博士のお料理教室

廿楽 亜久

お料理、教室……?

 ジャパリパークに暮らすフレンズなら、ほとんどが知っている博士の住む図書館。何かわからないことがあれば、アフリカオオコノハズクの博士とその助手であるワシミミズクに聞くのが一番であり、基本的に無償で知識を提供してくれるのだが。


「なぜここに来るたびに料理、とやらを作っているんだ? 私は……」


一部、例外も存在した。

 そのひとりであるヒグマは文句を言いながらも、すっかり馴れてきた手つきでにんじん、じゃがいもと、次々と食材を切っていく。動いているセルリアンに比べて、止まっている食材を切り裂くなんて簡単だ。


「ヒグマが来てくれるおかげで、私たちも料理が食べられるのです」

「火を怖がらないフレンズは少ないですから」

「でも、そろそろ新しい料理を食べてみたいものです。飽きてはいませんが、他にも料理というのは色々種類があるのです。興味があるのです」


 料理を作るための資料なら図書館にもたくさん存在し、博士たちも読んでいる。しかし、そのほとんどに火が使われる。フレンズは元々動物だったため、本能的に火には近づきたくないのがほとんどだ。博士たちも同じ。


「しかし、ヒグマに文字を読み聞かせたところで、その料理ができるかは別の話なのです」

「そうなのです。さまざまな道具を使い、別の物を作ることはヒトが得意なのです」


 ヒグマから少し離れたところで、頭を悩ませている博士たちは気にせず、ヒグマは食材を鍋にいれ火をつけたところで頭を悩ませていた。


「おっかしいな……確かこのへんにあった小瓶の粉を入れればいいはずなんだが……ないな」


 食材は博士たちが用意してくれているのだが、いつも使っている小瓶がない。博士たちに呼びかければ、前に別のフレンズが来た時に倒して、中身の粉が地面に落ちてしまったらしい。粉だったために回収も不可能。


「じゃあ、どうするんだ? こうしんりょう、だっけ? アレがなくても料理ってのは大丈夫なものなのか?」


 鍋に視線を落としてみても、いつもとは全く違う。これでは水の中に入った細切れの食材だ。


「似たようなものはあるのです。それで代用できるのです」


 博士の言うとおり、確かに台の上には、別の小瓶も置いてある。蓋を開けてみれば、ここに来るたびに作っている料理よりは少し色が濃いものの、似たような色の液体。

 いつもは粉だが、結局液体になるのだし、きっと変わらないだろう。


「いれてみるか」


 しかし、どれだけ入れても透明感がある。いつも作っているのは、底は見えなかったはずだ。たしか底どころか水面から食材が出てなければ見えないはず。

 しかも、妙に水のようにさらさらしている。いつもはもっと、ぬかるみのように粘度を持っていた気がするが。


「おっかしーなぁ」


 味が同じならいいか。と液体の部分を掬って口に運ぶと、すぐさま吐き出した。


「辛いッ!! なんだこれ!」


 口の中にあった料理を吐き出しても、まだ口に残る辛さ。

 なんとかならないかと、並んでいるほかの小瓶を開けてみれば、料理と似たような味のする白い粉に、もうひとつの白い粉は小麦の味だ。もうひとつの小瓶に詰められている白い粉は、甘い。口の中の辛い感覚はこれを舐めれば、徐々に緩和されていく。


「これだ!!」


 吐き出さないくらいの味になるまでその白い粉を入れ、しばらく様子を見れば、ずいぶん水が減った。これまたいつもと違う。


「水を足すか? たしか、これを米の上に乗せれば完成だよな……?」


 ヒグマがまた頭を悩ませていれば、博士たちも遠くから終わったのかと声をかけてくる。火がついている限り、他のフレンズと同じように博士たちも離れたところから様子を見るだけで、今の状況を聞くにも聞けない。


「いや、それが……」


 しかたなくヒグマは一度火を消し、博士たちにそれを見せれば大きく目を開けた。


「これは……」

「見たことがあるです」

「え?」


 博士たちを追いかけ図書館に入れば、ひとつの本を見せられた。開かれたページには、確かにヒグマが作った料理に似たものの絵が載っている。


「肉じゃが、という料理なのです」

「ちなみに、いつもの料理はカレーといいます」

「へぇ……料理にも種類があるんだな」

「そうなのです。これはこれで料理なので、とにかく食べてみるです。じゅるり」

「初肉じゃがなのです。じゅるり」


 外に戻り、皿に盛られた肉じゃがをスプーンですくい上げる。茶色く色の変わったじゃがいもはいつもよりも周りについた液体は少ない。むしろ、色が変わっただけのじゃがいもにも見える。はじめての料理に警戒しながらも一口食べると、頷きながらにんじんも口に運ぶ。


「辛くないですね」

「甘いです。それに別の味もするです」

「いつもとは違いますが、これはこれであり、です」

「あり、ですね」


 嬉しそうに頷く博士たちに、ヒグマはなにやらイヤな予感を感じながらも、自分の要件をようやく聞けたのだった。

 その後、ヒグマの知らないところで、新しい料理をヒグマが作り出したという噂が広がり、フレンズによっては、ヒグマや博士の元にどんな料理なのか聞きに来ることもあったそうだ。

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博士のお料理教室 廿楽 亜久 @tudura

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