先輩の器はデカい。【一日一本お題二つでSS/嘘・パワードスーツ/17/3/28】

ふるふるフロンタル

最終決戦は屋上と相場が決まっている。

 ひゅるり――ひゅるりと風が鳴る。

 ネオンの眩しい大都会。

 化学物質と汚泥を詰め込んだような、ゴミ溜め特有のにおいが鼻につく。

 僕はそんな、いつもなら鼻をつまみたくなるようなにおいを気にもせず、ただ目の前の男に目を向けた。


「追いつきました」

「……足が速くなったな」

「先輩のおかげです。足腰だけは、自信、ありますから」


 とある町、とあるビルの最上階に上がった僕は、かつての戦友で先輩だった男と対峙する。

 今宵は月が満ちている。満月をバックに真っ白なティーシャツと、相変わらずよくわからないセンスの先輩にはやはり、王者の風格がある。

 

 ――あの男に、勝てるのか……?


 男にはまったく怯えがない。それどころか、この状況を楽しんでいる節さえ感じられる。

 あまたの戦場を駆け抜けてきた先輩だけが持つ余裕だろう。

 僕は、その浅黒い顔に浮かんだ薄い笑みになぜか心を揺さぶられた。

 

 ――いや、何をやっている……! 先輩はっ……先輩は僕にっ…… 


「っ……先輩……もう逃げられませんよ」

「逃げるつもりなど、初めから持ち合わせてはいない……それより」

 

 先輩はピチピチのティーシャツを更にぐいっと盛り上げるように筋肉を膨張させながら両手を頭の後ろに回す。


「本当に、いいのかね?」

「何を今更っ! あなたが仕掛けたことでしょうっ! あなたのせいで……あなたのせいで水泳部の部員は全員、ビデオに出演させられたっ!」

「ふっ……お前こそ今更だとは思わないのかね? 彼らは喜んで三十分で五万の報酬を受け取った。ホクホク顔だった。お前も見ただろう?」


 ……こいつ、ダメだ! 狂ってやがるっ!


 先輩は目を某有名子役のようにくりくりっとさせたまま、まったく悪びれる様子もなく言ってのけた。

 あの日、後輩たちを誘ったときもそうだった。


 ――あの目で……あの顔で僕達を貶めたっ! あの股間に……僕のケツ穴は傷物にされたんだっ!!


「先輩っ! もう……終わりにしましょう」

「何を、終わるというんだね」

「この……狂った世界をですっ」

「狂った……ねぇ」


 僕達が『とある過ち』を犯したあの日から。

 正確にはその『記憶』が世に放たれたときから、世界は終わることのない、狂気の渦の中に飲み込まれたままでいる。


「そうでしょうっ……僕らのビデオを見た人間たちは……おかしな夢に取り付かれるっ! そして、この世界に自ら足を踏み入れ……」

「もう、外の世界には戻らない」

「そうです……わかっているならなぜっ!!」


 おかしいのだ。

 彼――どこからどう見ても学生には見えないが学生である――はズボンのポケットから葉巻を取り出し、無造作に火をつけ紫煙を街に吐き出した。


 ――だが、その一連の動作の間にも。

 僕は見てしまう。


 ――かつて歩いた通学路。

 ――肌を焼いた屋上の空。

 

 先輩の淹れたアイスティーはいつも、薬の味がした。


 でも、今は――


「どうして……どうして変わってしまったのですかっ! 先輩はただの学生で、世界を牛耳るカリスマなんて器じゃなかったハズですっ! あなたは狂っているっ! 器に収まり切らない、数え切れない顔を一人背負って……この……覚めない夢に囚われた世界に――この街に踊らされているだけですっ!」

「…………このビル……」

「……なんですか」

「このビル……名前をなんと言ったかね」

「名前……ですか?」


 世界のゴミ溜め――数年前から衰退を始めたこの街の中心に建つビルだ。

 僕が選び、先輩が認めた最後の舞台――


「イクイク本社ビル――……だったはずです」

「そうだ。イクイク本社……なぁ!? なかなかセンスが良いっ! そうは思わんかね!」

「っ……思いませんっ……このビルは僕達の過ちの歴史そのものじゃないですかっ!」

「……過ち、なぁ。お前はそう思うかね」

「僕はっ――」


「私はなぁ。そうは思わんのだ」


 濃い影に包まれた先輩の顔は見えず――


「……なん、ですって……!」


 だから、僕は彼の真意さえ汲み取ることができず――


「そう、これはすべて……」


 僕はただ。

 自らの手を引きちぎるようにして、爪を食い込ませ。


「世界の求めた、総意である」



 真夏の夜に風が吹く。

 天を覆うは灰の雲。

 腐臭と穢れを吸い上げた分厚い雲でさえ、舞台のクライマックスを飾る装置にしてしまうほど、夜の光が溢れる月光の屋上は美しい。

 しかし、先輩はそんな雰囲気に酔ったりしないのだ。


 ――部室で僕をからかった時のように。

 ――屋上で僕にセクハラをした時のように。

 ――なんの悪意もなく、僕を昏睡させてしまったあの日と同じ顔。


 つかむことの出来ない、ネタにしか見えない『野獣』の顔で言ってのける。


「この世界――サイバーフロンティアにおいて私が発生したのは世界の総意である。衰退したネット文化に革命をもたらすために生まれた『必要悪』それが私……それなら、私は悪に徹しよう――その結果、私が外世界にまで影響を及ぼすのが悪だと言うなら結構っ! 私は迎え撃つ」


 悪である、ホモである。

 一切の恥じらいもなく、大きく見開かれた彼の目には僕の姿が映っている。

 

 ――遠い。


 目の前にいるはずなのに。

 先輩の目に映る僕も、先輩の体も全部、遠い遠い場所にある。


 湿った空気がへばりつく。

 停滞した時間、停滞した文化。

 先輩のもたらした革新は確かに、この街に変化をもたらした。

 けれど、そんな話は今も昔。

 彼のホモ文化は自身の周囲にあるものすべてを取り込み、得体の知れないキメラ――醜い『情報の集合体』と化している。


「しかしな、それでも私はやらねばならんのだ」

「…………」

「私はこの身が果てるまで、この町を守り続ける――そして……!」


 おもむろに両手を腰に当てた先輩は口走る――


「変身」


 「!?」


 夜の町には似合わない、鋭い電子音と共に光に包まれた先輩は次の瞬間――僕のまばたきしたその一瞬で姿を変えていた。


「それは……その、姿は――!」

「ジュッセンパイヤー……新型のパワードスーツだ。なかなか着心地も良いらしい」


 屋上を照らす街の光にも負けず、全裸になった先輩の素肌を覆う銀色の輝きはすさまじい。頭に取り付いた黒いゴーグルのせいで直接視線は伺えない。

 しかし、黒いスモーク越しにでも感じられる先輩のプレッシャーはまさに――


「このっ……ネット世界の破壊者めっ!」

「私を殺るつもりかね」

「……戻る気は、ないのですね」

 

 あの日々に。

 共にサンオイルを塗りあった優しい日々に。

 幸せな、あの世界には。


「かつての教え子との直接対決など……これほど胸踊る展開が待っていたカァッ! ハッハッハッ!! まだまだ捨てたものではないっ! 捨てたものではないナァ! そう思うだろうっ! トオノォォッ!」

「この場所でっ……あなたを本社ビルごと討伐するっ――変身っ!」


 ヌコヌコ本社――かつてサイバーフロンティアの中心とまで言われた栄光の残滓にの渦の中。

 全身タイツの男は二人、覚めない夢の中。

 終わりのない舞踏(ダンス)を踊っている。



 ――これを、画面の外。

 ――読者の皆様が携帯端末やPCモニター越しに観測すると、『UNEIとホモガキの闘争劇』と翻訳される。 

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先輩の器はデカい。【一日一本お題二つでSS/嘘・パワードスーツ/17/3/28】 ふるふるフロンタル @furufuruP

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