1-6
言われた相手は、大きく目を見開いた。信じがたいと顔に書かれている。
「知らない? わかんね?」
知らないのだろうか、あの建物の場所を。
まあこれだけの広さの場所だ、知らない場所があってもなにもおかしくはない。
そんなことを考え、インユェは彼女を見下ろしたままもう一度言う。
「桜花殿って知らない?」
「そこにあなたが住むの……?」
「えっと、うん。そうなるんじゃないか?」
あんまりにも驚かれすぎている。
そのため、自分は担がれているのではないかと、インユェは不安になった。
「あなた以外の人が、そこに住むという事はないの?」
彼女が言う。
問われた中身の意味はよく分からない。
インユェは首を傾けた。
「ほかにって、どういうこと?」
「あなたは、桜花殿に住む女性の、あの、おつきのものじゃないの?」
インユェは相手の言葉をかみ砕いた。
あ、と思った。
あのたくさんの衣装の謎が、装身具の謎が、少女の言葉で解けた気がした。
「そうかもしれない」
きっと自分は、あそこの建物に入るだろう女性の、護衛として引き抜かれたのだ。
そうに違いない。
わざわざ蟲狩を抜擢するのだ、きっとものすごい大事なお姫様っぽい人に違いない。
うんうん、とインユェは一人納得し、頷く。
「そうだよな、あんな衣装、おれが着て言い分けないもんな。動きにくいし。そっちか」
「あなた何一人で頷いているの?」
「こっちの話」
言いつつインユェは、ひらり、屋根から降り立った。
物音は一つも立たない。枯れ葉の一枚も翻らない。
着地を、少女が目を丸くしてみている。
「まあ……あなたとっても、身軽ね」
「ん。身軽じゃないと生きていけなかったし?」
蟲狩が愚鈍など洒落にならない。
牙ともなれば、これだけの身軽な体も、必要だ。
その点で言えば、インユェは当代一の身軽さを持っている。
少女が上から下までインユェを眺めて、不思議そうに聞いてきた。
「あなたの恰好は、見たことがないわ、目がちかちかする色をしているわ」
「蟲の皮なんだよ、染に失敗した奴を使うんだ」
「蟲の皮? わたし、もっと淡い色の皮しか見たことがないわ」
淡い色の蟲の皮、か。高級品だ。一級の高級品で、さらに言えばそれのための特殊技能を持った三つ目牛がいる。
インユェは桜色の蟲の皮をなんとなく思い浮かべた。
「淡い色に染めた蟲の皮って高級品だもんなー。あんたが見るのももっともか。あれ染めるの専門の職人じゃなきゃダメなんだよな、手間ばっかりかかって」
少女が怪訝そうな顔になる。
それはそうだ。
彼女にとって、知らない世界の話に他ならないのだから。
深窓の令嬢といっても間違いではなさそうな少女が、辺境の北の山の、地味な生活を知っているとも思い難い。
職人の苦労も、彼女は知らないだろう。そういう世界に生きてきたのだから。
インユェはそれに気が付くほど気が回る性格をしていない。
「染めるの。元の色があれではないの?」
「もとは白いんだよ。白くてうすーく毛が生えてて、それをなめして、専用の裁ちばさみで形に切っていくの。その前に染めるんだ。染めるとどうしても、皮が縮むから」
「そうなの……?」
「山の話だし、そっか、あんた知らないか、お兄さんもそういうの知ってるかな」
「スイフー様が? あの人は博識だから知っているんじゃないかしら」
「蟲が食えるって知らなかったぜ」
「蟲、なんてものを食べるの……?」
少女が明らかにひきつった顔で問いかけてくる。
これが平地の女の普通の反応だ。
これはインユェもよく知っている反応で、彼女を見て言ってやる。
「気持ちのいい話じゃねえ?」
少女が頷いた。やっぱりそうだろう。
今一つ理解に苦しむが、異文化なんてそんなものだ。
あの北の山で、肉にするほど家畜を飼えないことも、少女はきっと知らない。
「あの気持ち悪いのを食べられるの……あなた」
信じられなさそうだ。平地の人間の常識と、山の常識を同じものだと思ってはいけない。
「おれの出身地では普通に食べるんだよ、山が深いとさ。食べるもの、限られてくるから」
何という事はないことだ。インユェにとっては普通のこと、しかし少女には信じられない世界であったようだ。
「お米もないの? 小麦も?」
「山で取れるのは栗とか? そういうのばっかり。確かにいろいろ育てるけど、村全体に回るほど食べられるものってそんなにない。あ、でも蕎麦とかはとれたかな」
「……そうなの? わたし、そんなのつらいわ。お菓子だってそんなにないでしょう?」
「お菓子なんて食べたことない。木の実はうまいよ」
あくを抜いて香ばしく炒った木の実は、携帯食としても重宝する。
「あなたは私の知らない話ばかりするのね」
「住む世界が違うんだろ、あんたみたいなかわいくてちっちゃい女の子と、牙を一緒にしちゃいけない」
「牙?」
この問答も何回目だろうか。そんなことをちらりと考えた後、教えることにした。
「蟲狩の中でも腕利きにもらえる名前。あと、頭とか、爪とか、足とか、役職によってもらう名前違うのがある。おれの牙は、村で一番強い蟲狩っていう証明なんだ」
「あなたが強いの? どれくらい? ウーレンさまよりも?」
「ウーレン知らないからわからない」
「盗賊退治をした人よ、西の盗賊集団を、一人でやっつけて、将軍になった方」
「あー。ごめん、ぜんっぜんわかんね。今まで紫宮にいて、今日初めてここに来たし、紫宮でそういう話題聞いたことない」
「そうなの?」
これはインユェのみに当てはまることだった。
猛虎ウーレンは市井でも名の知られた大将軍と噂されている男であり、後宮である紫宮でも女性たちは雀のように騒がしくその噂を、良くも悪くもしていた。
后妃たちに全く仕えていなかったインユェばかりが知らないだけだった。
しかしそれを知らないので、インユェはこういう言い方になっていた。
「うそでしょう? あんなに有名なのに。わたしの所にまで噂が入ってくる方なのに、あなたのように仕えてる人がいる人が、知らないの?」
「誰にも仕えてない。たぶんこれから仕える事になる」
「まあ」
少女が大きく瞳を開く。美しい薄紅の色をした瞳は、どこから見ても彼女を可憐にする。
「不思議な人ね、あなた」
「そう?」
「わたし、あなたのような人に会ったのは初めてだわ」
それはそうだろう、とインユェは心の中で思った。
北の山の蟲狩に、そうそう平地の人間が接触できるとも思えない。
北の山の蟲狩は、多少ほかの蟲狩たちとは毛色が違うのだと、旅の商人から聞いたこともあった。
つまり、いろいろ違うのだろう。
それはさておいて、とインユェは少女を見下ろして問いかける。
「桜花殿の行き方、やっぱりわかんない?」
片付けの途中だったのだ。
自分のほかにも、お仕えする人がいるのなら、途中になってしまった片付けも終わらせてくれているかもしれないが、途中で投げ出すのは気が引けた。
「ふふ」
インユェが首をかしげて見つめていると、少女が花開くように笑った。
ちょっと見たことがないほど愛くるしい微笑みだった。
銀色の髪をしたあのレイシという女性とはまた違う、それでも同じくらい魅力的な笑顔だった。
「あなたって本当に不思議なひと。わたし相手に、そうやって話すんですもの」
「普通だろ」
インユェの言い方はまた、彼女を愉快にさせたらしい。
くすくすと笑う彼女は、まだ笑っていた。
「案内してあげるわ、わたし、この場所は庭のようなものだもの」
インユェはそういわれて、手を差し出した。
「へ?」
「手をつないで歩こうぜ、たぶん歩幅が絶対違う」
「歩幅が?」
「うん。おれ、大股だし、結構雑に歩くし。あんた置いてって迷子になりそうな気がする」
「あなたは男の人みたいね」
「よく言われる」
インユェは彼女がそっと手を取ってきたので、軽く握った。
やわっこい手だと感心する。
「あなたの手はごつごつとしていて固いのね」
しみじみと言われて噴き出す。
なんとなく、おかしかったのだ。
「狩人の手が柔らかくて繊細でどうするよ」
笑いつつ返す。彼女がインユェを見て聞く。
「そういうものなの?」
「そういうもの。ねえ、あんた名前何?」
「シャヌというの」
「きれいな名前だな」
「お母さまのくれた名前で、わたしとてもこの名前が好きなの」
「そっか」
言いつつ歩く。
通路を歩けども歩けども、出くわすのは裳裾の長い女性ばかりだ。
そこがだんだんと訝しくなる理由になる。
なんなんだここは。
なぜ男が見当たらない。
「ねえシャヌちゃん」
インユェはとりあえず、少女の名前をこう呼ぶことにしていた。
「なに?」
「なんでここ、女ばっかりなの」
「それは当たり前よ? 朱宮に殿方が入ったら大変なことになってしまうもの」
「あけみや?」
「ええ。あなた、ここの名前も知らないの?」
「正直に言えばそう。お兄さん……あ、スイフーが何にも説明しないで連れてきた」
「スイフー様がそんな不手際をするなんてらしくないわ」
シャヌが眉をわずかに動かす。瞳は訝っていた。
「そうなの?」
「スイフー様は何事もよくできた方なの。ここで働く人に、基本的な説明もしないでいるなんて滅多にないわ」
「お兄さんの仕事の出来はどうでもいいんだけど。朱宮が男入ったらいけないのなんで?」
「ここは第一皇子の後宮ですもの」
後宮。これの言葉の意味は分かる。
女の人をいっぱい集めた場所だ。男子禁制の、空間だ。
后妃仕えをしている知り合いたちからそう聞いたので、インユェはかろうじてそれを思い出した。
「殿方が入ったら首を落とされるわ。そういう場所なんだもの」
「シャヌちゃんは、ここの后妃?」
「わたしは南の国から献上されたの。南の小さな国よ。スイフー様のために」
后妃という言葉を肯定も否定もしない。
いったいどっちだ、とインユェは困惑する。
「それじゃあ、后妃?」
やや突っ込んで聞く。ぶしつけだという認識はどこにもない。
「いいえ、わたしはお渡りがないから。このまま子供を産まないでいたら、国に返されてしまうかもしれないわ」
しょんぼりと肩を落とすシャヌ。
撫でまわしたいほどかわいい、とインユェは思った。
愛らしいし、可愛がりたくなる、どうも弟たちと同じように、護ってやりたくなる少女だ。
こんなにかわいいのに、第一皇子は、何をしているのか。
手を出していないのはいったいなぜなのか、インユェには理解できなかった。
「シャヌちゃんはかわいいのに、第一皇子はどこに目玉つけてんだろうな」
「あなた、誰が第一皇子様かわかっているの?」
「いや、顔も見たことがない」
シャヌが何か言いたげに口を開閉させる。
それに気が付けば、知らないことを知らされただろうが、インユェは気付きもしないで、それより別のことに気を取られていた。
「あ、桜花殿に誰か入ったな」
地獄耳といっても過言ではないその聴覚が、すぐそばの桜花殿に、複数の女性たちが入る音を聞きつけたのだ。
軽い足音、それが複数。身のこなしから生ずる、衣擦れまで、インユェの耳はとらえる。
その動きから、女性だと判断しているだけで、もしかしたら男性がいるかもしれないが。
「分かるの?」
「おれ、耳が特別製なんだ」
特に気負うこともなくいう事が、実はどんなことよりもとんでもないと、インユェは気が付かない。
シャヌが、目を見開いたことにも気付かない。
気付くような、問題が発生したことがないのが理由だが。
そして桜花殿はもう、目と鼻の先だ。
「もう迷わないか、ありがとう、案内してくれて」
「それはいいのだけれど」
シャヌは何か言いたげに口を開閉させた。
何が言いたいのだろうか。インユェは彼女を覗き込んだ。
「どうした?」
シャヌが答えようとした時だった。
「そこの方。姫様の庭に無粋に入るとはなんという不作法ものたちか」
足音も荒く近づいてきた、侍女らしき人物が、インユェたちに怒鳴ったのだ。
シャヌが肩を震わせる。大声は何も悪いことをしていなくとも、悪いことをしたような気にさせる波長をしていた。
「あんた、誰?」
インユェは、理由もなく怒鳴られたので、冷たく返した。
ここに来させたのはスイフーで、理由はちゃんとあるのだ。
それなのに、なぜ怒鳴られなければならない。
理解に苦しむ。
ここがお前の場所だと、スイフーはそういったのだ。
スイフーが言ったことがうそだというのか。
勝手に殿舎の一つを使うほど、あの男は非常識には見えなかったから、ちゃんと許可を取っていたはずだ。
そのうえで、インユェを連れてきたのだ。
そうであるのにどうして、姫様の庭になっていて、不作法と……確かに見た目からしてインユェは不作法だが、それは事実だが……言われなければならないのか。
だが、あんた誰、などと問われたことのない侍女は、顔を真っ赤にさせた。
「わたしはシュエイジン姫に仕えているものよ! あんた誰などと、あなたのように蛮族の女に言われる理由はないわ」
「おれもないんだけど。おれはあんたのこと知らないよ」
「なっ……!」
バッサリと切り捨てたインユェを見て、彼女は酸欠の魚のように口を開閉させた。
インユェほどの非常識は、滅多にいない。姫に仕えているというだけで、格は高く、こんな風に、いっそ傍若無人なほどの態度で相手にされたことはないだろう。
「あなた、謝ったほうが良くてよ」
シャヌが、インユェの袖を引っ張って小声でささやいた。忠告といってもいいだろう。
彼女のほうが、この場所にいる年数が長いのだ。
その分、作法というものと、礼儀というものをよく知っていた。
知らないインユェは退くことをしない。
蟲相手に退くことを知っているインユェであるが、人間相手に退いたことはほとんどないのだ。
牙という肩書は、それほどインユェを自由にした。
「相手がいけない」
思った通りのことを、なんとなく小声で言うと、シャヌがやはり小声で伝えてくる。
「相手は后妃の中でも上位の女性に仕えているわ」
「シュエイジン姫って、上位なの」
「家柄がとてもいいの。宰相の娘と聞いているわ」
宰相がどれだけ偉いのか、インユェは知らない。
村長くらいに、偉いのだろうか。
辺境の村の人間は、そういうことを知らない場合が多い。
彼らの中で一番偉いのは、村長か領主と相場が決まっている。
それより偉い人など、辺境にはめったに訪れないのだから。
「それが何?」
それゆえインユェが、何が恐れる理由なのか、という態度なのもある意味当然と言えるのだ。
無知とは恐ろしいものである。
「皇族の次に偉い人よ、えっと」
こういう風に言い返されたことは、おそらく、シャヌの人生で初めてのことだ。
困り果てた顔の彼女は、そこでインユェの名前も知らないことに気付いたらしい。
教えていないことも思い出した、インユェはするりという。
「インユェ」
「インユェが逆らっていい相手じゃないわ」
「それは相手の親の話だろ、本人の力じゃない」
村では、己の力を頼みにしなければならなかった。
親が腕のいい狩人だから、という理由で、ひいきされることはなかった。
その逆もまたしかり。
しかし村の常識は、都で通じるものではなかったのだ。
インユェの言葉に、シャヌが蒼白な顔になる。
「インユェ、そういう子供じみたことを言ってはいけないわ」
「だいたい、蛮族じゃないし」
「インユェ、あなたは命が惜しくないの?」
「そりゃ命は大事」
「だったら、ここは無礼を謝るべきだわ」
「なんという不作法もの! あなたのような女は即刻この朱宮から出てお行き! あなたのいた場所に! あなたが戻るべき場所に戻りなさい! 今なら勘弁して差し上げます!」
小声のやり取りも、侍女の機嫌を甚く損ねたらしかった。
自分を無視してぽそぽそと小声でしゃべられれば、不愉快になるものだろう。
自分を無視して作戦の段取りを始めてしまう爪や足、果ては頭までに慣れているインユェは、そこに思い至らなかった。
致命的な慣れである。
「いる場所ねえ」
インユェは、頭をぼりぼりと掻きながら、彼女を、すうっと見た。
そうするだけで、琥珀の双眸がすうっと眇められ、迫力を増すことを、当人は知らない。
ただ、その眼光を直接見てしまった侍女は、真っ青になった。
しょせん場数が違うのだ。インユェからしてみればそうとしか言いようがない。
命を懸けて蟲を狩り、そのためにどんな悪条件でも屠蟲鉈だの刃物だのをふるい、傷まみれになっており、命の危機というものを片手の数以上体験している、蟲狩と、そこいらの流血沙汰を見たこともないような侍女では、同じ盤上に立ってしまえば結果は目に見えている。
迫力でインユェの勝ちだ。
「ここに来いって言われてたんだけど」
「それは……」
侍女があえぐように口を開く。
蟲すら動きを止める、牙インユェの目を見てしまったのが、彼女の運の尽きかもしれない。
言葉が見つけられない、いいや、いう事が出来なくなってしまっている侍女は、体を震わせている。
「インユェ、そんな怖い顔で睨んではいけないわ」
慌てた声で、シャヌが言う。
「ほら、もしかしたら、あなたがお仕えする人が遅れてやってきただけかもしれないわ」
「あ、そっちか!」
シャヌの言葉で、インユェは納得した。
自分はこの桜花殿の主の、護衛として抜擢されたのだ。
遅れてその人と、侍女たちがやってきたのだと言うのならば、インユェが愛想をよくする理由になる。
謝る理由にもなる。
何か切り替えの装置があるように、インユェの目から迫力が消える。
阿呆のような邪気のない笑顔で、インユェは侍女に言う。
突如笑顔を見せるインユェを、困惑した顔で見る侍女。
「あんたのお姫様の、護衛になることになってると思う、おれ、インユェ」
「護衛?」
おうむ返しに侍女が言う。
「あれ、お兄さんのこと知らない? スイフーっていうお兄さんが、おれを抜擢したんだけど」
侍女は上から下まで、インユェを眺めた。
「護衛……ということは、蛮族の戦女なのですか、あなたは」
「山の民蛮族っていうの?」
「言いませんよ。あなたはその……山の女なのですか」
「山の蟲狩」
蟲狩という言葉が初めて聞いた言葉のようで、侍女が不思議そうな顔になる。
インユェの敵意が全く無くなったので、穏便に話すことを選んだらしい。
「いいえ、姫様に護衛の者が新しくつくという話は聞いていません」
「え、じゃあおれなんなんだろ」
思い出すような顔をして、インユェの言葉を否定した侍女を見る。
嘘は言っていなさそうだ。
そう思い、インユェは首を傾げた。
「おれ、なんのために抜擢されたんだろ」
「私たちにはお話が来ていません」
「ふうん」
まあ、スイフーが来て教えてくれるだろう。
楽観的に考えた時だった。
「ライシャン、どうしたの? 荷解きは終わっていないわ」
涼やかな声が、侍女を呼ぶ。
大変に麗しい声だった。
これは絶世の美女の声だな、とインユェは勝手に想像した。
それくらいに麗しい声だった。
「ただ今参ります、多少変わったものがいるので」
「変わったもの? こちらに来て見せてくださいな」
変わったもの、と言われて、声の主は興味を惹かれたらしい。
連れて来い、と命じられた侍女、ライシャンは、インユェを見て、言った。
「姫様ご自身が、お目通りを許可しています。ついてきなさい」
「え、うん。シャヌちゃんは?」
問いかけに、首を振って否定するシャヌ。一瞬考えた後、答えが返される。
「わたしはいいわ、もうじき遅すぎて探されてしまうもの」
「そっか、じゃあね」
「ええ。……あまり、無謀なことを言ってはいけないわよ?」
「無謀なほど無謀してないから大丈夫」
シャヌがいなくなる。ライシャンがインユェに、ついて来いと示す。
それに素直に従うと、桜花殿の中に入った。大変に活気づいている。
女性たちが幾人も動き回り、いろいろと部屋を整えていた。
そこで一人の女性が、長椅子に座り優雅にお茶を飲んでいた。
「シュエイジン姫、これが変わったものです」
変わったものって扱いか、蟲狩は変わっているのかもしれない、山の蟲狩は装束が変わっているらしいもんな、と勝手に納得していれば、女性が透けるような鬢を揺らし、こちらを見た。
ずいぶんと豪奢な銀の髪だ。金の細工や鼈甲の黄色と薄茶のまだらが大変引き立つ。
琥珀も揺らし、血の気が透けて見える肌を慎み深い装束で覆った女性がいた。
麗妃のところの女性たちも、似たような服をしていた。当然、麗妃もだ。
ってことは、これが噂に聞く、都の流行なのか。
しげしげと眺めていると、相手もインユェをしげしげと眺めていた。
「まあ、小汚い」
眺めた末に、言われた言葉としてはあんまりな言葉だった。
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