落ちてきたこの世界で

@kumakame

第1話道の隅の穴

 俺の名前は六笠熊羆ムカサ ユウヒ。十八歳、高校三年生だ。

 親は俺に、強く、勇ましい人間になって欲しいと願い、この名前を付けたそうだ。

 だが、俺はその願いを叶える事が出来ず、弱く、臆病な人間、要は腑抜け、腰抜けなどの言葉に当てはまるような人間になってしまった。


 まあ、子供が名前通りに育つことなんて、ほとんど無いんだろうけどさ。

 そんな俺は朝起き、学校に行き、適当に授業を受け、猛ダッシュで家に帰りネットゲームをやる。

 毎日、そんな楽園の様な生活を送っていた。

 そう、送っていたのだ。


 高校生活も一年を切り、楽園は地獄と化した。

 進学か就職かを迫られる毎日。

 腹が立ち、進路希望調査用紙に何度か無職と書いてやったら、親に報告をされた。

 関係無い者にまで、手を出すとは、これだから権力者は。


 「あーあっ、つまんねー」


 いつもの帰り道、殺風景な道、左右にはコンクリートの壁があり、その上にいる猫は大きなあくびをしている。


 「あー。猫になりたい……」


 そう呟きながら転がっていた石を蹴る。すると、石は数メートル飛び、コンクリートの壁にぶつかり、しばらく転がった後に止まった。

 何が楽しいという訳ではないけど、石が転がっていると蹴っちゃうよね。

 蹴らない?そう……


 「なぜ、働かないといけない? なぜだ? 好きな事だけやって生きればいいじゃない。ユウヲ」


 そう呟きながら、先ほどと同じ石を蹴る。

 石は再び転がる。

 さきほどより強く蹴ったからか、なかなか速い。


 ……因みに人に当たる心配は無いぜ。ここら辺は、あまり人が通らないんだ。


 「そういえば、今日から新イベじゃん! こんな事してる場合じゃないなー」


 今ハマっている、ゲームの新イベントの事を思い出す。

 急いで帰らなければ。


 「 フッ……これが貴様の最後だっ!」


 決め台詞とポーズを華麗に決め、石を蹴る。

 この石も災難なものだ。

 この俺に目をつけられるとはな……


 それは兎も角、石は勢い良く飛び、壁にぶつかる。

 コロコロと音を立てながらしばらく転がり、道の隅にある穴に落ちた。


 穴……?


 「 あれ? こんなところに穴なんてあったけな? 結構デカイし、元からあったなら、気が付かないなんてことはないと思うんだけどな」


 穴までは数メートルあるが、ハッキリ見える。結構でかい。直径三十センチぐらいはあると思う。


 「危ねえなあ。誰かが落ちたらどうするんだよ」


 ゲームの新イベントの事などもう忘れ、穴の近くまで来て、中を覗いてみると、驚く事に底が見えない。

 底だけではない。

 中が、全く見えないのだ。


 「な、なんだこれ……落ちたら、怪我じゃすまないだろ……」


 なんでこんなものがあるんだ?

 少なくとも登校時は無かった筈だ。俺が登校して、下校するまでの間にこんな深い穴を誰かが掘った?

 なんのために?

 いや、そもそもこんな短時間で、底が見えないような穴を掘るなんて無理だろ。

 じゃあ

 

 ――元から空いていた……?


 「ハハッ、なわけないよなー」


 笑いながら、手を穴の縁に置いた時。


 「――ッ!?」


 何かに手を掴まれた。

 本能が警報を鳴らす。

 

 「な、なんだ!? このッ! 離れろ!」


 見えない何かを必死に振り解こうとする。

 が、突然。

 今まで掴んでいただけの何かが

 ――とてつもなく、強で力で穴の方へ引っ張ってきた。


 ――あっ。

 落ちる。


 意識が波の引くように遠退いていき、目の前が真っ暗になった。

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