第8話:-京都の雅、祇園の夜-【02】

十三時五十六分、モミジ紅葉こうよう出版 受付


「すみません。十四時から秦野はたの様と約束をしております山梨と申します。打ち合わせで参りました」

「山梨様ですね……えー、はい。お待ちしておりました。ご案内しますので、こちらの方へどうぞ」

「ありがとうございます」


 出版社に到着し、山梨さんが受付をする。

 OLが着こなすスーツを纏う京都らしい美人さんが、丁寧な言葉遣いで私たちを案内してくれる。

 私じゃ絶対に出来ない接客だ。


「部屋の奥の席で、お座りになってお待ちください。ただいま秦野を連れて参ります」


 美人さんが丁寧に頭を下げると、部屋の扉を優しく締めて、部屋と立ち去る。

 なんというか、見た目が若そうなのに、すごい落ち着きがある人だ。


「……京都の美人さん、すごいなぁ……」

「大人なら、出来て当然ですけどね。先生」

「ぐっ……山梨さん、私にあの芸当が出来ないとでも……」

「先生は、例外無いインドア特有のコミュ障です。日常会話に支障は無くても、社会的なコミュニケーションはまるっきりダメだと思っています」


 非常にさっぱりと物申す人だな……。

 裏表が無い人とはいえ、相手によっては心が折れそうだ。


「そんなことより、足音が聞こえます。先ほどの人がお茶を運んでくれるか、秦野さんがいらっしゃったのかもしれないですよ」

「足音……?」


 いろんな人の足音が聞こえるので、どの足音か判断は出来ないが……

 そんなことを思っていると、山梨さんの予言が当たり――


 ガチャ……


「どうも、こんにちは。遠いところからよくいらっしゃいました」

「ああ、秦野様ですね。初めまして」


 扉の向こうから、秦野さんがやってきて、私たちにあいさつをする。

 この人も、すらっとしたボディスタイルで、ランクの高い美人さんだ。

 正直、へろへろなワンピースとデニムで京都に来てしまったことが、恥ずかしく感じてしまう。


「モミジ紅葉出版の秦野と申します……」

「優美出版の山梨と申します……」


 互いに下げたくもないであろう頭をヘコヘコと下げながら、慣れた手つきで名刺交換を済ます。

 日本の文化か知らないけれど、まあ、儀式なんだろうなぁ。


「本日は、エトナ先生にも、ご足労いただきまして、本当にありがとうございます」

「い、いえ……とんでもないで――」

「とんでもないです。先生も、御社のご提案に大変興味を持たれていまして、ぜひにと言っていたくらいなんですよ」

「恐縮です。ありがとうございます」

「(…………)」


 山梨トーク発動。

 私が失言をする前に、全て山梨さんが営業力でカバーして、最高の取引になるよう事を運ぶスキルだ。

 一言で言うと、頼りになる。

 二言目を言うと、なんか色々タイミングがむずい。


 コミュ障が苦手とする人種は、リア充。

 交わることの出来ない、見えない壁と世界の違いだ。


「それで、御社の漫画とのコラボについてですが……」

「はい。資料をご用意しておりまして……」

「…………」


…………

……


二十分後――


「……あと、限定グッズも書き下ろしたりして……」

「コンビニで引けるリアルガチャも四月にやろうかと……」

「…………」


…………

……


四十分後――


「ああ、秦野さんは元々、印刷会社の営業さんでいらっしゃったんですね」

「父の紹介で現在の部署に転職することになりまして……」

「…………」


…………

……


六十分後――


「……では、秦野様。今お話しした件については、明日、改めて資料をご用意いたします」

「今日は大変良いお話が出来ました。ありがとうございます」

「ありがとうございました」


 二人の一礼にあわせるように、遅れて私も頭を下げる。


「(……あ、もしかして、この打ち合わせで発言したの、最初と最後で二回だけ……?)」


 二人の会話劇があまりにも順調すぎて、私の入る隙が無かった。

 営業の人って、マジですごいんだなぁ……。


…………

……

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