第6話:-秋の夜に嗜む大人-【04終】
レジで予定より高めの精算を済まし、今は重くなった買い物袋を片手に帰路を辿っている。
「……ったく、何が『ギリギリ安く買える』よ! ちょっと高かったじゃない」
梨は八月に百二十八円だった記憶があるが、今の価格は百九十八円だったらしく、予定より数百円予算オーバーさせてしまった。
だけど、夏の果物の陳列は、確かに狭くなっていた。
本当に、もうすぐ夏の食材が終わってしまうのだろう。
これを逃したら、きっと私は来年の夏まで梨を食べることはなかったかもしれない。
結果論ではあるけど、浜中くんには感謝しないと。
「梨は切って食べるとして……ナスはどうしようかな」
私は料理は
切って焼くか煮るかの選択肢しかない。
「素があれば
野菜と味噌の相性は抜群だ。
昔からお世話になっている。
ひゅぅぅぅぅ……
「うわっ、風強っ……! 何これ? 秋風?」
急にブワッとヒンヤリとした風が吹き、私の正面から攻め立ててきたそれは、次の季節を迎える空気だろうか。
少なくとも、夏を感じさせる雰囲気は全くない。
「ああ、寒い。寒いなぁ……」
クーラーの冷え込みとは違う、自然の空気で生まれた涼しさ。
田舎の心地よい風を受けながら、私は夏の終了を受け入れる。
「来年は、少しは外出してみようかな……」
インドアな生活が長いせいで、体力が落ちてしまうことを危惧している。
少しは運動をしたほうが良いかもしれない。
高校時代は登山部にいたこともあるから、久々にどこか野山にでも登ろうか。
来年の夏に、満喫できるよう体力をつけて。
プルルルルル……プルルルルル……
「ん? なんだろう?」
私のポケットで、スマートフォンのバイブが
相手は……げっ、山梨さん。
なんだろう、私、別にボツとか出していないよね……?
山梨さんからの連絡は、良い連絡でも悪い連絡でも、通知が来るだけで一瞬拒否反応が出てしまう。
総合的に見たら、悪い連絡のほうが圧倒的だからだ。
本当は、電話には出たくないところだけど、不在なら不在で、私に連絡付くまでありとあらゆる連絡手段を利用されてしまうのがオチなので、嫌なことは先に受けてしまったほうが、ワタシ的には楽であるというのが、現在のスタイルだ。
スマートフォンに映るTELマークを押して、山梨さんからの連絡を受ける。
「もしもし、坑田です。お疲れ様です」
「…………」
「…………」
「……はい、はい。まあ、それなりに休暇を楽しんでいます」
「…………」
「…………」
「はは、大丈夫ですよ。今日だってスーパーで野菜とか果物買っていますし……本当ですって」
「…………」
「…………」
「……えっと、はい。はい……えっ、別冊の穴埋め作品ですか? 単発の?」
「…………」
「…………」
「ま、まあ……時間もあるわけですし、出来るといったら出来ますけど」
「…………」
「…………」
「えっ、ちょ……二十ページで三週間後って、急すぎじゃないですか……って、山梨さん! あとは宜しくってなんですか山梨さん! 山梨さぁぁぁん!」
プツッ……ツーツーツーツー
山梨さんからの連絡が、一方的に途絶える。
それと同時に、私は深い溜め息を「はぁ……」と吐き出す。
そして私は、
「……悪いパターンだった」
と、スマートフォンをしまって呟く。
「あーあ、せっかく大型連休が獲得できたと思ったら、まさかの秋も引きこもり確定って……それはないわぁ……」
サラリーマンが休日出勤確定した時って、こういう気持ちなのだろうか。
しかしまあ、どうせやることはなかったし、仕事をすればお金ももらえるし。
貧乏暇なしとはよく言ったものだ。
休暇を取るより仕事をしている方が安心するだなんて。
ともあれ――
「帰ったら早速ネーム描かないとなー。単発って何描こう……」
あれやこれやと妄想を膨らませながら考える。
先程まで思考停止させてニートしていた私とは大違いの働きぶりだ。
やっぱり、私はこれが性に合っているのかもな。
思わず、ははっと小さく笑ってしまう。
「そうと決まれば、帰って食材たちを美味しく頂いて力をつけないとね。今度は別冊の巻頭を飾って、浜中くんを驚かせてあげないと」
リッチな漫画家生活にはまだまだ程遠いけれども、私は今の生活が好きだ。
深夜のこの雰囲気も、この季節も――
最初の秋は引きこもるかもしれないけれど、終わったら――
また、この町を楽しもう。
-終わり-
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