第42話

「セイジ……喉が渇きました……昨晩の、ばななとやらを頂けませんか」


 翌朝、バナナは綺麗に平らげられていた。


『モデルチェンジ・ミズデッポウ!』


 部屋の隅が水浸しである。どうやら魔法で水を出そうとして失敗した模様。

 魔石を使わずに水を出せばいいのにな。いや、魔石なしだと喉が潤うほど出せないんだったか?


「あなた……! その神器、水も出せますのっ!?」


 水以外も色々でまっせ。

 バナナもこれから出てるっす。


「うっ、しかもこれ……ポーション!?」


 昨日からバナナ三昧で精神力? とやらはたまりに溜まっているッス。

 最後にバナナを出して姫様に渡す。

 姫様は複雑そうな顔でそれを受け取る。

 さすが腐っても神器……とか呟いている。ちゃんと武器としても役に立ってるんすよ!

 つ~かこれ、武器なんスよ? えっ、バナナの皮は確かに強かった? あれは攻撃といえるのだろうか?


「ね、ねえセイジ……」


 部屋の隅を見ながらこっちに問いかけてくる。うすっ、トイレっすね。ちゃんと耳も塞いどきます。

 そんな日々が何日か続いた。

 魔族なお方は食事もとらず、眠りもせずのんびりとされておる。


 もしかして、魔族の人と人間じゃ、時間の流れる感覚が違うのだろうか?

 オレ達一体、いつまでここに居る事になるのだろうか?

 魔族にとって一日が、人間にとって1年とかだったらやだなあ。


 いいかげんバナナも飽きたっす。肉食いてえ。


「ふう、まったくうるさいクソ女神がっ」


 そう思っていたところ、洞窟の向こうから人影が現れる。

 あれは……人間サイズに縮んでいるが、姫様が召喚魔法で呼び出した巨人に似てる。

 と、見張りの方々が直立不動で敬礼している。


「おい、お前、地上に戻してやる。付いて来い」


 そのお方はオレに向かってそう言う。


「あ、あの、私は……」


 急いで姫様が立ち上がる。


「誰だお前?」


 なんか忘れ去られていた模様。

 見張りの方も唖然として呆れている。


「ふうむ、まあいいか。お前達、好きにしていいぞ」


 すでに姫様には興味がないようで、見張りの方達にそう言っている。


「好きにといわれてもな……どうする?」

「壊して食っちまうか」

「それがいいな」


 見張りの方々が姫様を嫌らしげな目で見やる。


「ヒッ」


 姫様の喉の奥から小さな悲鳴が漏れた。

 仕方ない、


「姫様、一緒に」


 オレは魔王のお方に懇願してみる。


「命があるだけでもましだと思え」


 にべも無いお言葉である。


「これ、献上、いたす」


 オレは持てるだけのバナナを差し出す。


「そんな不味い物は要らん。確かに我らの魔力回復剤より味はましだが、回復する量が微々たる物だ」


 召喚時に供物としておいてあったバナナを食した模様。

 不味いっすか? おいしいと思うんだけどなあ。

 魔族と人とでは味覚が違うのだろうか? いやまてよ……

 オレはバナナの『皮』を剥いて中身を差し出す。


「これ、新作」


 先入観は大事なので、新作として中身のみを差し出す。


「ふむ、むむ! これはうまい! これならいくらでも腹に入るぞ!」

「おおぅ、うんめぇ。地上にはこんなうんめえ食いもんがあるのか?」

「あんのくそにげぇ魔力回復剤に比べりゃ段違いだぜ」


 周りの見張りのお方にも振舞う。


「いいだろう、こっちへこい」


 魔王なお方はオレについてこいと顎をしゃくる。

 オレはそっと姫様の手をとる。

 見張りの方がバナナに夢中な内にさっさと行きやしょうや。


 姫様はびっくりした顔でオレを見つめてくる。

 オレはそっと人差し指を唇にあて、声を立てないように指示して、二人で魔王なお方についていく。

 その先では……


「ここを満たせ」

「………………」


 と、東京ドームより広いんじゃね?

 オレはゆっくりと魔王なお方に振り向く。

 コレ全部でしょうか? 恐る恐る指をさす。

 そんないい顔して頷かれましても……無理だと思います。えっ、なんですかその紫の飲み物? えっ、魔力回復剤?

 ど、髑髏マークが瓶に描かれてませんですか、それ?


 それにこれ、長持ちしないんですが? えっ、ここは魔法が掛かっているから大丈夫? ……さいですか。


「期待しているぞ。なにせ女神の奴も、お前の事をしきりに褒めていたからな。期待を裏切らない大物だと」


 ……女神さん、その期待ってどういった期待なんでしょうかねぇ?

 とりあえずオレは精神力? が続く限りバナナを出してみた。一山できた。

 魔王なお方がくれた瓶を見やる。一口なめてみた。


「うげげっげぇええ! おぼぉぼぼぉーー!」


 オレは地面をのた打ち回る。

 あっ、姫様も挑戦しますか? どうぞどうぞ。


「ーーっっつ、むぶゅっ! げほぅごぉ!」


 真っ赤な顔して部屋中を駆け回っておいでだ。

 チャレンジャーっスね。最初の頃は、バナナなんて得体の知れないものはイランって言ってたのが懐かしいっす。逞しくなられました。

 最近じゃオレの創作料理(バナナのポーション漬け等)を普通に食ってましたしね。毎日同じバナナじゃ飽きるッス。

 だが、そのたった一滴で全精神力? が回復した模様。


 オレは再びバナナを出し始める。……これ何日掛かるのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る