第79話 修羅場

「聞いたよ、モフモフ教だって? 素晴らしい教えだな! まさか君がモフモフを広める為にここまでやってくれるなんて!」

 抱きついた身体を離すと、ジャックは目を輝かせながらまくし立ててくる。

 よっぽど獣人が増えたこの町の様子に感銘を受けたらしい。


「完全に獣人の姿になって歩いても、誰一人俺の姿を気に留めないんだ。それだけこの町ではモフモフがありふれているのだろう? 素晴らしいよレーナ!」


「お話の途中悪いですが、私の家族から離れていただけますか」

 興奮した様子で話すジャックの話を遮ったかと思うと、ジャックの腕からアンナリーザを抱き上げ、ついでに私の肩まで抱いて警戒した様子でニコラスが言う。


「家族?」

「レーナ、誰ですかこの男は?」

 不思議そうに首を傾げるジャックを他所に、ニコラスが不機嫌そうに私に尋ねてくる。

 顔が近い。


「前に話したでしょう? 獣人化魔術を考案した魔術師のジャックよ。私は彼からその研究データと商業利用する事への許可をもらって、今の商売をしているのよ」

「だとして、どうしてこうもアンやレーナと親しげなのですか!」

 どうやらニコラス的にはアンナリーザが随分とジャックに懐いていて、なおかつ私がそれをよしとしているのが気に食わないらしい。


「ジャック~、今日は何しに来たの? お家もうなくなっちゃったけど、泊まるとこあるの?」

「新聞でタージリルの町が大変な事になってると聞いて、様子を見に来たんだ。なに、家が無くても宿に泊まるから大丈夫だ」

「じゃあ私の家に泊まりなよ~昨日完成したばっかりなんだよ!」

「アン!?」


 一方アンナリーザはニコラスに抱きかかえられながらも、平然とジャックを我が家に誘う。

 ニコラスが動揺したようにアンナリーザを見る。


「いや、それは……」

「いいわよ? 別に今更一人増えた所であんまり変わらないし」

 ジャックはニコラスの方をチラチラ見ながら気まずそうに言葉を捜すけれど、全く知らない仲でもないし、アンナリーザの事だからジャックの泊まった宿屋に押しかけそうな気もするので、それならいっそ我が家に止まってくれた方が楽だ。


「レーナ!? こんなどこの犬の骨ともわからないようなやからを家に上げていいんですか!?」

「ニコ、ジャックは犬じゃなくて狼だよ!」

「なお悪いです!」

 私へ抗議してくるニコラスに、アンナリーザがつっこみを入れたり入れられたりしているけれど、つっこむべき所はそこなのだろうか。


「え、というかレーナ、本当にこの人とは一体どういう関係?」

「なにこれー! 狼のモフモフだー!」

 一連のやり取りを見ていたクリスが、ネフィーを抱えて私達の元までやってきて尋ねてきた。


「ジャック、せっかくだからこのまま一緒に住んでパパになってくれてもいいよ!」

「そういう事は俺の意思だけでは……いや、しかし、今のこの町なら定住しても……」

 アンナリーザの誘いに、ジャックは最初困ったような顔をしたものの、よっぽど今の町の様子が気に入ったのか、満更でもないような様子でブツブツ言い出す。


「……まあ、こんな感じで前にアンナリーザが連れてきてジャックをパパにするーって騒いだのよね。ジャックは重度のモフモフ好きで、世界によりモフモフを広める為に旅立っちゃったけど」

 とりあえず、出来るだけ端的にジャックとの関係を説明する。


「私は許しません! ジャックといいましたね、決闘です! 私が勝ったら即刻この町から出て行ってもらいます!」

「いきなり何を言ってるのよニコラス……」

 本当に何を言っているんだろうとため息交じりに私が言えば、静まり返っていた広場が、にわかにざわつき出した。


「何? 修羅場?」

「ジャックってあれだろ? 前に町中の人間を獣人に変えようとしたとかいう……」

「別にこの町に獣人なんて溢れてるし今更よくね?」

「いや、その事件が起こったのはレーナさんが獣人化魔術の店をやる前らしいんだよ」

「えっ、という事はレーナさんが獣人化魔術の店をやったりモフモフ教を広めたりしてるのって……」

「そりゃ二人の旦那からしたら面白くないよなあ……」

「決闘か! 盛り上がってきたな!」


 ……なんだか、話がおかしな方向に向かっている気がする。


「わあっ! ジャックとニコラス勝負するの? 楽しそう! 私も混ぜて! クリスもやるよね?」

「えっ、僕も!?」

「アン!? コレは遊びでは……」

「ネフィーも! ネフィーもやるー!」


 しかも、アンナリーザがクリスも巻き込んでなにか言い出した。

 ニコラスは遊びじゃないと言って説得しようとするけれど、畳み掛けるようにネフィーも参加すると言い出す。


「レーナさんを巡って三人の男と実の娘が決闘を……!?」

「でもネフィーも参加するならネフィーの一人勝ちだろ……」

「え? 結局これって何角関係なの?」

「いいぞやれやれー!」


 周りの人達は周りの人達で完全に面白がっている。

 出店でお酒も振舞われているので、酔っ払いも多いのかよくわからない野次のような声援まで飛んでくる。


「俺は受けるとは一言も言ってないのだが……」

「えージャックも一緒に遊ぼうよー私、ジャックと遊びたい!」

「……まあ、アンがそこまで言うのなら」

「わーい! ジャック大好きー!」


 ジャックはジャックで、最初は戸惑ったような顔をしていたけれど、アンナリーザに頼まれて結局首を縦にふる。

 アンナリーザがモフモフの姿だった事が主な勝因だろうか。


「そうですか。では今のうちに最後の言葉でも考えておいてください」

「わーい! 何して遊ぶのー?」

「えぇ……コレ僕も参加しなきゃいけないのかな……」


 やる気に満ち溢れた様子のニコラスとネフィーとは対照的に、クリスは困惑した様子だった。

 無理も無い。

 というか、私も何で今こんな事になっているのか意味がわからない。

 けれど、クリスの態度はある一点を見てしばらく固まった後、急に変わった。


「つまりコレはレーナの一番を決める勝負だよね! よーし、愛するレーナの為に頑張っちゃうぞ!」

 半ば、から元気のような、妙に不自然な様子でクリスが張り切りだす。

 一体どうしたのだろうとクリスの見ていた場所に目を移した私は、すぐに納得した。

 身なりの良い若い娘さんが目をキラキラ輝かせながらうっとりとクリスを見つめている。


 そして、辺りはクリスの宣言を聞いて、更に盛り上がる。

 ……なんだか、虫の一件でイメージアップした私の世間での印象が、早々に残念なものへと塗り替えられていく気がする。

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