第12話:-京都の雅、祇園の夜-【06終】
「……人生の添え物でしょうかね?」
「はい、添え物?」
「添え物です」
「……意味がよく分からないのですが」
……まあ、勢いで言ってしまっている感はあるからね。
しかし、適当に言ったわけでもない。
なぜなら――
「季節は私の人生にとって、大きな影響は与えてくれません。私という生活の中で、まるでカレーの福神漬けのような、おまけのようなものでしかないと感じています」
「それは……随分と大胆なご意見をお持ちで……」
「漫画家ですからね」
「はぁ……」
ビールを片手にぽかんとした表情の山梨さん。
「あくまで自分……私主観で語るなら、インドアな生活を送っている私にとっては、外の世界が暑かろうが、寒かろうが、花粉が舞おうがどうでも良いことなのです」
「先生は、お外がお嫌いですからね」
「ちょ、ちょっとは好きですよ」
……ちょっとだけね。
「でも、窓の外から見える景色や、夜に外へ出るときにだけは、私も外を体験します。夜という特別な時間を体験します」
「ニート特有の生活スタイルで、人と違う視点を見るという事ですね。わかります」
「……山梨さんが締め切りを詰めてくるから、いつもフリーなのが夜なのです」
納期絶対守らせるマンと化した山梨さんの表情に怯えながら、私は地獄の釜ゆでに浸かる思いで仕事をしている。
一言で言うなら、生きた心地がしない状況だ。
「それで、仕事を終えた後に体験し始めた外の世界というのは、私なりの所感ではありますが、多分、人とは違う体験をしているのではないかと感じているのです」
「成る程、それはどのような?」
グイッと山梨さんが正座のまま前進する。
少し気まずさを覚えつつ、顔を少し逸らして話を続ける。
「夜は、季節の全てを体験できません。桜は見えにくいですし、夏の日差しは浴びれませんし、食欲の秋と言いつつ店は既に閉店し、冬は……冬は、イルミネーションは楽しんでいるかもしれないですが……」
どうしよう。一貫したことを言いたかったけど、途中で崩れてしまった。
「良いですよ。続けてください」
しかし、山梨さんは、表情を変えずに私に質問の続きを要求してくる。
そこまで情報を知りたいのだろうか。
気になりつつも、話を続ける。
「……要は、季節という直球の世界を私は楽しんでいないのです。実質的な昼夜逆転というのは、人と共に季節を体験していないからです」
「あぁ……そうですね。いわば孤独というやつでしょうか」
「かもしれないです」
孤独――
なんとも心に刺さる言葉であるが、しかし――
「しかし、孤独の私であったとしても、世界が私を知らないとしても、季節は私を迎え入れてくれ……いや、私に時期を教えてくれます。それは、私にとっては人生の大きな時計であり、そして私の生活に小さな彩りを与えてくれる福神漬けになるのです」
「福神……ああ、先ほど
山梨さんは、数分前の私の言葉を思い出す。
我ながら、かっこいい言葉ではないと感じてはいるが、どうしてもしっくりくるから言葉としては決して間違ってはいない。
「人生には大きく絡まず、でも私に今を教えてくれる――だから私も生きていることを痛感できて、私は漫画家をしているんだなって再認識できるのです」
「季節が先生の仕事を支えてくれているのですか?」
「違和感のある言葉でしょうが、意味としては正しいと思います」
「はぁ……」
首をかしげる山梨さん。
言葉の通りだと、我ながら説得性に欠けるものだなと感じてしまう。
「……つまり、自らの存在意義を隅から教え続けてくれる、自我を守る存在であると」
「意味は間違っていないです」
「……随分と重たい福神漬けですね。それはもう、カレーライスと言うよりは、福神漬けライスと料理名を昇格させた方が良いかもしれないです」
「は、はは……なんか不味そう」
「何を言いますか。福神漬けは、とてもおいしい漬け物です」
塩分をたくさんとれそうな気がする。
「ま、まあ……私の季節は、そんな感じ――で、伝わりましたか?」
非常にざっくりとした言葉のつぎはぎを注ぎ込んだ流れではあるが。
「はい、概ね。教えていただけたと思います」
山梨さんは、そう呟いて、数秒視線を
私の言葉が、どのような形で吸収されたかは分からないけれど。
「さて、飲みましょう先生。明日も早いですからね。夜だけは楽しみましょう」
「……ん、えっ? あっ、もう良いのですか?」
「もう良いとは……?」
「その、リアクションというかなんというか……」
私の季節という意見に対する、何かしらのトークへと発展するのかと身構えていたけれど……
「……ああ、ごめんなさい。先生。そういうのではなくて……」
「なくて……?」
呟いて、数秒無言。
そして――
「先生の生き方が、少しうらやましいなぁと感じていたので、個人的な興味として質問したに過ぎないのです」
個人的興味?
季節で?
私で?
なんで?
疑問の表情を浮かべると、山梨さんは小さくクスリと笑う。
「いえ、ちょっと表現は難しいのですけど……」
山梨さんは呟いて、
「私の知らない生き方ってなんだろうと、少し感慨深くなってしまい、思わず訊いてしまいました」
と、少し恥ずかしげな表情を浮かべて答えた。
「……?」
私は、その言動には、なんの意図があるのか分からなかったが、山梨さんは一言、
「ありがとうございます」
と私にお礼を言い、以降は質問をしても、はぐらかされるようになってしまった。
「(……インテリの山梨さんが、私に季節の話を訊いて、うらやましいと感じる?)」
頭の悪い私には需要がない情報を得て、山梨さんは興味本位の欲望を満たしたのだろうか。
まあ、普段から迷惑を掛けている身としては、よく分からないが、お返しが出来て何よりと喜ぶべきかもしれない。
意図が分からないので、なんとも喜びにくい次第だが。
「先生、ほら、見てください。窓の景色を……ふぅ〜」
「うっ……山梨さん。お酒クサっ……!」
「ちょっと焼酎を頂きました。私、ビールより焼酎派なんです」
山梨さんが、芋焼酎の瓶を片手に、わざとらしくはぁ〜と息を吹きかけてきて、私を困らせて楽しんでくる。
先程までのビールを飲んでいたというのに、どこから持ち出してきたのだろうか。
……まあ、実家だし、お酒を隠している場所を知っているのだろう。
あまり飲まない身としては、鼻がもげそうな尋問だ。
一杯ごとに吹きかけてくる息をヒラリと回避しながら、言われるがままに、視線を窓の外にやる。
するとそこには、祇園の景色と共に溶け込む美しい紅葉が舞い散る様子が見えた。
「(……綺麗だなぁ)」
純粋に、私の心が感動した。
いつも地元で感じている、しみじみとした心地よさ。
山梨さんは、私のこれを羨んだのだろうか。
意味は分からないけれど。
しかし、私には分からない、なにか特別な付加価値があるのかもしれない。
私は漫画家――もしかして、認められるような特殊な才能が……
……いや、見栄を張りすぎた。
ただ、山梨さんは、お世辞で人を伸ばすような人ではない。
私の事を信頼して、才能を認めてくれたのだろう。
明日、彼女の酔いが覚めたら、私の何が良かったのか、それとなく訊いてみよう。
多分、答えは教えてくれないけれど。
私は、飲み慣れない焼酎の入ったお
今夜は京都――
私の心が秋で満ちる。
-終わり-
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