花の下に死す 序



 その男が橘領斗織きつりょうとおるのもとを訪れたのは、遠い都に梅の便りを聞く頃だった。


 宮内庁の役職付が僻地の山奥、まさに世間とは隔絶した己の屋敷までやって来ると聞いて、斗織は呆れるより先に感心した。父親の支配下にある斗織に元より面会拒否権などないが、使い走りの一人も寄越さず直接乗り込んで来る相手に興味が湧いたのだ。


 斗織の暮らす深山はまだ雪に閉ざされている。訪うだけでも一苦労だっただろう。正面に座礼する男の、多少白髪の混じったつむじを眺めてぼんやり考える。丁寧で腰の低い態度の男は、駒場宏孝こまばひろたかと名乗った。歳は斗織よりも一回り半程度上だろうか。暗色の三つ揃えをきっちり着こなした姿から、実直さと有能さが滲み出ている。


「こんな寒い中、遠路はるばるご苦労なことですね。宮内庁の管理職ともあろうお方が、私のような者の所へ御足労痛み入ります。しかし生憎ですが、ご希望にお応えすることは出来ませんよ」


 駒場に抱いた印象とは裏腹に、斗織は開口一番で冷たい言葉を投げつけた。



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