ブレイキング・レモネード
naka-motoo
第1話 前編
「コーヒーが飲みたい。アイスで」
そう思い、渋谷のど真ん中辺りで周囲をくるくると見回した。普通ならばスマホで、
”カフェ。渋谷”
とでも検索すれば、しゅるっ、と簡単に見つけられるのだろう。
けれども、残念なことに、わたしはスマホを持っていない。ガラケーの契約も最低金額のプランなので、通信料が怖くてネットの検索もできない。
さすがに真夏の日差しがきついので、100m四方を歩いて最初に見つけた所に入ろうと決めた。多少高い店でも、やむを得ない。脱水とカフェイン切れになるよりはいい。
けれども、そういう時に限って見つからない。
今やカフェの代表格となっているフランチャイズも、許容範囲を広げてハンバーガーショップを探しても、ない。
たまたまわたしが立っていたスタート地点が、ピンポイントの死角だったんだろう。100m正方形の4辺め、80m辺りの所でようやく目についた。
「”Breaking Lemonade”?」
夜になるとランプを点灯させる立て看板が歩道に置かれている。
”コーヒー”と右下に片仮名で書かれてあった。
両脇を女の子向けのブランドショップが入ったビルに挟まれた恰好で、幅2mほどの2階へ続く階段がある。どうやらその上が店のようだ。
AM10:30にして既に灼熱と化していた陽光と、階段の空間のオレンジ色の照明のコントラストが、少し気に入った。
まあ、ここでいいや、と思い、登り始める。右の壁に、年齢様々な男女が被写体となった、大判のパネル写真が数点かけられていた。
「越野 純 ”夫婦の日々”展」
と、手書きで貼り紙がある。
「へえ・・・」
もしかしたら、掘り出し物の店かもしれない。アート、っぽい。
ブラウンの色をかけたガラス戸を手前に引くと、カラン、と頭上で音が鳴った。
「いらっしゃい」
入り口側のカウンター越しに声を掛けられた。
「女子高生?」
「え? いえ、専門学校です」
どうぞ、と無言で店内を手の平で指し示され、中へ進む。わたしの属性をいきなり訊かれ、思わず答えてしまったことに、不思議と何の疑問もわかなかった。それぐらいにその男性の仕草は、ごく当然、という感じだった。
奥の暗い方は喫煙席らしい。大学生っぽい男の子が、灰皿から紫煙を一筋立たせたまま、タブレットPCでレポートらしきものを打っている。その横では日曜なのにスーツを着た中年の男の人が、ファイルの数字を見ながら渋い顔で煙を吐いた。
わたしは、日の差し込む窓側の席に座った。
「ああ、下のショップの真上だったんだ」
2Fの窓から外を見下ろすと、ロリータ風の服を着たかわいらしい女の子たちが、ショップの入り口付近で立ち話していた。
「どうぞ」
お水を運んできたのも、さっきの男性。どうやら1人でまわせる形態の店らしい。それに、さっきは気付かなかったけれども、座って下から見上げると、やたらと背が高い。やせてる。髪が中途半端に長い。
「え、と。アイスコーヒーを」
「はい。ミルクは?」
「え?」
男性はにこっと笑う。あ、笑った顔は結構若い。
「うちは僕1人でやってるんで、先にミルク入れちゃうんですよ。洗い物、できるだけ減らしたいんで」
「あ、じゃあお願いします」
「量は?」
「え? あ、普通で」
笑顔で会釈して、彼はカウンターに戻って行った。
店内の曲が変わるタイミングで気付いた。天井の隅に2台のBOSEのスピーカーが備え付けられている。そこから流れてくるのは、やたらドラミングの隙間が少ないロックだ。歌詞は英語だけれども、ヒアリングが苦手なわたしは、これが日本のバンドなのか、外国のバンドなのか、判別できない。
さ、と思い直し、バッグからルーズリーフを取り出し、テーブルに広げた。学校の課題以外に、日々走り書きしてきたデザインノート。
ファッションデザインではない。目指しているのは、文房具なんかのデザインだ。商品形状そのものがデザインというよりは、ロゴやワンポイントの絵柄なんかの方だ。就職活動もしてるけれど、正直厳しい。どんな形でもいいからデザインに関わる仕事を、とは思っているけれども、はっきり言って、皆無だ。
専門学校にはその道で売れっ子の講師が教えには来るけれども、就職先を探す足掛かりにはなってくれない。こうなると、売れなくても現実的な就職のツテを持ってる先生の方がいいのにな、と思った。このままじゃ、デザインとの縁もゆかりもない職種・会社に就職するしかない。
一応、わたしには夢はあった。
子供の頃から、かわいい文房具に目の無かったわたしは、中学の頃から夢は実現可能なものであるべきだ、っていう妙に老成した考えを持ってた。
なので、
「アニメネタは描かない!」
と、数少ない友人たちに宣言し、ひたすら動物やモノをデフォルメして、”実用的な”かわいらしい絵柄を描き続けてきた。
ところがどうだ。
わたしがエントリーしたデザイン関係の面接では、軒並み、
「かわいい女の子、描けないの?」
と訊かれた。
無理矢理に描いたゴスロリ風のキャラクターも、
「アートだねえ」
の一言を最後に、いくつもの会社からの連絡が途絶えた。
ほんの10年ほどの間に、2次元が国際競争力を持つ産業へと成長し、2.5次元という言葉が3次元よりもリアルなものとして使われている。
こんなはずじゃ、なかった。
夢へ向かって現実路線を突き進んでいたはずが、気が付くと、”ニッチ”というい概念にすら当てはまらないアウトローだったことに茫然としてる。
わたし、まだ、20才なのに。
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