第22話

 人がふたりも通れるかどうか、というくらいの曲がりくねった細い道。

 それでも一応、道ではある。

 隙間と道の違いは、家の玄関がこっちを向いているかどうかだと、ネノンは勝手に決めていた。ここは五軒に一軒くらいは玄関がこっちを向いているから、それなりに道と呼べるはずだ。五軒に四軒は塀を向けているから、ものすごく窮屈な印象を受けるけど。

「だけど悪い人だから、きっと塀とかも乗り越えちゃうに違いない! 後ろ向きの家もよく見ておかないと」

 もちろんそんな家は塀に隠れて中が見られないわけだけど。それには気付かず、ネノンはゆっくり歩きながら、懸命にキョロキョロと周囲を注視して回っていく。

 右を見て、左を見て、時々は耳を澄まして、変な音が聞こえないかと探ったりもする。遠くから聞こえる不思議な音階の笛や太鼓の音が妙に大きいような気がして、いまいち集中できなかったけど。

 ともかくそんなことをしていると、ネノンはふと、自分の身体を見下ろした。いつもの白いケープにフリルのスカートだけど、なんだかそれが違うものに見えてくる。

 こうやって、壁に耳をくっ付けたり、玄関の門からこっそり家を覗いたりしていると……

「どろぼ……警察官みたい!」

 前向きに解釈することにして。ネノンは嬉しそうに声を上げた。

 困った人を助ける警察官。人助けに夢中になってからというもの、ネノンの憧れの職業だ。先ほど会ったジューンズは優しそうで少し頼りないかも、と失礼なことを思ってしまうが、それでも格好良いと思えるし、憧れる。

 そして今、自分がその憧れの警察官みたいだと思えるのが嬉しかった。

「せっかくだし、もっとそれっぽくしてみたいなぁ」

 少し得意になりながら、そんなことを画策する。警察官っぽい見回り方をすればもっと格好良いかもしれないし、警察官っぽいのだから空き巣も見つけやすくなるかもしれない。

 そう考えて、これはいい閃きだとネノンは自画自賛した。

 けれど早速やってみようと意気込んだところで、「あれ?」と首を傾げて眉を寄せる。

「でも、警察官ってどんな風に見回りするんだろう?」

 悪い人を捕まえるくらいだから、きっと普通の見回りではないはずだ。何か警察っぽい、すごい見回り方法があるに違いない。ネノンはそう考えて頭をひねった。

 けれどそんなすごい見回り方法はきっと警察の秘密に違いないので、すぐに思い付けるはずもない。あのジューンズと名乗った警察官を追いかければよかったかもしれない、と少し後悔するけれど、今から引き返すわけにもいかない。きっと追いつけないだろう。なにしろ秘密の警察見回りを使っているのだから。

「とりあえず、警察官っぽいことをしてみようっ」

 そうしたら警察見回りのヒントが見つかるかもしれない。ネノンはそうに違いないと思い、なけなしの警察官知識を引っ張り出していくことにした。

「確か……最初は聞き込みだよね。怪しい人がいなかったか聞いて回るっていう」

 というわけで、ネノンはキョロキョロと周りを見回した。

 そして誰も歩いている人はいなかったけど、塀の上からぴょんっと何かが飛び降りてきた。それは丸まった猫のような犬のような顔で、ずんぐりした四足歩行をしている。薄茶色の肌が剥き出しになった身体には、人の両耳そっくりな模様があった。

「なんだろ?」

 ギラギラした赤い眼をした、見たことのない変な動物だ。ネノンは初めて見るその動物が気になって、恐る恐る近付いてみることにした。

 だけどその動物は、涎を垂らす口を一度大きく開けて鋭い歯を見せると、すぐに逃げるように行ってしまった。そして代わりに、背中に張り付いていたらしいトカゲがぽとっと落ちる。

 そのまま、動物はすぐに見えなくなってしまったから、結局なんだかわからなかった。

「まあ、いっか」

 気にしないことにして、ネノンはそれより聞き込みを再開することにした。

 人がいないから、たった今落ちてきたトカゲに対して話しかける。できるだけ格好良い、警察官っぽい声の真似をしながら。

「あのぉ、ちょっとよろしいですか? この辺で、灰色のコートの男を見ませんでしたかねぇ?」

 もちろんトカゲは答えない。けれど答えられた気になって、ネノンは頷いた。

「ふむふむ。昨日の夜、空から鳥に投げ捨てられてるのを見かけた、と……ご協力感謝します!」

 そう言って、ビシッと敬礼のポーズを取る。すると本当に話し終えたかのように、トカゲはちょろちょろ走って塀をよじ登っていった。

 ネノンはそれを見送ってから、また歩き出す。そしてついつい「今の、すごく警察官っぽかったかも!」と頬が緩んでしまう。

 おかげでネノンは調子に乗って、さらなる警察官っぽい行動を考え始めた。

「聞き込みをしたら、次は張り込みだったはず!」

 そう言って、ささっと近くの塀に背中をくっ付ける。そのまま息を潜めて、口の中で呟く。

「確かこうやって、悪い人が出てくるのを待つんだよね」

 ふふふ、と不敵に笑って、塀の奥の音や気配に注意する。思えばさっきもこんなことをしていた気がするし、これは少し張り込みとは違う気もしたけれど、これはこれで格好良いかもと思っていた。

 しかしそのまま一分、二分……五分、十分。

「…………」

 ネノンはじーっとしたまま、だんだんと表情を渋らせていった。

 なにしろなんにも起きないのだ。いくら警察官っぽいとはいっても、このままでは暇だ。記憶の中の警察官は、ここでパンを食べたりお茶を飲んだりしていたけれど、ネノンは何も持ってきていなかった。次があったら水筒くらい持ってくるべきかもしれない。

「これ、いつまでやればいいんだろう?」

 自分で始めたことだけど、なんとなく勝手にやめるのはいけない気がしていた。

 けれどこのまま続けるのも退屈で、何かきっかけはないかと、ネノンは塀にくっ付いたまま周りを見回し始める。

 すると、いつの間にだろう。

 向かいの塀に、さっき見かけた猫のような犬のような変な動物が立っていた。もちろん四足歩行だったけど。

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