第3話指切り

信号を無視して突っ込んできたトラックは、サオリを轢いてそのまま逃走。

現在も行方をくらましているそうだ。


「ふざけんなよ……よくもサオリを……」

「おい、何一人でやってんだ! 早く戻ってこい!」


親父の声で、はっと我に返る。

相変わらずサオリはそばにいる。

どうしてみんなサオリが見えないんだよ。

そんな苛立ちが俺の中に広がっていく。


「ほら、ヒロト。お父さんでしょ? 呼んでるよ」

「いいんだよ! 俺はサオリと!」

「ヒロト」


静かに諭すように、サオリが俺の名前を呼ぶ。

付き合う前、どうしても下の名前で呼んでほしくて、でもなかなか呼んでくれなくて。

初めて下の名前で呼んでくれた時、すごく嬉しかったっけ。

同期の中で唯一、俺だけを下の名前で呼んでくれるのが、嬉しかったっけ。


「多分私、しばらくはまだ現世にいるから」

「え?」


その言葉に、俺はきょとんとする。

幽霊が現世にいる理由は心残りがあるからだって聞いたことがある。

じゃあサオリも何か……そうか。


「分かったよサオリ。俺が、犯人見つけてやるから」

「え?」

「警察よりも先に犯人見つけてやる」


意気込む俺を見て、サオリはぷっと噴き出した。


「じゃあ、お願いしようかな」

「任せとけ!」


そっと、俺は小指を差し出した。


「触れられないから、フリだけ」

「もう、しょうがないなぁ……はい」


サオリもまた、俺と同じように小指を差し出してくれた。

太くて短いごつごつした俺の小指と、細くて白いサオリの小指。

全く違う二本の小指がそっと空中で重なっている。


「ゆーびきーりげんまーん嘘ついたらハリセンボン飲ーます」

「指きった」


言い終えて顔を合わせて、二人で笑った。

今まで俺はサオリにたくさん嘘をついてきた。

お金を借りたいからって病院だって嘘を吐いた。

学校を辞めたこともしばらくは黙ってた。

バイトだって、する気なかったくせに探しているフリだけしていた。

小さな嘘をたくさん積み重ねてきてしまった。


『次は嘘つかないでね』


どれだけ嘘をついてもサオリは怒らなかった。

いつもその一言を俺に言うだけだった。

サオリは、どれだけ我慢してくれてたんだろう。

俺が嘘を言うたびに、どれだけ傷ついていたんだろう。悲しんでいたんだろう。

俺は、どれだけサオリを傷つけてきたんだろう。悲しませてきたんだろう。



でも、今回は違う。

この約束は、絶対に守るから。

もう絶対に傷つけないから。

だから、安心して待ってて。

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