第103話 モフモフ教の結婚式

「様々な生物に化ける事が出来るのだろう? だったら、普段から獣人化して過ごす事も可能なんじゃないか?」

「ええ、できるし、いいけど……」

「その元の姿にちなんで、黒い猫の獣人なんていいと思う」

 不可解そうにハンナさんが了承すれば、ジャックは更に注文をつける。


 ……まあ、ハンナさんの技術は簡単に他人に教える程安いものではないという事なのだろう。


「レーナ、そういう訳だから、彼女の事はもう解放してやってくれないだろうか」

「一応話はまとまったみたいだからいいわ……」

 ジャックの話に応じて、私はハンナさんにかけた拘束魔法や魔力強制放出魔法を解き、ついでに回復魔法で彼女の怪我を治療する。


「……随分と、あっさり解放するのね。それに回復まで……」

 不思議そうにハンナさんは私を見た。


「別に私はあなたと争いたい訳じゃないもの。それに、私はあなたと仲良くしたいと思ってる。誤解もあると思うし、一度ちゃんと話し合いたいの」

「……わかったわ。少し付き合ってあげる。それからどうするか決めるわ」


 真剣に話せば、ハンナさんもそこまで言うのなら、と頷く。

 私だって結婚式を血で染めるような事はしたくない。

 それも、私を全力で祝おうとしてくれている娘の前でならなおさらだ。


「ジャック、ハンナとつがいになるのは構いませんが、もし、彼女に非道な仕打ちをした場合、私もそれなりの対処をさせてもらいます」

「お前は俺を殴る口実が欲しいだけだろうが」

 大人しく話を聞いていたニコラスは、私とハンナさんの話が終わると、いつものようにジャックにつっかかる。


「えっと、つまりどういう事なのかな?」

「今後、私があなた達の結婚に文句をいう事は無いわ」

 クリスが不思議そうに首を傾げれば、ハンナさんがそう答える。


「うーんと、じゃあジャックとハンナも結婚するの?」

「まあ、そうなるわね」

 ネフィーの言葉に、ハンナさんは頷く。


「じゃあ、一緒に結婚式やる?」

「そうね、お色直し用のドレスはまだ何着かあるし、ハンナさんに私と同じ体形化けてもらえばサイズもそのままで使えるでしょう」

「「「「「「えっ……」」」」」」


 笑顔で私がネフィーの提案に答えれば、周囲から困惑の声があがった。


「いいんですか? レーナさん、彼女はついさっきまで私達をまとめて殺そうとしていたんですよ!?」


「でも、誰も死んでないじゃない。怪我人がいたら私が治療するわ。信頼関係を築こうというのなら、お互いに歩み寄る事が大事だと思うの」

 私がそう話せば、辺りがしんと静まる。


「モフモフ教の一番の教えは、みんな仲良く! だよね!」

「ええ! その通りよ!」

 アンナリーザがはじけるような笑顔で得意気に言う。

 私もアンナリーザを撫でながら頷く。


「そうだ、モフモフ教の本質は、他者への寛容と許し……これこそ、その体現じゃないか!」

 中年の男の人が、ハッとした様子で声をあげれば、先程反対していた人達もハッとした様子でそれもそうかと頷きだす。


 私としては、ハンナさんの気が変わる前にさっさと既成事実を作ってしまいたいだけだけれど、それは黙っておく。


「ということなのだけれど、どうかしら? ハンナさん」

「しょうがないから、付き合ってあげるわ」

 私が尋ねれば、身体を起こしながらハンナさんは了承した。


 一応、今は大人しく対話をしてくれているけれど、今回はハンナさんの油断を突いてた私達が勝つことが出来たけれど、それが偶然のまぐれだという事は私もよくわかってる。


 今度、ハンナさんが私達を始末しようとする時は、きっと一瞬の隙だって与えてくれないだろう。

 だからこそ、今すぐにでもハンナさんとジャックの式をこの場で挙げて、形だけでも私達の側に引き込む必要がある。


「ハンナさん、ネフィーから魔力を供給するからちょっとこっちに来て? 魔力が回復したら、私と同じ位の体形に化けて、ドレスを着ましょう。あ、誰かジャックの身なりをどうにかしといてー」


 私が声をかければ、結婚式の運営を手伝ってくれてたフィオーレ美容魔術のお姉さん達がジャックをネフィーの中に引っ張り込んでいく。


「変化くらいなら、もう出来るわ」

 ハンナさんはそう言うと、ジャックの希望通りの黒猫の獣人へと姿を変えた。

 真っ白なウェディングドレスをまとった姿の彼女は、

「服は身体の鱗やたてがみを変化させて作っているから、別に貸してもらわなくてもいいわ」

 と、笑った。


 しばらくしてジャックの準備が終わると、私とニコラスとクリス、ハンナさんとジャックは再びネフィーとの問答を繰り返した。

「それじゃあ、この二組の結婚に文句がある人は手をあげてー!」

 今度は誰も手をあげなかった。


「じゃあ、今からこの二組は夫婦だよ! それじゃあネフィー、お祝いにネフィー砲するね!」

 そう言ってネフィーがネフィー砲を放つと、辺りが歓声に包まれた。


 ネフィー砲が撃たれて少し立つと、ネフィー砲が通った場所に、ついさっきと同じように突然花びらが舞い散る。

 どうやらネフィー砲はアンナリーザ達が現れる合図になっていたらしい。


「じゃじゃじゃーん! 今度こそママ達の結婚式をお祝いするんだからねっ!」

 花びらの後から、先程と同じようにアンナリーザ達が現れる。

 そうして始まったアンナリーザが企画してくれた、大規模な幻影魔法と使い魔達の曲芸飛行によって織り成されたショーは、場を大いに盛り上げた。

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