第11話:-京都の雅、祇園の夜-【05】

「まあ、ひとまず飲みましょう。今日は色々と仕事に励みましたからね。夜くらいは羽目を外しましょう」

「山梨さんにしては、珍しい発言をしますね。歩く社畜マシーンだというのに」

「何を言っているんですか。私はむしろ、専業主婦になって、お昼のワイドショーをのんびりと眺めながら家事をするのが夢なんですよ」


 ……それは意外なビジョンをお持ちで。


「でも、旦那の経営している酒屋の売り上げがかんばしくなくて、家のローンとか子供用の貯蓄とか考えると、私が働きに出ないといけない状況であると判断したのです」

「た、大変ですねぇ……」


 家庭を持つと、自分以外の生活を守ることに力を注がなくてはいけない。

 自己愛に満ちた人は、決して結婚してはいけないのだ。


「先生も結婚をすれば分かりますよ。自分以外と生きるというのが、どんなに大変か痛感すると思います」

「は、はは……心に留めておきます」


 私、二十八歳独身。彼氏はもちろん無し。

 仕事は漫画家、将来の安定――未定。

 嗚呼、悲しきかな。


「ところで、京料理については詳しいですか?」

「いいえ、和食が全部京料理だと思っていました」

「期待通りの返答ありがとうございます。説明しても宜しいですか?」

「お願いします」


 そう言いながら、山梨さんはビールを一口飲み、舌の上で苦みをしっかり楽しんでから、泡ごと喉を通し、そして口を開く。


「そもそも、京料理という言葉はくくり的には大項目に該当します」

「大項目?」

「はい、特定の方法で作られた和食にはそれぞれの名前があるのですが、それを総合して京料理と呼んでいるのです」


 麺料理には、ラーメンやパスタ、うどんなどがある感覚だろうか。


「多分、だいたいの人が知っているであろう『懐石かいせき料理』も、京料理という大項目にくくられた一つなんです」

「そうなんですか」

「他にも、精進料理、本膳料理など、調理方法や、昔でいう身分ごとによって食されていた料理も全て京料理です」

「へぇ……」


 意外と知らないものだなぁ、と痛感する私。

 そもそも、修学旅行以外で和食を食べる機会がなかったというのも原因かもしれないが……。


「うちの店では、その中で会席料理を提供しています。人に『会』う、着席の『席』と書く方の会席料理です」

「そっちの会席料理ですと、どう違うんですか?」

「まぁ、簡単に言うと、マナーを気にせずお酒を飲みながら、季節の野菜や魚をたくさん食べて楽しんで下さいねというカジュアルなメニューです」


 京料理にカジュアルという言葉が存在したのか……。


「私は正直、マナーという言葉は嫌いです」

「それは意外な意見をお持ちですね」


 マナーの塊だというのに。

 ビールを一口のみ、私は思う。

 ……あっ。この地ビール、中々旨いなぁ。


「もちろん礼儀は大事ですよ。ただ、見た目というか、雰囲気というか、ニュアンスによって生まれた非効率的な作法という行為に対して、うちの店では適応させたくないと思っているのです」

「乾杯の際には上司よりも下にコップを持つとか、ラベルは上向きにするとか?」

「無駄ですね。そんな人にはお引き取り願いたい限りです」


 随分とやんちゃな選別で。

 京都で育ったというのに、半比例に育っていったのだろうか。


「時に、先生――」

「はい、なんでしょうか?」

「一つ、質問がありまして」

「な、なんでしょうか?」


 山梨さんは、普段のガシガシとした押し込みとは違い、探るように、私へと質問してきた。

 見慣れぬ光景に、思わず一歩引いて身構える私。


「先生にとって、季節というのは、どのようなものでしょうか?」

「はぁ、季節……ですか?」


 たくさんのカロリーを消費して整えた構えを解除する。

 また唐突な質問が来たものだ。


「はい、季節。深い意味はありません。先生にとって、季節という存在自体に、どのような価値観をもたれているのか純粋に気になりまして……」


 それは、たいそう奇妙な好奇心だ。

 もしかしたら、山梨さんには漫画家の才能があるのかもしれない。


「ちょっとぼんやりしすぎていて、どのような言葉を返せば良いかすぐには思いつかないのですが……」

「大丈夫です。一言で言うならば――みたいな感想でも良いですし」

「一言……ですか」


 正直なところ、春は花粉がきつい、夏は暑い、秋は眠い、冬は寒いという、なんとも直球ストレートな意見しか持ち合わせていないのが本音なのだが――そうだなぁ……しいて言うなら。

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