第12話 私の宝物
「黒いローブ……以前、娘さんを森へ連れ出したという黒猫と何か関係があるのでしょうか?」
真面目にアンナリーザが思いつきで出した謎の新キャラに対する考査をするお姉さんには非常に申し訳ない限りだ。
「その猫はおじさんの使い魔だったんだよ!」
「やっぱりそうだったのね!」
聞きかじった知識で適当な事を言いだすアンナリーザと、魔術関係は専門外だからかころっと騙されるミーナちゃん。
とても良い子だけれど、ミーナちゃんはいつか悪い大人に騙されないか心配だ。
「つまり、レティシアさんはその黒いローブを着た魔術師に娘さんをさらわれそうになったのを撃退したと」
「まあ、そんな感じになります……」
局長さんが確認するように言ってくる。
これ、違いますって言って真実を話しても色々と責任問題だよなあ……。
よし、目撃者もいないようだし、ここはもうそういう設定で乗り切ろう。
「では、あなた達の前に立っていたという魔物達の炭の塔はどういった経緯でできたものなのでしょうか」
「あれはね、ローブのおじさんが森じゅうの魔物を集めて合体させて、すごい強い魔物を作ろうとしてたの! それで森の魔物は卵のやつも魔法で孵化させてまとめてぶつけてこようとしてきたの!」
「え」
なんかまた変な後付け設定が出てきた!
お姉さんも予想外の返事が返ってきて固まっている。
「それで、その後はどうなったんだい?」
局長さんが優しい口調でアンナリーザに尋ねる。
「わかんない。その後気絶しちゃったし。でもその後ママが助けてくれたから、私は今こうしていられるんだよね!」
肝心な所でぶん投げた!
確かに変に嘘を重ねてボロが出るくらいなら『わからない』で押し通して欲しいけど、なんだったらもっと早くからそれで押し通して欲しかったなあ!!
「……ところで、アンナリーザちゃんはなんでそんなにその男が使っていた魔法に詳しいの?」
ふと思いついたように尋ねてきたミーナちゃんに、アンナリーザは元気良く答える。
「おじさんが自分で言ってた!」
おじさん頭悪っ!
なんて間抜けな悪党なんだ……。
「なるほど、自分の優位に気が大きくなるタイプのようですね……」
しかし、それさえもお姉さんは真面目に分析する。
発言の内容を事細かに記録をとられて、いつか矛盾を指摘されそうで怖い。
「それで、レティシアさん、アンナリーザちゃんを救出して魔物が襲いかかってきた後はどうしたんです?」
お姉さんが私の方に向き直って尋ねてくる。
「ええっと、魔物寄せの魔術を展開して集めてまとめて焼き払おうとしたのですが、数が多すぎたので、縦に魔法陣を展開して、それをまとめて焼き払いました」
「それであの炭の塔ですか……それにしても、既に命令を与えられている魔物に更に命令を上書きする形で魔物を集めたうえ、あの数の魔物を一人で焼き払ってしまうなんて、さすがAランク魔術師ですね」
その時、私は自分のしでかした失態に気づいた。
何も命令されていない魔物に命令を与えて従わせる魔法は多いし、それ自体は大した魔法でもない。
ただ、既に魔法で命令を与えられている魔物に上書きして命令を与える場合、より多くの魔力が必要になる。
それもあの数の魔物全部にともなれば、膨大な魔力が必要になるだろう。
だけど、それならそれで言い訳のしようはある。
「今回は自宅の近所で、この半年間ずっと魔力を溜めていた人工魔法石が近くにあったものですから、そっちから魔力を供給したんですよ。おかげですっからかんですが」
森全体に促成魔法をかけたり魔物寄せの魔法などに使われた私の人工魔法石に溜めていた魔力を、その命令の上書きに使った事にすれば良い。
「虫を焼き払った後、男はどうなりましたか?」
続けてお姉さんが質問してくる。
どうなったかって聞かれたって、そもそもそんな男は最初からいない。
だけど、今更ここでそんな事を言う訳にも行かないし……こんな場合、どう行動するのが正解で、犯人はそれに対してどんな反応をするのだろう。
……いや、ここは逆に、実際に自分がその状況に置かれたらどうするかと考えてみたらどうだろう?
もし、ある日知らない奴がアンナリーザをさらったとして、その男には本当にルーデルさんが言っていたように、何か邪な理由があったとして………………。
「………………殺す」
「えっ」
「レティシアさん!?」
想像してみたら想いの外、腹が立って妙にドスの効いた声がでてしまった。
どうしよう、局長さんとお姉さんがびっくりした顔でこっち見てる。
ち、違う!
私は別に想像しただけで殺ってない!!
「あ、すいません、命令を上書きして魔物を集めだした時に、その人も一緒に暗示をかけて呼び寄せてまとめて焼き払おうとしたら、途中で気づかれて逃げられてしまいました……」
「さ、さすが、勇ましい限りですな……その男の特徴などは憶えていますか」
慌てて私が取り繕えば、局長さんが苦笑いを浮かべながら質問を続ける。
「顔はローブで隠れていましたし、かろうじて声で男の人だろうという以外にはなにも……可愛い一人娘がさらわれて、少し気が動転してましたので、あまり細かい事は憶えてないんです」
「心中お察しします」
しおらしく私が答えれば、お姉さんが気づかってくれたけれど、その優しささえも申し訳ない。
「え、可愛い? 私の事? ねえママ私可愛い??」
一方アンナリーザは可愛いという言葉に反応してニヤニヤしながら私にくっ付いてくる。
そういう可愛いではないのだけれど、とは思いつつも、ついついくっ付いてきたアンナリーザの頭をなでてしまう。
「そうね。アンはママの宝物よ」
「えへへー」
アンナリーザは嬉しそうに笑うと、そのままベッドに上がって私の膝の上に乗ってきた。
「私もママ大好きー」
背中を私に向けてもたれかかりながら、満足そうにアンナリーザが言う。
うん。
私の娘は可愛い。
だけど、私は賢いので、言いつけを意図的に破り、綿密に計画して起こした今朝の事件をしっかり憶えている。
家に帰ったら説教だ。
……でもまあ、家に帰るまでは待ってあげよう。
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