第44話

「ふう、一時はどうなることかと思ったよ」

「実は私がいなくなって少し喜んだのでは?」

「うん、ちょっとそう思った・いたた、冗談だよ。エリザがいないと国が回らない」


 王太子と妹姫は部屋に向かって歩く。


「姫様、部屋に戻る前に入浴とかどうでしょうか?」

「そうね、お願いするわ」


 そして風呂から出てきた姫様を見て、王太子が感嘆の声を上げる。


「本当に魔界でのことは苦痛じゃなかったようだね。……もしかして、セイジと何かあったかい?」

「あら、どうしてそう思いますの?」

「いや、なんというか、攫われる前より随分綺麗になったように見えてね」

「えっ……」


 姫様が慌てて鏡を覗き込む。

 そこに居たのは、艶やかな髪、透き通るような肌、まるで伝説にあるエルフがごとき姿見であった。


(私は……あれだけストレスのある場所に居ながら? てっきり髪も肌もボロボロだと、なるべく見るのを避けていたのに)


 ふと姫様は思い当たる。

 セイジが出していた水、ポーション、そしてバナナ。

 シュマ嬢の肌と髪の艶やかさ……それらが繋がる。


「なるほど……セイジのおかげですか。フフフ」


 おやおや、妹が年頃の娘の様な目をしている。これはセイジという男、要チェックだな。兄である王太子はそう心に刻むのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「ねえシュマ」

「なんでしょうか?」

「お兄様をあなたにあげますから、セイジをわたくしにくれませんか?」

「えっ!?」


◇◆◇◆◇◆◇◆


「ダンジョン攻略といえば、まずはパーティ募集よね!」


 オレはまたしても冒険者ギルドに来ている。

 なんでもシュマお嬢様が、


「セイジ! ダンジョン攻略行きますわよ! 英雄王に! おれはなるっ!」


 とか、突然言い出した。何に影響されたのやら……

 なんか小声で「このままだと、とられちゃう……」とか呟いておいでだ。

 なにがとられるのだろうか?


 まあ、オレとしても暫く留守にするには絶好の機会だ。

 なんでも姫様が、


「さあ、どこの土地が欲しいですか? おすすめは……そうですね、こことかどうでしょうか?」


 そこ、王城じゃね?


「お兄様を追い出して……わたくしが……」


 なんか物騒なことを呟いておいでだ。

 オレは領地などいらないと何度も言ってるのだが、まったく聞いてくれやしない。


「とはいえお兄様も一筋縄ではいきませんし、まずはここらへんから……」


 国で最も広い領地を指差してござる。


「姫様、さすがに元宰相預かりの土地はいきなりは無理でございましょう」


 こないだダンジョンでバナナの皮すべりをした護衛の女性が言ってくる。

 えっ、宰相閣下? えっ、その宰相閣下はどうされたの?

 なんでも、うちの若旦那が謙譲したエリクサーを巡って、クーデターを企んだらしい。


 そこまでかよエリクサー。


 ほんと即効王家に謙譲して正解だったな。

 宰相閣下なんぞに狙われたら、うちのような辺境領主、あっというまに一家惨殺だったかもしれない。

 つ~かなんで2個だったんだろなエリクサー。

 もしかしてアレか? 今にもアルーシャさんが後追いしそうな状況だったから、少しでも迷っていれば二人分必要だったのかもしれない。


「もともと黒い噂の人物でしたからちょうど良かったのですがね」

「姫様ほどではありませんがね」

「……かわすべり」

「あっ、それは言わない約束ですよねっ!」


 顔を真っ赤にして姫様にくってかかる護衛の女性。

 うん、あの時の事は口に出さないようにしたほうがいいな。


「まあ、大丈夫ですわ。おまけにわたくしも付いてきますし」


 そんなおまけはいらない。


「あれですのよ……わたくし、もうセイジが居ないと生きていけない……」


 よよよと泣き崩れる姫様。

 ああ、あんなことや、あんなとこまで見られて……なんて呟いている。

 やめてください。護衛の女性や侍女の方達がゴミを見るような目で見てきています。


「ああ、わたくしの体は、もうセイジなしには……」


 だからやめろって!

 オレは何もやってません! 誓って! だからそのダガーしまってください!

 ほら、まだ話は終わってないっすよ。なんかポーション水やらバナナとか言ってらっしゃる。

 ようはそれらが欲しいと?


「これ化粧水、お肌、ぴかぴか」


 仕方がないので、つめられるだけのポーション水、バナナ、チョコバーに化粧水までつけてプレゼントした。

 化粧水の効果を聞いて姫様は大歓喜である。

 オレはその隙に王城を後にするのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「おっ、いたいた、あのお嬢様だ」

「まったく王太子にも困ったものだ、近衛騎士団に冒険者の真似事をさせるとは」

「そういうなや、もしかしたら将来の王妃かもしれねえんだぜ。今のうちにコネ作っといても無駄じゃねえだろ」


 そのお嬢様に指一本触れでもしたら、物理的に首が飛びそうなんだがな。

 そう呟く人物は、この国の近衛騎士団の副隊長をしている者であった。

 なんでも王太子が、シュマがダンジョンに行くと聞いて、その護衛としてパーティメンバーに入れと勅命を発動させたのだった。


「おっ、いたいた、あのお嬢様だ」

「まったく姫様にも困ったものだ、影の部隊に冒険者の真似事をさせるとは」

「そういうなや、もしかしたら将来の王様かもしれねえんだぜ。今のうちにコネ作っといても無駄じゃねえだろ」


 と、そこへよく似たことをいう人物が現れる。


「お前ら! なんでこんなとこに!」

「げっ、近衛騎士団の副隊長……」


 互いに秘密裏の作戦である。が、互いになんとなく状況が飲み込めた。


「おいおい、俺たちが先だぜ?」

「何言ってんだ? 冒険者のフリは騎士様には荷が重過ぎるぜぇ」

「なんだとっ!」


 シュマのパーティは現在、セイジ、フォルテの3名、通常ならば残り2名なのである。

 そしてこの二つの部隊、例によって仲が悪いのであった。


「セイジ、アレを見てみなさい、ああいうのは絶対ダメな例ですよ。私達はちゃんとしたメンバーを選びましょうね」

「うすっ」

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