第12話 廃棄図書館
山を登ると、そこにはかつて通っていた小学校が今も形や空気を変えぬまま立っている。
懐かしい思いに駆られるが、目的地はここじゃない。さらに上へと登って行く。まっすぐに伸びた杉の木が道の両脇に群がっており、僕をじっと見つめていた。
しばらくすると、ひらけた場所に出る。目の前には、古びた、褐色のレンガでできた建物がある。一見廃墟のように見えるけど、中はしっかりと整備されていて、全くもって傷や汚れがない。
古びているのに新しい。まるで、新品の10円玉のようなこの建物に、僕は用があったのだ。
◼︎
中に入ると、丁寧に配置された本棚に所狭しと古今東西様々な書籍が並べてある。
ここは、廃棄図書館。世界のどこかにいる誰かが捨てた本が、ここにやってくる。誰が、どのように持ってくるのかは分からないけれど、来るたびに本の数は増え、本の種類も多様性を増している。
ここにある本は、自由に読むことができる。僕は時々ここに来て、本の世界に没頭するのだ。
見慣れた館内を歩き回り、一冊の本に目が止まる。日焼けした本で埋められた本棚の中に、一冊だけ、薄っぺらいノートが挟まっている。あまり古くないな、という印象を受けた。きっと、最近ここに運ばれたものだ。
表紙には『君への日記』と書かれてある。
中を開く。そこには、日付とその日の出来事が一言二言書かれてあった。出来事の内容は、専ら『彼』と何をしたか。
『彼』というのが誰かは書かれていなかったが、この日記の筆者はその『彼』に恋をしていたようだ。『彼』への思いも、時々記されているから。
ただ気になるのは、その日記が捨てられたということ。捨てられていなければ、ここには存在しないわけで。
筆者はどういう思いで捨てたのだろう。
『君への日記』というタイトルから、筆者はこれを、『彼』に見せるつもりだったのかもしれない。『彼』に見せることができたから捨てたのか、あるいは、見せられなかったから捨てたのか。
後者のような気がした。見せられなかったから捨てられ、そして、この図書館に運ばれた。
この図書館の存在意義は、そこにあるのかも知れない。ここにある本は、読まれるべき人に読まれるために、捨てられてもなおこんな場所で、再び本棚に戻されたのではないか。
だから、ここには日記が存在するのではないか。僕らは普通、日記を本とは呼ばない。
誰かへの想いを乗せた本たちはここに集められ、きっと誰かを待ち続ける。
でももしかしたら、それがもう叶わない本もあるのかもしれない。物語は一生残るけど、僕らは一生ものじゃない。
また明日、ここに来よう。前より少し、この場所が好きになった気がするから。
◼︎
翌日、僕は再び廃棄図書館にやって来た。昨日日記の置いてあった本棚へ向かう。
日記は、跡形もなくそこから消えていた。
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