第77話 守るべきもの

「今日はいい天気だし、ネフィーの魔力も日没までには、また回復するだろうから、薬を飲んでない怪我してる人はネフィーの魔法石からの魔力で治すわ。怪我の酷い人から来てちょうだい」

「でも、レーナももうクタクタじゃないか、そんな事して大丈夫なの……?」

 出来るだけ大きな声で呼びかければ、クリスが驚いたように私を見る。


「まあ、多少しんどいけど、魔力をコントロールしながら右から左へ流すようものだし平気よ。イタズラ防止でネフィーの魔法石からは私しか魔力を取り出せないようにしちゃったし、今の私に出来るのはこれ位だもの……」

「レーナ……」

 再び辺りがしんと静まり返る。


「すぐにでも魔法で町の復旧作業の手伝いに行きたいところだけど、生憎と今は怪我の治療で精一杯。ネフィーの魔力は光合成で回復されるけれど、その魔力を誰でも取り出せるようにするには複雑な術式を同時に起動させる必要があって、今の私には無理。せめて後一日もすればネフィーの魔力でもう少し役に立てるのだけれど……」


「一日って……レーナさっきあの薬飲んだら三日は寝込む事になるって言ってたじゃないか! 治癒魔法も効かないって……!」

 できるだけしおらしく私が言えば、何を言ってるんだとクリスが声をあげる。


 今は少しでもこの町の人達の心象を良くしておきたい。

 ただでさえスキャンダルやらモフモフ教やらで無駄に目立って私の事を気に入らない人達も多いのだ。

 誰かが魔物が出した被害よりネフィーが出した被害の方が大きいとか言いだす前に出来る限り被害を最小限に抑え、その後の復興に尽力した人、みたいなイメージを植えつけなければならない。


 でないと私や家族に対する酷い中傷や嫌がらせが起こらないとも限らないし、今回ネフィーが壊した町の責任のありかを全部私に押し付けられる事にもなりかねないのだ。

 とにかく責任のありかを全部今回こんな事を起こした犯人に向かわせ、復旧にかかる費用は寄付を募ったり国への援助を要請したりしてそこから全てをまかなって、我が家もその保障を受けたい。


「ネフィーが巨大化して潰しちゃったり、ネフィー砲で丸ごと消しちゃったりして寝る場所が無くなった人達は、そういう訳だから、申し訳ないんだけど復旧できるまでここで寝泊りしてくれるかしら。多分雑魚寝みたいになるんだけど、屋根がある分マシだと思うの……」


 誰かにその事を指摘される前に自分でその事に触れて対応策を提案する。

 できるかぎり弱々しく、謙虚に健気に言うことが大切だ。


「……今回、アッシュベリー家は幸い屋敷全体、全て無事です。今は非常時ですし、当家でも家屋が消失してしまった方々を受け入れましょう」

 話を聞いていたローレッタは静かに私の側までやってくると辺りを見回してそう宣言した。

「……ありがとう!」


 昔から情に熱くて流されやすいローレッタなら、そう言ってくれると信じていた。

 そして、魔法が使えない状態でも、常時戦闘に長けた様々なタイプの合成獣が飼われているアッシュベリー家は今回の事件でもほとんど無傷であろう事は想像に難くない。


 これでネフィーの中で避難生活をする人達は大幅に減るだろう。

 だって、同じように大人数で雑魚根するにしても、屋根があるとはいえ、仕切りも何もない吹きさらしの無駄に広い空間よりちゃんと窓は風も遮れるようになっていて、廊下にもふかふかの上質な絨毯が敷いてある豪邸の方がいいに決まっている。


「ルナール教教会でも受け入れましょう……教会は無傷とはいえませんが、今日中に復旧できる程度の損壊具合です。それに、私達は先程そちらのクリスさんを初めとする冒険者の方々によって救出されました。今は宗教の枠に囚われず、互いに助け合うべき時です」


 そして、ローレッタの後に、ルナール教の司祭様が現れた。

 なんでも教会で魔物達に襲われていた所をクリス達に助けられてここに連れてこられたそうだ。

 ……別にモフモフ教は宗教じゃないけれど。

 魔法の腕に自信があった人達程、今回の突然魔法が使えない状況で恐ろしい思いをした事だろう。


「オフィーリア魔術学院の校舎も一時的に使えないか掛け合ってみよう」

「それには及びません。学長である私はここにいます。許可しましょう。その事に関する一切の責任は私が負います」


 テオバルトが提案すれば、先程薬を飲んで魔法陣に魔力を注いだり魔物を拘束したりしていたおじいさんが立っていた。

「えっ、学長!? ……失礼しました。間違いなく本人ですね」

 驚いたテオバルトは学長の姿を上から下まで見た後、まじまじと顔を見て、気まずそうに謝る。


 今の学長は私の在学中の人とは変わっていたけれど、アンナリーザの入試の時、トーナメントでニコラスを召喚して呼び出された時に会った事がある。

 あの時は随分と身なりの良さそうなカッチリした上質な服を着ていたけれど、今は随分と使い古されたよれよれの茶色い薄汚れたローブを着ている。


 なんでも魔法の研究をする時はいつもこんな感じの汚れてもいい楽な服装をしているらしい。

 魔法の腕がかなりの物なのは見ていてわかったけれど、その格好から世捨て人のように一人引き篭もって自分の研究に没頭しているタイプの人かと思った。


「我々は、魔力を自由に扱えなくなった時、あまりに無力でした……今後はこのような術式が展開された時の対策が急務でしょう。そして、今回こちらのレーナさんは事件解決の為に尽力し、それに触発された人達の行動により多くの人々が助かりました……私もその姿に心を打たれ、自分にできる最大限の事をしたいと思ったのです」


 古びたロッドを杖にして、かなり辛いだろう身体を支えながら堂々と話すその姿は、いかにも人格者とか人の上に立つような人間の風格があったけれど、あんまりいい格好されると私の聖人アピールが薄れてしまうので程々にしておいて欲しい。


「皆さん! 目の前に迫った危機は去りましたが、今回私達がこの危機を退けられたのは皆が力を合わせてこの困難に立ち向かったからです」

 学長が話し終わると、私は再び壁伝いに立ち上がり、皆に話し始める。


「けれど、多くの家屋が損壊、消失し、まだ全体でどれ程の被害が出ているのかもわかりませんし、すぐに元通りの暮らしが出来るような状況でもありません。しかし、だからこそ、これからも皆で手を取り合って助け合いながら町の復旧に臨まなければなりません……今一度、皆で力を合わせてこの困難を乗り越えていきましょう!」


 壁に手を付いて身体を支えながら、私はいかにもそれらしい事を言って話をまとめれば、辺りから割れんばかりの拍手と歓声が沸きあがった。

「ええ、これから大変でしょうけれど、皆で乗り越えていきましょう……!」

 隣にいたローレッタも感極まった様子で拍手をしながら言う。

 周囲の人達もそれに賛同する。


 非常時にシェルターを用意し、町に張られた魔術封じの結界を破り、巨大な虫の魔物の討伐に大きく貢献、そして事が収まってからのこの聖人然とした態度、コレだけやっておけば、とりあえず今回の件で私を非難してくる人間はいないだろう。


 そして、こうやって悪いのは黒いローブの男、今回の出来事は自然災害のようなどうしようもない事という空気を作っておけば、町を壊したのはネフィーだからと修繕費を私に請求しようなんて輩も出ないだろう。


 ……出ないよね? ここまでやっておけば流石に。


 そんな事を考えていると、ローレッタの隣にやって来たテオバルトが私に話しかけてきた。

「レーナ、君も随分と変わったな……昔はもっと個人主義だったのに。やはり、守るものを持つと人は優しくなれるんだな。俺はその変化……いや成長を喜ばしく思うよ」


 何か感慨深い様子でテオバルトは言っている。

 まあ、確かに今回の私の一連の行動は世間体とか自分の資産を守る為ではあるけれど。

「それはどうも。とりあえず、今日はかなり疲れたし、ネフィーの魔力が回復するまで少し休むわ」


 私はテオバルトの言葉を適当に流しつつ、再び腰を下す。

 さっきから私のスカートにくっついてはなれないアンナリーザを膝の上に乗せて頭を撫でる。

 ……昔は世間体だとか周りからどう見られるかなんてどうでもよかったけれど、それを気にしだしたのはアンナリーザがいたからだ。

 だけど、それを言うとテオバルトのむずがゆい言葉を全肯定するような気がして腹立たしいので黙っておく。


 ふと左隣から何かに軽く押されるような感覚がして振り向けば、多少は魔力が回復したらしいニコラスが人の姿になって隣に座ってきた。

「私も今日はよく働いて疲れました」

「はいはい、ニコラスも頑張ってたわね」


「ママ、私も……私……」

 膝の上のアンナリーザが私の方を向いて何か言おうとして言葉に詰まる。

 自分も頑張ったと言いたかったけれど、本人の中ではそう言いきれないのかもしれない。

 アンナリーザの瞳に再び涙が溜まりだす。


 私はアンナリーザを一度ぎゅっと抱きしめた後、アンナリーザの顔を覗き込んで、にっこりと笑う。

「そうね、アンも皆を助ける為にいっぱい考えて頑張ったわよね、とても偉いしすごい事だわ」

「…………うんっ!」

 アンナリーザは嬉しそうに笑い返してくる。


 アンナリーザには最初から何かの役割を期待していた訳じゃなかった。

 だけど、私が皆の事を頼むなんて言ったから、きっとアンナリーザなりに必死でその役目を果たそうとしていた。

 そして、今回巨大化した魔物を倒した作戦の根本のアイデアを思いついたのはアンナリーザである。

 アンナリーザは立派に私から頼まれた役目を全うしたのだ。


「えっと、僕も結構頑張ったんだけどな……」

 今度は右隣から少し控えめな主張が聞える。

 クリスだ。


「ネフィーもー! ネフィーもすごく頑張ったよ!」

 そして、それに便乗するようにネフィーも自分の頑張りを主張する。

「そうね、クリスもすごく頑張ったし、ネフィーは今日、誰よりも頑張ってたわね」


「レーナ!?」

 私の発言に納得いかないとでも言いたげなニコラスの声が聞える。


「だって、避難所になったり、寄って来る魔物達を撃退して避難してきた人達を守って、最後には巨大化した魔物を倒したのよ? 今だって避難所になってる訳だし、間違いなく一番貢献してるでしょ」

 説明しながら、改めてネフィーの貢献具合に驚く。


「確かに、ネフィーには敵わないよね」

「えへ~ネフィー偉い?」

 右隣でクリスが頷く。


「偉いわネフィー、ネフィーのおかげでとっても助かったわ」

「ありがとうネフィー!」

 ネフィーを私が褒めれば、膝の上のアンナリーザもネフィーにお礼を言う。


「ネフィー、ありがとねー」

「ネフィー、助かったぜ!」

「かっこよかったよ、ネフィー!」

「ネフィーって強いんだね!」

「ネフィーちゃんってすごいのね~」

 ネフィーの中に避難していた人達も口々にネフィーにお礼や賛辞の言葉をかける。


「え、えへへ~」

「よかったわね、すっかり人気者じゃない」

「うんっ! ネフィー嬉しい!」

 ネフィーの言葉に、周囲の人達の顔もほころぶ。

 人気者になりたいというネフィーの願いは図らずも叶ったようだ。


「………………」

 皆が笑顔の中、一人面白くないとでも言いたげに無言でよっかかってくるドラゴンがいる。

 ニコラス的にはきっと今のような非常時に活躍してアンに見直されたかったのだろうけれど、完全にネフィーにその役は掻っ攫われてしまった。


「ま、相手が悪かったわね」 

 私が腕を回してポンポンとニコラスの頭を撫でれば、ニコラスがもっと撫でろとでも言わんばかりに頭を左右に振ってグリグリと押し付けてくる。

 なんだかそれが面白くて私はしばらくニコラスの頭をわしわしと撫でていた。


 …………そしてニコラスの頭を撫でながらふと思う。

 あのカラスに化けていた魔術師は、無詠唱で変身魔法や転移魔法を使いこなしていた。

 それはつまり、それだけ魔術に精通している高位の魔術師という事なのだけれど、そういえば、ニコラスも転移魔法は出来ないけれど、その気になればほとんど同じ事ができそうだ。


 ニコラスの話だと黒竜の平均寿命は八百年、七百年前には既に子供がかなり減っていたようだったけれど、ニコラスと同世代の黒竜がまだ生きている可能性もある。

 それに、五百年前の話とされている帝国の建国神話では、帝国を建国したのは黒竜、そしてその子供は黒竜と人間のハーフという事になっている。


 そこまで考えて、私はまあ流石にそれは考え過ぎだろうと考えた。

 もし万が一、黒竜やその血をひく者がいたとして、こんな事を起こす原因もわからないし、やっぱり犯人は魔術に関する高度な知識や技術に加え、高い資金力を持つ魔術師と考える方が妥当だ。

 こんな事を考えるなんて、どうやら私は自分が思っている以上に疲れているらしい。


「それじゃあ、ネフィーの魔法石にある程度魔力が貯まったら起こしてね」

 アンとニコラスに伝えて、私はしばらく仮眠を取ることにする。

 少し寝たら、きっともう少しまともな思考になるだろう。

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