第35話 商売の予感

 五次試験は毎年、学院の講師陣が考案した人工のダンジョンが用いられる。

 受験生は事前に脱出用のアイテムを持たされたうえで、ダンジョンの最深部に放り込まれる。

 無理だと思ったら、いつでもそのアイテムを使って脱出して良いが、試験は失格になる。


 転移魔法以外の魔法は自由に使っていい。

 各自出口を目指して進んで脱出までのタイムを競い、上位百二十八人がトーナメント形式の最終試験に進めるのだ。

 ちなみに、全員に監視用の人工精霊が付けられていて、その様子は全てスタジアムに中継されるので、何か不正をすれば、すぐにわかるようになっている。


「まあ、ダリアがいるなら今年も五次試験は楽勝だね」

 例の如く、五次試験を明日に備えて、母が私とリアの家族を集めた食事会でデボラちゃんが得意げに言った。

「そうなの?」

 アンナリーザは不思議そうに首を傾げる。


「どんな複雑な作りのダンジョンで、やっかいな魔物やトラップが仕掛けられてたって、デボラの察知魔法があれば、全部先にわかるんだから! 私達は横でデボラの護衛をしてればいいだけ」

「うん、まかせて~」

 上機嫌でダリアちゃんが言えば、デボラちゃんが得意気に胸を張った。


「それって、ルール的に大丈夫なの?」

「別に受験者同士が協力しちゃいけない訳じゃないし。まあ、魔法学校は出てないけどそれなりに活躍している魔術師を雇って特定の受験生が受かるようアシストさせるのも反則ではないしね」

 小声で心配そうに訪ねてくるクリスに、大丈夫だと私は答える。


「いいの!?」

「いいけど、そんなことしたら、自分の家の人間は姑息な手を使わないと試験もパスできない落ちこぼれですって言うようなものだから、家の恥を晒すことになるから、魔術師の家系ではまずそれはやらないわ」

「面子が大事って事?」


 クリスの言葉に私は頷く。

 そう、魔法を研究する魔術師の世界は案外狭い。

 特に、魔法による功績で爵位を与えられたり、事業を起こして家を大きくしている家同士ならなおさらだ。

 だからこそ、そこで著しく家の評判を落とすような事をすると、後々面倒なことになる。


「それに、最終試験はトーナメント戦だから、無条件合格の上位八人に入れなかったらどっちにしてもそんな受験生は落とされるわ……まあでも、たまたま同じ年に受験する事になった親戚同士が協力し合うのは別によくある事だし、大丈夫でしょう」


「線引きがふわっとしてるなあ……」

 クリスは呆れたように言うけれど、結局完全公開されているこの受験の場を見た人達がどう思うか、それが一番大事なことなのだ。


 ……なんて事を話していたけれど、私達のその話は結局無駄に終った。


 だって今年から全ての受験生が自分一人の力でダンジョンから脱出しなければならなくなったから。

 空間魔法の多層化における技術革新により、用意された一つのダンジョンを、全員同時に一人で攻略できるようになったのだ。

 つまり、ダリアちゃんもアンナリーザもデボラちゃんに頼らず自分一人の力でダンジョンを攻略しなくてはならない。


「ダリアもアンナリーザちゃんも大丈夫かしら……」

 デボラちゃんの事は全く心配してない様子でリアが呟く。

 まあ、実際デボラちゃんは去年五次試験を一位通過したらしいので、心配なさそうではあるけれど。


「あのダンジョンって、毎年大体どれ位のはやさで攻略できるものなの?」

「年度ごとにばらつきはあるけれど、大体朝から始まって日が暮れる頃には上位百二十八人が決定して、他の参加者は強制的にダンジョンの外に連れ戻されて終了するから、大体それ位かしらね」

 自分が受験生だった頃を思い出しながら私は答える。


「へ~、ちなみにデボラちゃんは去年一位通過だったらしいけど、どれ位で出てきたの?」

「あらゆる戦闘や危険を避けて、最短距離をダリアちゃんの飛行魔法で飛んできたから、昼前には出てきてたわ。二人が力を合わせた結果ね!」

 横から母が得意気に口を挟んで説明してくる。


「今年はデボラもダリアがいない分、時間がかかるかもしれないわね……そういう訳だから、私達はのんびりお茶でも飲みながら見守りましょ」

 ニコニコしながらリアは座席の前に置かれたテーブルの上の紅茶を一口飲む。


「確かに、どっちにしろ私達に出来るのは、ただ見守る事だけだものね」

 言いながら私は目の前に投影された受験者の姿の中からアンナリーザを探していく。


 五次試験まで残ったのは四百人ちょっと。

 全国に十箇所以上会場があって、このスタジアムで試験の様子を中継されているのが四十六人。

 受験者についている人工精霊と対になる精霊が、それぞれの受験者の様子を映し出す。


 ……アンナリーザはすぐに見つかった。

 人間の受験者の中に、一人だけ服を着た白猫がいたら、すぐにわかる。

 どうやらアンナリーザはより感覚の鋭い獣人の姿になって辺りの様子を探っているようだった。


 他にも変身魔法で犬やコウモリに変身した受験生もいたので、別段騒がれる事は無かった。

 今回のダンジョンは地下六階まである洞窟のようなつくりで、様々な罠が仕掛けれられ、魔物が徘徊する中、最下層から地上までの脱出を目指すものらしい。


 デボラちゃんは早速お得意の察知魔法で全ての罠や魔物を見事に避けながら最短ルートで昼過ぎ頃に出て来た。

 去年よりは少し遅くなってしまったようだが、それでも他の受験者に大きく差をつけての一位通過だった。


「おなかすいた~」

「さすがデボラちゃんだわ! 一人でもこんなに早く出てこれるなんて! やっぱり天才ね!」

「おばあちゃんありがと~私おなかすいちゃった~」


 受付を終えた後、いつものマイペースな調子で私達のいる席まで現れたデボラちゃんは、早速母に抱きつかれそうになったのをひらりとかわして机の上の軽食を物色し始める。

 ……慣れってすごい。


 そして、それからしばらくしてアンナリーザも出て来た。

 猫は夜目が利くので薄暗い洞窟で照明魔法を使う必要も無く、耳や鼻が効くので事前に魔物の存在を察知する事ができ、俊敏性も高く魔物との戦闘を極力避けてダンジョンの攻略を出来た事が大きい。

 私達のいた会場では三番目だったけれど、全国の他の参加者の記録を見ると、三十二位通過となった。


「ただいま~! 私頑張ったよ!」

「見てたわぁ! すっごくかっこよかったわよ~! やっぱりアンちゃんは天才ね~!」

「えへへ~」


 アンナリーザは母に抱きつかれて、もみくちゃにされても嬉しそうに笑う。

 私にはみっともないからさっさとアンナリーザを獣人から元に戻せと頻繁に言ってくるくせに、なんとも現金な事だ。


 母から開放されるとアンナリーザは無言で私の膝の上に座った。

「ママ! 私頑張ったよ!」

 しばらく何もしないで見ていると、催促するように私を振り返る。


「そうね、すごいわね」

「ふふ~ん」

 素直に撫でて褒めてやれば、アンナリーザは得意気に胸を張った。

 隣でニコラスがソワソワしているけれど、とりあえず無視でいいだろう。


 日が傾きだした頃、ダリアちゃんが出て来た。

 閉鎖空間では思うように飛べず、光に反応する魔物達に狙われまくったり、同じような場所で迷って中々上の階へ繋がる場所が見つけられなかった結果の百位通過だった。


「うわ、やっぱり私がビリか~」

「お疲れ様! あれだけ酷い目に遭っても諦めずに自分一人の力で通過できたのだから、やっぱりダリアちゃんはすごいわ! 天才よ! 百位なんてきりが良くて縁起がいいじゃない! 狙って取れるものでもないもの!」


 母はしょげるダリアちゃんに抱きついて頬ずりしながら彼女を褒める。

 天才という言葉が大安売りされすぎて、だんだん天才という概念がわからなくなってきた。


「ああ、うちの孫達可愛いすぎるし優秀すぎるわあ~!」

「もう、おばあちゃんいつもそればっかりなんだから」

 呆れたようにクスリとダリアちゃんが笑う。

 孫馬鹿なので、多分どんな結果が出てもこの調子なんだろうなあ、と思いつつ、ダリアちゃんが元気を取り戻したのでまあよしとしよう。


 五次試験の結果はその日のうちに会場で発表され、翌日には三日後から十一日間かけて行われるトーナメントの対戦表が公表された。


 しかし、この五次試験が終了した翌日から、私の生活にある変化が起き始める。

 アンナリーザの試験での様子を見た人達が、私の元に自分も獣人にしてくれとやってくるようになったのだ。


 ジャックの事件はこの辺の魔術師の間では記憶に新しいものだし、一応私が事件を収束させた事になっているので、事件そのものを知らない人でも、この町の人間にアンナリーザの事を聞けばすぐにわかってしまうらしい。


 魔術消費も激しいのであんまり頻繁にこられても困ると高めの値段を設定してこの料金なら施術可能だと説明したら、驚いた事にほとんどの人間がその法外な値段に頷いた。

 しかも、なぜか日を追うごとに希望者は増えていき、六次試験が始まる頃には日に十人近くの人が私を訪ねてくるようになった。


 もう普通にお店ができそうな勢いである。

 ……母は絶対いい顔をしなさそうだが。

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