第2曲【サラ】

「文化箏・・・?」

奏は聞きなれない単語に疑問で返した。

「はい、簡潔に申し上げると通常のお箏の約半分の大きさにしたものをそう呼んでおります。

音が出る原理等は同じで、従来のものと比較すると容易に調弦や演奏がしやすくなってるんですよ。」

女性はにこやかに言い慣れたような口調で説明する。

おそらく不特定多数の人に幾度となく同じ疑問を投げかけられたのだろう。

一般的に箏というと、その種類や地域によって若干の差異はあるものの大体は全長180cm~190cmのものを指す。

それを半分以下のサイズ、全長約86cmにしたものが文化箏である。

加えて調弦や演奏しやすいように改良されており、比較的馴染みやすくなったのが特徴といえる。

「箏にもいろいろ種類があるんですね・・・。機会あればぜひ一度みてみたいものですけど。」

奏の本心から出たその言葉は女性の表情をさらに明るいものへと変えた。

「それでしたら私の母がお箏の教室を開いておりますので、ぜひ一度見学にでもこられてはいかがでしょうか?」

「え、いいんですか!?」

奏の表情がパッと明るくなる。

普段決してにぎやかな性格とはいえない奏ではあるが、興味を惹かれたものに対しての好奇心は本人にも抑えられないものがある。

「もちろんです。私としましても和楽器をやっておられる方と出逢えたのは嬉しく思っておりますので。」

「ありがとうございます。あ、僕・・・星宮奏っていいます。」

「奏さん・・・素敵なお名前ですね。私は月島香詠(つきしまかよ)と申します。この子は・・・」

香詠と名乗ったその女性は両腕に抱えている仔犬に目線を落とすと言葉に詰まった。

仔犬の目は先ほどからずっと奏の方に向いている。

奏は黙って続きの言葉を待った。

「・・・実は先ほど、箱の中に『この子をよろしくお願いします』というメモとともに入れられてた子でして・・・」

「えっ!捨てられたってこと?こんなにかわいいのに・・・」

奏は近くによって右手で仔犬の頭をなでた。

「ハッハッ!」

仔犬は嬉しそうにしてるが、その目線は奏の左手に持っていた笛に向けられている。

「フフ・・・この子は奏さんの笛が気に入ったみたいですね。動物でも心地良い音はわかるものですから。」

「クゥン」

まるで何かを期待しているかのようだった。

「・・・待っているのではありませんか。奏さんの笛を。」

香詠は少し微笑みそう言うと、奏は小さく頷き、篠笛を構えた。

辺りに再び雅な旋律が響き渡る。

高架下ということもあり、音は反響し、奏の洗練された旋律をさらによりよいものへと変える。

香詠は目を瞑り、静かにその音に耳を傾ける。

その香詠に抱かれた仔犬もまた、食い入る様に奏を見つめている。

それはまるで願望が叶ったかのような表情だった。


「それでその子どうするんですか?」

奏は帰り道の方向が同じということで隣を歩いていた香詠に尋ねる。

「どうしましょう・・・。

あのままにしておくことは出来なくてつい連れてきてしまいましたけど・・・私の家は動物禁止なんですよね。

保護していただける団体さんとかにお願いするしか・・・」

香詠は困ったような表情で返す。

警察とかは・・・と奏は言おうとしたが、踏みとどまった。

迷い犬ならまだしも、捨て犬を警察が保護してくれるとは限らない。

仮に保護してくれたとしても、その後この仔犬の飼い主が見つかり、普通の生活がおくれると保証されるというものでもない。

奏は少しだけ考えて、

「よかったら僕が預かりましょうか?僕の住んでるところは動物は大丈夫ですし。」

香詠の表情は一気に明るくなる。

「本当ですか!?奏さんのとこならこの子も喜ぶはずですし、私も安心です!」

「ワン!」

香詠の嬉しそうな声に反応するかのように仔犬も鳴き声を上げる。

その光景を見て奏も自然と笑顔になる。

「じゃあせっかくですし、この子に名前をつけていただけませんか?」

「え?私がつけてよろしいのでしょうか?」

と香詠は尋ね返す。

「はい、この子にとってはきっと香詠さんももうお母さんみたいな存在だと思うから。」

仔犬はその言葉を理解しているかのように、香詠の顔を見つめている。

「フフ・・・ではサラというのはどうでしょうか。女の子みたいですし、この子の毛並・・・髪の毛みたいにサラサラですから。」

香詠は少し照れくさそうに仔犬の頭を撫でる。仔犬は気持ちよさそうにクゥーンと声を上げる。

「いい名前だと思う!じゃあこれからよろしくね、サラ!」

「ワン!」

奏は香詠から、サラを受け取ると優しく頭を撫でた。

サラは奏が自分を育ててくれることになったということは理解していないだろう。

だがその表情には何の曇りも不安もない。これからの生活にワクワクしてるようにすら見える。

ただただ自分に構ってくれる人が二人もいる。今のサラにとってはそれだけで充分嬉しかった。

香詠は少しだけ名残惜しんだがすぐ安心した表情を浮かべると奏に言った。

「私が拾ってきた子なのに、奏さんにご迷惑をおかけすることになってしまい、本当に申し訳ございません。

代わりといっては失礼ですけど、私に協力できることがありましたら何でもおっしゃってください。」

奏は少し考えると思いついたように言葉を返した。

「じゃあ一つだけお願いしたい事があるんですが、聞いてもらえますか?」

「はい!なんでしょう?」

どんなことなのかもわからないのに香詠は嬉しそうだ。

きっとサラを任せたことに少なからず責任を感じているのだろう。

「今度お邪魔するときに、香詠さんの箏と一度一緒に演奏してみたいんです。」

「それはもちろん構いませんが私なんかでよろしいのでしょうか?」

香詠は驚きと嬉しさが入り混じった表情を浮かべ、奏に問い返す。

「はい、サラも聞いてみたいよね?香詠さんの演奏。」

「ハッハッ!」

サラは返事になっていない返事をする。

「わかりました。少し恥ずかしいですが、そのようなことでいいのなら喜んでお受けします。」

笑みの表情でその言葉を返す香詠はこころなしかすごくうれしそうだ。

連絡先を交換し終えた香詠は、それでは日程を確認してまたご連絡しますと奏に告げると、

再度お礼をいい、深々と頭を下げその場を後にした。


(・・・奏さん、素敵な方でしたね。)

香詠は一瞬振り返ったが、僅かに微笑みすぐにまた前を向いて歩き出した。


そして、この二人と一匹の出逢いが後に前代未聞と言われる楽団結成のきっかけとなる。

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