第26話 アンナリーザは認めない

「どっ、どどどどういう事ですの!?」

「クリスが好きなのは私じゃなかったの!?」

「そんな事言って、わたくしの愛をためしていますの!?」


 女の子達は、私の肩を抱くクリスを前に、なおも怯まず詰め寄ってくる。

 ……ああ、久しぶりだなあ、この感じ。


「前にも言ったと思うけど、僕にはずっと心に決めた人がいて、その人以外とは考えられないんだ。そして、今ここにいるこの人がそうなんだ。だから、ごめん。君達の気持ちには答えられない」

 真剣な顔で、クリスは彼女達に話す。


「ありえません! こんなのありえませんわぁ!」

「そんなの認めない! 認めないんだからあああ!!」

「うわあああああああああん!!!」


 女の子達は口々にそう言いながら走り去ってしまった。

 今回の子達は随分と諦めが早くて助かる。

 とりあえずの危機が去った事を確認した私は、さっきから盛大に誤解しているであろうリアに事情を説明する為に向き直る。


「突然の事で驚いただろうけど、実は……」

「わかった! そういう事なら私は応援する! きっとお母さんもクリスさんみたいな人なら文句は無いだろうし」

「違うのよ、リア、これはね……」

「まあ二人も再会したばかりで積もる話もあるだろうし、私はここでお暇するわね!」


 リアはそう言って自分の分のお金を机に置いた後、転移魔法でどこかへ行ってしまった。

 早とちりにも程がある。

 というか、絶対これはこの後あっちこっちで言いふらす気だ。


 一旦クリスも連れて弁明に向かうべきだろう。

 今リアが真っ先に行きそうな所といえば、母のところだろうか……。

 これからの行動を考えていると、不意に私は話しかけられた。


「へえ、レーナちゃん彼氏できたんかあ! 美男美女でお似合いじゃねえか! いやあ、うちのも最近話題の騎士様に夢中になってたんだが、やっぱ釣り合う相手っているよな!」

「もう! お父さん恥ずかしいからやめてよ」


 よく行くパン屋の店主とその娘さんだった。

 買出しの途中だったのか、二人共荷物を抱えている。

 娘が最近反抗期とか言っていたけれど、そういう言動が年頃の女の子的にアウトなんだと思う。


「そうよお、二人は今八年ぶりに再会してこれから燃え上がるところなんだから、邪魔しちゃダメよう」

 パン屋の店主を近所の青果店のおばあちゃんがそう言って諭す。


 そこで私はハッとして辺りを見回す。

 皆私とクリスの方に注目している。

 しかもその中にはちらほら見知った顔がある。


「あ、私達の事は気にしないで続けて?」

 ふと目が合った隣の席の、名前は知らないけどこの辺に住んでいるのかよく顔を見るお姉さんににっこりと微笑まれた。


「ところでレティシア、いくつか確認したい事があるんだけど、いいかな?」

 すぐ隣では、クリスが爽やかな笑みを浮かべて私に聞いてくる。

 まあ、私の方も再会早々妹の前で昔と同じノリで女の子をあしらう理由にされたりと、いくらか文句も言ってやりたい。


 けれど、こんな場所で話す気にもなれないので、さっさとお会計を済ませた私は、クリスを連れて自宅へと転移魔法で移動した。


「さて、ここなら人に聞かれる心配も無いわ」

「わあ、ここがレティシアの今の家?」

 家の中をきょろきょろと見回しながらクリスが言う。


「ここではレーナって名乗ってるわ。まあ、ここは私の地元だし、こっちが本名なんだけど」

「ふーん、地元に戻ってきてるって事は、やっぱり完成したんだね、ホムンクルス」

「まあね」

「レーナの長年の夢だったもんね~、じゃあ、そのアンナリーザちゃんがレーナの作ったホムンクルスなのかな?」


「ええ。だけど、ここでは実の娘って事にしてあるわ」

「まあ、その方が自然だもんね。そこで、レーナに提案があるんだけど」

「アンナリーザの父親なら間に合ってるわよ」

 なんとなくクリスの言いたい事は察しがついたので、先回りして答える。


「え~、もう付き合ってる人いるの?」

「いないし、今後作る予定も無いわ。私には必要ないもの」

「ならまた僕の恋人のフリしてよ~断っても断っても女の子に告白されて、大きな問題が起こる度に活動する地域を移動するのもう嫌なんだよ~女の子怖い……」

 残念そうな顔をするクリスに私が訂正を入れれば、クリスは縋りつくように私に懇願してくる。


「そもそも、あなたは意味も無く女の子に気を持たせ過ぎなのよ……」

 言いながら私は大きなため息をつく。

「違うよ! 当時はまだ今の姿じゃなくて、ちゃんと女の子の格好して暮らしてたよ!」

「そして良家娘さん達が通う全寮制の学校で皆の”お姉さま”になって、女の子達があなたを巡って争ったり、輿入れを拒否したり、屋上から飛び降りたりしたんでしょう?」


 かつて二人で酒を飲んだ時に聞いた重すぎるクリスの告白を思い出す。

 ちなみに、屋上から飛び降りたのは輿入れの決まっていたその国の第二皇女だった、というのが彼女が国を追われ、性別を偽り素性を隠して生きる事になった原因である。


「うぅぅ……僕は男らしく振舞ってるだけなのに……」

「クリスの言う”男らしく”って、本当の男っぽさと言うよりは、少女向け小説に出てくる王子様みたいなんだもの」

「うん、それがモデルだからね!」

 誇らしげにクリスは答えるけれど、間違いなくそれが問題だ。


「そんな男は存在しないとまでは言わないけれど、冒険者とか、庶民の女の子は滅多に接するようなタイプじゃないから、簡単に勘違いしちゃうのよ……」


 再び私は大きなため息をついた。


 クリスは女としてはかなり長身で、中性的な顔立ちも相まって、男の格好をすれば、線の細いイケメンにしか見えない。

 しかも、自分が好きだった少女向け小説に出てくる王子様の振る舞いを、女子目線で完璧再現するのだから、これはもうモテない方がおかしい。


 だけど、そんな事しなくても、きっとクリスはモテるだろう。

 明るくて、誰にでも分け隔てなく接して、優しくて気配りも出来る。

 だからこそ、女学校に通っていた時、大惨事になってしまったのだろうけれど。


「こんな事頼めるのレーナしかいないんだよ~! 僕の事恋愛対象に見てないし、思いつめた女の子に暴言吐かれても大人な対応してくれるし、襲われても返り討ちに出来るくらい強いし!」

 さっきまでとは打って変わって、捨てられた子犬のような目でクリスは私を見てくる。


「うーん、私だけだったらまだしも、今はアンナリーザがいるからあんまりそういうのには近づけた無くないのよねえ……」

「そこだよレーナ! 恋人同士ならまだ諦めないような子も、流石に結婚して子供がいるとなればもう諦めるしかないと思うんだ!」

 渋る私に、クリスは力強く自分のメリットを私に語る。


「……つまり今私は、偽装結婚の打診をされているのかしら?」

「言い方……まあ違わないけど……レーナはこれから特に結婚する予定も無いんだよね? だったら、逆に僕と結婚したフリをしてみるのはどうだろう? お見合い話はなくなるし、僕の稼ぎも入ってくる、アンナリーザちゃんにも父親が出来る!」


 途中までは呆れながら聞いていたクリスの言葉に私は衝撃を受けた。

 あれ? 結構良いんじゃない?

 夫婦なんて言ってみれば家族という共同生活を行う共同体だ。


 母は愛だ恋だとやたらに騒いでいるけれど、別段そんな感情がなくても、お互いに尊重し、協力しあって生活していけるのであれば、それでいいようにも思える。

 お互いにメリットもあるし、これはそんなに悪い話でもないかもしれない。


 結婚なんてこの地域では教会に届け出て二人の名前を書くだけだし、別れるのならそこの名前を消せばいいだけだ。

 元々この地域では離婚も再婚もそう珍しい事ではないし、第一私の母も三回結婚しているし、その辺で文句を言う人間はまずいないだろう。

 むしろ、いい年して一度も結婚経験が無い人間の方が変わり者として見られるくらいだ。


「……もしこの先レーナに好きな人が出来てその人と結婚したくなったら解散でいいから、どうかな?」

 どこか不安そうな顔でクリスは私を見つめてくる。

 外では男のように振舞っているくせに、二人きりになると急に小動物のようになるところが昔から可愛くて、妹のように思えてしまって昔からついつい甘やかしてしまう。


「そうね。それもいいかもしれないわ」

「本当? 嬉しいなあ! レーナありがとう!」

 私にとっても悪い話ではないしいいだろうと了承すれば、クリスの顔は急に明るくなって抱きついてきた。

 実は結構甘えん坊な所も相変わらずのようだ。


「もう、これだと夫と言うよりは大きな子供が一人増えたみたいね」

 抱きついてきたクリスの頭を撫でながらそう言っていると、ガタンッと窓の方から物音がした。

 振り向けば、アンナリーザが窓に足をかけながら呆然とこちらを見つめていた。


「ああ、アン、ちょうどいい所に来たわね。この人、パパにどうかしら?」

「………………は、…………もん……」

 せっかくだから今クリスを紹介してしまおうと私がアンナリーザに話しかければ、アンナリーザは俯いて何か呟く。


「え、何?」

「ママにぎゅってしてなでなでされていいのは私だけだもん! ママは私だけのママなの!」

「アン!?」

 聞き返してみれば、顔を真っ赤にしたアンナリーザは私にそういい残すと、そのまままた飛び去ってしまった。


 パパが欲しかったんじゃないの!?

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