アミメキリンのながーいおつかい A案(3000字版)

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アミメキリンのながーいおつかい(3000字版)

「せんせいっ! お茶がはいりましたっ!」

 ここは「ろっじ」のラウンジ。テーブルについたタイリクオオカミの先生に、アミメキリンがのみものを持ってきたところだ。

「ああ、ありがとうキリン」

 原稿用紙に向かっていたオオカミは、キリンの差し出したカップを受け取った。

 アミメキリンは『作家』タイリクオオカミの大ファンであった。

 オオカミが発表している「まんが」のホラー探偵ギロギロにあこがれ、その真似をして事件も起きないジャパリパークで探偵の仕事をはじめたくらいに、だ。

 としょかんの掃除や草むしり、食材の運搬などの手伝いをしてようやく貰ったギロギロの単行本は、カバーが変色してべろべろになるくらい読み込んである。

 もちろんそれは読む用であり、ピカピカの保存用をもう一冊貰ってある。当然宛名つきのサイン入り。 

「どうですかせんせいっ! 新作は?」

 はらぺこのお昼にジャパリまんを貰う時よりも楽しみに、テーブルの上の原稿用紙を覗きこむと……

「こっ、これは……!!」


 まっしろであった。


「もうー、いつできるんですかー?」

「うーん、それはなかなか難問だな。ホラー探偵ギロギロにもおいそれと答えは出せないだろう……ひょっとしたら迷宮入りかも」

「そんなぁ……」

 机の上には飲みかけのカップがすでに3セット。

 アミメキリンはオオカミをつきっきりで見ている。新作の原稿にとりかかってからもう一週間が経つ。だが、肝心のオオカミは頬杖をついたり、ペンをくるくる回すばかりで一向に描こうとしなかった。

「あ、そうだ! 肩をお揉みしますぅ!」

「うーん、今はいいよ」

「じゃあ、おなかへりませんか? ジャパリまん貰ってきましょうか?」

「さっき貰ってきてくれたじゃないか?」

「あっ、じゃあお部屋は寒くないですか? それとも暑かったらあおぎますよっ!」

「大丈夫、ちょうどいいよ」

「さっきいれたのみもの、ふーふーしますね。ふーふー」

「ははは、ありがとう」

「ねっ? これでしんさく、描けそうになりました?」

「全然だめだ」

「んもー、どうしたらいいんですかぁーッ!」

 アミメキリンはやきもきして、ついにはしびれをきらしてしまう……。

「ごめんごめん、なんだかすっかりスランプみたいなんだ」

 大ファンの作家の新作が一刻も早く読みたい。ファンの切実な願いである。

「ふげッ……、スランプってもう書けないってこと……?!」

「うふふふ……」

 カップを下げに来たろっじのオーナー。アリツカゲラが笑い声をもらす。2人のやりとりが可笑しかったようだ。

「うふふふ。ねえ、あれはどうですか? 前に話していたじゃないですか……スランプが治るとくべつなジャパリまん。ちょっと遠くにあるんでしたよね? 確か」

「んん?」

 オオカミは首をかしげて腕を組む。そして思い出したように、指を鳴らした。

「ああー……あれか! ははあ。そうだね。あれがあったね。遠くにあった!」

「なんですかあれって? それがあればスランプが治るんですか?!」

 すがりつくキリンに、

「ああ」

 と、オオカミが言い聞かせるように向き直った。

「いいかいキリン? ちょっと遠くに特別なジャパリまんをくれるボスがいるんだ。見た目は普通のジャパリまんなんだけれど、たちまちスランプがよくなるやつさ」

「そ、そのジャパリまんさえあれば!」

 アミメキリンは目をキラキラ輝かせた。まるで野生解放のごとく。

「ああ、きみの足なら行って戻って……そう、一週間くらいかな? どうだいそれを私にとってきてくれないか?」

「はいっ、よろこんでっ!」

 こうしてキリンのちょっと遠くへのおつかいが始まった。


 アミメキリンは地図は読めない。だが指示された場所には以前訪れたことがあり土地勘があった。

 ろっじを出て丁度3日と半日分歩いた距離でラッキービーストに出会い、その彼から無事ジャパリまんを貰うことができた。1つでスランプに効くかわからないので、少々多めに貰ってきた。

「このジャパリまんでいいのかなぁ? 見た目は普段食べているのと変わらないけど」


 往復の復路を歩いて3日目、ろっじを出て一週間後。

 景色が普段見慣れたものとなり、もうすぐろっじに着こうという頃、

「あれ? やだ……大変っ!」

 フレンズが倒れている。ぴんとした耳。赤い長髪を白いリボンでポニーテールにまとめたフレンズだ。

 あわてて駆け寄り、背中をかかえて上半身を抱き起こす。

「だっ、大丈夫?」

「う……うう」

 行き倒れのフレンズはうめいたまま動かない。

「どうしよう? まさかセルリアンに!?」

「……お」

「お?」

「……おなかすいた……」

 辺りにぐううう~と、カラになった腹の音が響く。

 心配は杞憂であった。

「なによもう! びっくりして損した! お腹が減ったくらいで!」

「……ぺぱぷのライブを見に行ったらそのまま迷子になってしまって……」

「ええーっ!! PPPのライブ?! アレってたしか、かなり前よ……」

「……この……におい…ねぇ、もしか…してジャパリまんもってない? それ……わけてくれない?」

「ああ……」

 と言いかけてキリンは口をつぐんだ。

 これはタイリクオオカミのスランプの特効薬だ。ろっじでは、オオカミがこのジャパリまんを待っている。

「ゴメン、これは……どうしても……」

 言いかけてキリンは目を伏せた。赤い髪のフレンズは今にも昏倒しそうなほど衰弱している。

 こんな時はどうすればいいのだろうか? ふと、キリンの頭の中に、あるともだちの顔が浮かんだ。……先日ろっじを訪れ、一緒に事件を解決してともだちになったあの帽子の子の事を。彼女ならたぶん……。


「せんせい、ごめんなさいッ。ジャパリまんとってこれませんでしたっ」

 行き倒れになっていたフレンズは、ジャパリまんを食べるとみるみる生気を取り戻し、全部を食べつくす頃にはすっかり元気になっていた。

 念のため、アリツカゲラが『ろっじ』に迎えて介抱している。


 申し訳無さそうに、しゅんと立つキリンの前で、オオカミが腕を組んで座っていた。

「いいや、私のほうこそすまなかった」

 言って、オオカミは紙のたばをさし出した。

「これは……? …………すごい! 探偵ギロギロの続きだっ!」

「きみがここを出てすぐに、スランプが良くなってね」

 なんだかばつが悪そうなオオカミ。だが、キリンはそのオオカミの様子など眼中にない、それこそ野生解放のように目をキラキラさせて、

「よ、読んで良いですかっ!!」

「もちろんだとも」

「うわあああああ……ギロギローだー、うわああああああああ」

 夢中で原稿にかぶりついた。


 アリツカゲラがオオカミの傍らにやってきた。

「もう、キリンさんはわかっているんですかね。オオカミさんのスランプの原因が、キリンさん自身だって。あんなに一日中オオカミさんに貼りついていたら、原稿なんか進みませんよね?」

「ははは、まぁ今はいいじゃないか……大事な読者の喜ぶ顔がこんな間近で見られるのもいいもんだしね。うん? これは……」

 オオカミはペンを走らせ、キリンの夢中顔をスケッチする。

「いい顔、いただきました」

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