なんとなくだけど、ネノンはきっとそうに違いないと思った。

第11話

■2

 ネノンは今日も街に来ていた。

 だけど、もうハスラットにはお礼を言えたから、そのためじゃない。ただ街に行くのが楽しくなってきたからだ。

 朝起きてからはぽんぽんと遊んで、お昼頃に家を出る。ぽんぽんたちに「行ってらっしゃい」と言われて、元気に手を振って原っぱを下りていく。ぽんぽんたちは「ぽんぽん」としか喋らないから、本当はなんて言ってるかはわからないけど。

 でも家の屋根にある翼を閉じた鳥の置き物も、なんとなく「行ってらっしゃい」と言っているような気がしたし、家だって同じことを言ってくれた気がしていた。空と地面の中から、一緒に唸るような声が聞こえたからかもしれない。

 とにかくネノンはいつもみんなに見送られながら、いつも街に下りていった。そうして街を眺めて歩く。

 ハスラットを探すために通った道だけじゃない、知らない道にも入っていって、知らないお店や、知らない人とすれ違う。

 本当はハスラットと一緒がよかったけど、彼はきっとどこかで忙しそうにしているだろうから、ひとりで遊ぶことにしていた。

 おかげで帰り道がわからなくなることもあったけど、ネノンは前みたいに心細くならなかった。だってここはネノンが住んでいる町だから。何度も探検しているうちに、そう思えるようになってきた。

 どこにいても、町はきっと自分に優しくしてくれる。だから少し迷っても、少し歩けば知っている道を見つけられて、ちゃんと帰ってこられるようになった。

 ただ、まだ少し町の人と話すのは自信がなくて、お店に入ったり、誰かに道を聞いたりすることはできなかったけど。

 それでもネノンは今日も元気に、意気揚々と街を歩く。それで今日も初めて見る場所に辿り着いて、はへーっとその場所を眺めてみるのだ。

「はへー」

 たまには声に出したりもする。

 そこは、森の近くの水車小屋だった。

 ネノンの家の裏にも森はあるけど、反対側の端っこにもやっぱり森がある。だけどそこはネノンの家とは少し違って、森の前に川があった。さらさらとゆっくり流れる、綺麗な川。

 その岸に建てられた小さな水車小屋を、ネノンは発見したのだ。

 土手の上から見るだけでも古くて、誰も使っていないように見える。三角形の屋根に藁のような植物を乗せているけど、半分くらいはなくなっている。壁が真っ黒に見えるのは、木が傷んでいるせいかもしれない。小さな窓が二つあったけど、どちらも木の板で塞がれていた。

 ただ、それでも水車はゆっくりと回っているようだった。

「使ってるのかな?」

 ひょっとしたら中に誰かいるのかも。でもやっぱりいないかも。いないのなら、中を少しだけ見てみたい。

 そう思って、ネノンは土手を下っていった。

 どこか恐る恐る、人が出てきたらすぐに逃げた方がいいのかもと思いながら、小屋に近付いていく。下草の生い茂る岸は、足音を消すのにはちょうどよかった。それでもガサガサと音は鳴ったし、後に続くように、泥の上を歩くような足音がどこからか聞こえていたけど。

 壁のヒビや割れ目が見えるくらいになって耳を澄ますと、軋みながら水車の回る音がよく聞こえた。地面の奥でバチャバチャと何かが跳ねる音も聞こえてくる。けれど小屋の中からは何も聞こえてこなかった。

 さらにもっと近付いて、ほとんど壁に耳をくっ付けるくらいになっても、やっぱり小屋の中からは音が聞こえなかった。聞いたことのないリズムの、変な笛の音は聞こえてきたけど、それは森の方からだったし。

「誰もいないのかな? 入っていいのかな?」

 キョロキョロと周りを見回してみる。土手には誰も歩いていなくて、岸にも遠くに何人か、釣りをしている人が見えるくらいだった。それもみんな大人の人みたいだったから、ネノンは話しかけに行くのも少し躊躇ってしまう。川の中には蛙みたいな顔があって、魚の目でこっちを見ている気がしたけど、それはきっと蛙か魚だから、話しかけてもしょうがない。

「ちょっとくらい、いいよね? 誰かいたら、ごめんなさいって言って走って逃げようっ」

 そう決意して、ネノンは小屋の入り口に手をかけた。横にずらして開く木の扉で、それをそーっとそーっと、身体を縮こまらせながら開けていく。少しだけ隙間ができたら、「誰かいますかー?」と小さな声で話しかけて。

 けれどその時、返ってくる声があった。

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