


 ヒルが指差す先に、ゆっくりとふたりに近付いていく機体がいる。

 何ら変哲もない、ごく普通の『AOA』標準仕様の機体――なのにその歩く様はまるで百戦錬磨の達人を彷彿とさせるほどに淀みがなく、雄弁で、隙がなかった。

 その機体のパイロットは言うまでもなく――


「お爺ちゃん!?」

 

 そう、美織の祖父。爺さんこと晴笠鉄織だった。


「ほっほっほ。悪いが美織、ヤツはワシの獲物よ。ここは引き下がってはくれぬか?」


「引き下がるって、これは勝ち抜き戦よ? リタイアしろってこと?」


 爺さんの嘆願に美織は戸惑いの反応を見せる。

 当たり前だ。

 せっかくのリードをむざむざ放棄するなんて、普通、有り得ない。

 

 が。


「うむ。悪いがヤツとはお互いまっさらな状態でやりたいからの」


 爺さんは悪びれもせず言い切った。


 これが単なる練習試合とかならまだ分かる。

 でも、これはゴリンピック。しかも決勝だ。日本中のファンが俺たちの勝利に期待している中、自分たちの戦いの為に敢えて不利な選択をしろとは……さすがは天上天下唯我独尊ワガママ娘・美織の爺さんなだけはある。


 とは言え、さすがにこれを飲むわけには……


「……仕方ないわね」


 おいおい……


「美織、お前まさか本当に棄権する、って言うつもりじゃないだろうな!?」


「だって、仕方ないじゃないの。ていうか、イヤだって言ったらヒルの前に私と戦うつもりでしょ、お爺ちゃんは」


「わっはっは。そんなわけなかろう。ただちょっと粋がってる弟子を指導してやる前の、軽い準備運動に付き合ってもらうだけじゃ」 


 さらにしれっと言い放つ爺さん。

 その言葉に美織が「くー」と悔しそうに呻くものの、いつものように噛みつくようなことはせず、ただ


「分かったわよ、棄権するわ。でも、ここまでして負けたら大恥よ、お爺ちゃん!」


 と言い残して戦場を後にした。




『さぁ、大変なことになってきたぞ! 決勝第三試合は晴笠美織選手が見事大逆転勝利を収めたものの、まだ戦える晴笠選手を敢えて棄権させて、その祖父・晴笠鉄織選手がリングに上がったーっ!』


 美織の突然の棄権に会場がまだどよめく中、実況アナウンサーの声が響き渡る。


『そして相手はまさに現代アメリカの象徴であるヒル・ゲインツ! 『AOA』の開発者でもあるこの男を出してくるとは、アメリカチーム、本気で金メダルを取りにきているぞーっ!』


 観客席から沸きあがる盛大なブーイング……をかき消すように、アメリカ人の観客たちが『USA! USA!』の大コールを合唱する。


『しかし、手元の資料によると晴笠鉄織選手は、そのヒル・ゲインツの師匠にあたる存在だとか。日本チームもとんでもない隠し玉をここで出してきたー!』


 うおおおおおおおおおっと地鳴りのような歓声が会場を包み込む。

 まさにテンション最高潮。

 片や『AOA』の開発者、片や伝説級のゲーマー、そのふたりの雌雄を決する戦いに相応しい雰囲気が出来上がってきた。


「マスター鉄織、申し訳ナイガ、今日こそ貴方を越えさせて貰ウ」


「ふん、いつもワシに負かされ泣きべそをかいていたヒルが言いよるわ」


「あの頃とは違ウ。私は格段に成長シ、貴方は歳老いタ」


「そうじゃの。だが、ワシを越えるには百年は早いわ」


 そしてお互いに


「一発ダ」

「一発じゃ」


「「一発で方を付ける!」」


 奇しくも同じ言葉を発して、ふたりが相手の機体目掛けて攻撃をしかける。


 ヒルは先ほど道化師を蹴り飛ばしたキックを、思い切り爺さんの頭に目掛けて。

 爺さんは両足をどっしりと開き、速度と重さを兼ね備えた右の拳をヒルの顔面目掛けて。

 どちらも相手の攻撃を躱すことなど最初から考えていないような、倒される前に相手をぶっ飛ばすことしか頭にないような、まさに必殺の一撃を繰り出した。


 そして次の瞬間、鉄と鉄が凄まじいスピードでぶつかり合い、破壊しあう爆音が、会場の歓声をもかき消すほどに鳴り響く。


 まるでふたつの雷が同時に落ちたかのような轟音の後に訪れるのは、息を飲む音すらも禁じられたかのような静寂。

 誰も何も言えず、身動きすることすら忘れたように、いきなり訪れたその結末をただただ見入っていた。


「いい蹴りじゃ」


 その静寂を、しかし、唯一言葉を発することを許された当事者が破る。

 ヒルの放ったハイキックに機体の頭部を吹き飛ばされ、機能停止に陥った爺さんが愛弟子の成長を褒め称えた。


「ええ、いい拳デシタ」


 その言葉に応えるように、これまた爺さんの正拳突きに頭部を完璧に破壊され、同じく撃破されたヒルが感嘆の言葉を零した。


「ほっほっほ、あの泣き虫だったヒルがここまで成長しよったか。嬉しいぞい」


「マスター鉄織コソ、齢を重ねてもいまだ劣らぬその力、感服いたしまシタ」


 戦闘が始まる前の、猛々しく迸ったふたりのオーラはすっかり霧散し、洩れる言葉もまたお互いの健闘を讃え合う賛辞のみ。

 そんなふたりの姿は、勝負にこだわるあまり忘れがちになるスポーツマンシップの大切さを改めて世界中に示したかのようで感動的であった


『なんということだ! ふたりの放った必殺の一撃は同時に互いの急所を破壊し、壮絶なダブルKOという誰もが予想し得ない結末を迎えたー!』

 

 実況アナウンサーも感極まったかのように、声を張り上げる。

 

 ところが。


「は? ダブルKOじゃと? 何を言うておる。ワシの突きの方が早かったじゃろうが!」


 突然、爺さんが声を荒たげ始めた。


「オー、マスター鉄織、それはナイ。むしろ私のハイキックの方が1フレーム分だけ早かったデース!」


「1フレーム早かったじゃと? ビル、寝惚けておるのか、おぬし?」


「マスター鉄織こそ歳取って呆けたのではアリマセンカ?」


「なんじゃと!」


「ナンデスカ!」


 そして始まる、ハイレベルなプレイヤー同士の、低レベルすぎるやりとり。


「ワシの方が早かった。勝ったのはワシじゃ」


「いいえ、ミーの攻撃の方が先にマスターを倒してマシタ。ミーの勝ちデース」


「ワシが泣き虫ヒルに負けるわけないじゃろうがっ!」


「いつまでそんな昔のことを言ってるデスカ! 見苦しいデース! ロートルはロートルらしく、いさぎよく自分の負けを認めるものデス!」


「いやじゃ。だってワシが勝ったんだもん!」


「ミーの勝ちに決まってマース!」


 しまいには「そもそもこの『AOA』とか言うゲーム、当たり判定がガバガバすぎるクソゲーじゃ!」とか「自分の負けをゲームのせいにし始めたら人間おしまいデース!」とか言い初めるし。お前ら、さっきの感動を返せ!


 まぁ、それはともかく。


「どちらにしろふたりとももう次の試合は無理だから、とっとと退場してくださいよ」


 うん、東京ゴリンピックGスポーツ決勝も残るところは俺とアルベルトの試合のみ。この戦いに勝った方が母国に金メダルをもたらす事が出来る。

 緊張していない、と言えばウソになるが、今は早く戦いたいという気持ちでいっぱいだ。

 だからおふたりには早く退場して欲しい。

 どちらの攻撃が早かったにしろ、ふたりの機体が機能停止に陥っている以上、もはや勝敗はどうでもいいのだから。


「「イヤだ(じゃ)」」


 が、ふたりは俺の言葉を一蹴すると、これまた同時に声高に主張し始めるのだった。


「ワシ(ミー)が勝ったんじゃ(デース)!」

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