第14話:-年末年始の物語-【02】
三十分後
「ふぃー、さっぱりした。数日ぶりのお風呂は身体がもろに喜ぶわー」
こすればこするほど垢がどんどんと生まれ出てくる。
数日間だけで、どれほどのダークマターが生まれたのだろうか。
闇の深さを感じつつ、これでもかと粘り強くスポンジで洗いつづけ、ようやく人としての尊厳を保てる程度に清潔感を取り戻した。
「えっと、タオルはどこだったかな……確か、山梨さんが洗濯してどこかに……」
「……もしかして、このかごに入っているやつのこと?」
「そうそう、昨日まとめてくれたんだよね……って、ん?」
あれ、私、誰と話しているんだろうか?
髪が濡れてあまり目を開けられないのだけれど、聞き覚えのある声だ。
これは……
「……もしや、翔子?」
「当たり。お風呂中に奇襲したというのに、よく素早く答えが浮かんだね」
翔子は言うと、私にバスタオルを差し出してくる。
それを受け取り濡れた髪と身体をふく。
視界が良好となった先には、答えの通り、私の妹である翔子が立っていた。
「や、久しぶり。ニートしてた?」
普通、そこは「元気してた?」と訊くべきではなかろうか?
「……まあ、飢え死にしない程度にはなんとかやっているよ」
とりあえず、ニートの単語を無視して返事をする。
「そっか。なんだか部屋に異臭が漂っていたから、既に白骨化しているのかと心配しちゃった」
「さらりと失礼な事をいう奴だな」
「姉妹だし、こういう冗談はお茶目でしょ?」
いささか、冗談とも言い切れないけれど。
漫画家の孤独死は、絶妙に現実味があるので、なかなか笑えない。
「ところで翔子、今回の成績はどうだったの?」
「あぁ……お姉ちゃん、いきなりそれ質問する?」
翔子が半歩後ろに下がって汗をかく。
「翔子がちゃんと仕事しているか『成績』しか訊くことはないでしょう?」
「それは……そうだけど……」
やけに、もぞもぞとした仕草を露骨に見せる。
聞かれてマズイという雰囲気が、私でも分かる。
これはもしや……
「……あんまり振るわなかった?」
言いにくそうなので、予め予防線を敷いた上で聞き出すことにした。
すると、翔子は私の言葉を待っていたと同時に、今回の成績について語りだす。
「実は、今年は私、ランクがBからAに上がったんだよね」
「へぇ……Aになったんだ。プロのオートレーサーとしては、随分と上のランクに該当するんでしょ?」
「上から二番目に該当するからね。そりゃあもう、プロの中の更にプロが集った感じだよ」
翔子は肩を竦め、ため息をつく。
「その様子だと、随分と参っている様子らしいね」
「もちろん。Bランクでやれていた戦い方を継承させていたら、全くもって歯が立たない状況が続くんだもん。連敗続きで凹みまくりだよ」
「だてに、同じプロでも区分けがついているわけだ……」
オートレーサーの場合、特にSとAが終わりなき激戦区と言わんばかりにランキング争いが激しいらしい。
私はバイクのことはよくわからないけど、常に上手い人が次々と現れて、互いが互いに負けないように、常に自らの技術を高めて戦いに臨むという緊張感は伝わってくる。
漫画の世界でも、同じような戦いは毎日のように続いている。
環境は違えど、その苦悩は私にもある程度伝わって理解できる。
「翔子の場合は、精進あるのみじゃないかな」
「ま、そうなんだよね。凹んでいるけど、何もしなきゃただ落ちていくだけだし、今はコツコツとやっているよ」
「ふふ、翔子らしい」
凹んでいると言いつつも、すぐにいつもの元気さを見せる翔子。
常にコツコツとまっすぐ成果を上げてきているタイプの翔子は、デビューから数年でトップに立つような天才肌の才能は持ち合わせていないつつも、長い時間を掛けて確実にステップアップをすることが出来る努力型の天才だ。
どんな屈強にも、楽しんで立ち向かう性格なので、周りのフォローによって成長をしていくタイプなのだ。
多分、今は期待の結果を残さずとも、数年後には、私に満面の笑みを見せに来る日が来るだろうと期待している。
私のように、偶然マンガが入選し、偶然書いたマンガがそれなりにヒットして、程々に生活できる体勢をズルズルと維持しながら細々と生きている偶然型人間の私と大違いだ。
私の場合、ルートによってはマンガ連載ゼロで餓死して白骨化するまで気づかれないパターンの未来もあるかもしれない。
出来れば回避したい結末と言えよう。
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