めがたま。
ぬこぬっくぬこ
第1話 少年、異世界に立つ
抜き足、差し足、忍び足っと。
一人の女性が、幸せそうに眠っている少年に近寄っていく。
と、どこからか、とりだしたトランペットを構える。
「パッパカパー! パッパッパッ! パッパラー!」
「何! 何事!」
少年は慌てて飛び起きる。
「お喜びください! なんとっ、あなたは勇者に選ばれました!」
「は?」
「すごいですね! うらやましいですね! それでは、いっちょ異世界へとご招待いたしましょう!」
(う~ん、今度の子はどうもはずれッポイナア。ま、いっか! 数うちゃ当たるよね!)
満面の笑みで失礼なことを考えている女性であった。
「どんなチートがいいですか? 聖剣? 能力アップ? あ、経験値倍増とか反則系のはなしですよ?」
「その前に説明を! 何、いったい何事なの!?」
「タイムアップ10秒前! 9・8とんで3・2」
「なんでとぶの!」
慌てて少年は「武器、そうだ銃ください!」と言ってくる。
「銃ねえ、弾がないとただの鉄の塊だと思うんだけど」
「……ちゃんと弾もくださいよ?」
「わ、分かってるわよぉ、いやねえ、とはいえ……」
(銃なんて役に立つのかしらね~。私の世界には魔法があるから、飛び道具なら魔力アップの方が数倍いいと思うんだけど)
少し考えていた女性は、突然いいアイデアが浮かんだ、みたいな、いい顔をする。
少年は激しく嫌な予感がした。
「なんか失礼な事考えてないっすか?」
「はいはい! 銃ですね! はいこれ! それでは、張り切っていってみよ~!」
◇◆◇◆◇◆◇◆
オレは風が吹きすさぶ草原に立っていた。
えっ、何? 何が起きたの?
オレは自分の姿を見下ろす。うん、昨日寝たときのパジャマ姿だ。さびーよ!
頬をつねってみる。うん、痛い。
とりあえず途方にくれて屈み込んでみた。
だが何も解決しなかった。当たり前か。
右手に持っている物を観察してみる。銃だ。うむ、銃だな。
武器といえば銃だろうと思わず口をついて出たのだが。
銃なんて使ったことないっスよ?
え~と、確かマンガとかでは安全装置を外してって、どれがそうなんだ? このレバーかな?
つって、こんなことをやってる場合ではない、どこだよここ!
なんか遠くに町のようなものが見える。とりあえず、あそこまで行ってみるか。
トボトボと歩き出したところ、ウサギのようなものが近づいてくる。
だんだん近づいて……でけぇ、ちょっとした大型犬くらいあるんじゃ? あと口元から牙が覗いているんですが。爪も尖ってないっすか?
もしかしてこれ、ピンチなんじゃ?
咄嗟に逃げ出そうとしたところ、突然、猛スピードでウサギモドキがこっちに駆け出してくる。
そして、数メートルはあろうかという距離を一足飛びに飛び掛ってきた。
うへぇえ! その異様な身体能力に立ちすくむオレ。目の前には頭まで開いた大口をあけたウサ公が!
――ガキンッ!
一瞬、気絶して後ろに倒れこんだオレの、先ほどまで頭があった辺りで恐ろしげな音を立てるウサ公。
その音で正気に戻ったオレは思わず銃をウサ公の頭に向けてぶっぱなす。
――ボンッ!
ウサ公の頭はざくろが弾けた様な状態に……えっ、銃って、こんなに威力があるものなの? いや確かに、映画じゃ弾けるシーンとかもあったが……
そうだ、弾は? オレ、銃しか持ってないぞ。もしかして実装している分で終わりとか?
オレは急いで中身を確認してみる。たまぁはいってねえぞ……もしかして一発だけ……?
えっ、何? あとは鈍器として使えっての? まじえぇ?
とにかく、どこか安全なとこへ行かねば! ……このウサギどうするか、とりあえず持って行くか。
オレはウサ公を引き摺って町へ急ぐ。
なんとかモンスターに出会わずに町へ辿り着いたのだが、
「くぁwせdrftgyふじこlp?」
門番の人が何って言ってるか分かりません。
うん、当然といえば当然か。どう見ても日本じゃないしね。
オレは一体これから、どうすればいいのぉぉおお!
◇◆◇◆◇◆◇◆
オレは必死になって、身振り手振りで現状を伝える。
門番さんも大変困っているようで、どうしたらいいか考えあぐねている模様。
身分証明書? ないっスよ?
お金? どこにあるんスか?
えっ、ウサ公がいるの? どうぞ、どうぞ。
なんかお札のような物を見せてきたり、お金らしき物を出して指差したりしている。
最後に、オレが仕留めてきたウサギの魔物らしき物を指差すので、どうぞどうぞと差し上げた。
門番さんはヤレヤレといった顔をして、オレを手招きする。
オレは門番さんについて行く。牢屋に入れられたりしないよね? いやでも、牢屋ならご飯くらいは出してくれるかな?
その予想に反して、門番さんは町の方へ歩いて行く。
そして、一軒の大きな建物の中に入った。そこは食堂のようであった。いや、宿屋か?
奥の通路の向こうに幾つもの扉があり、人が出入りしている。
門番さんはカウンターに幾つかのお金を置く。そして看板とお金を交互に指し示す。
指を一本立てて寝るフリをする。なるほど、一晩のお金か。
ウンウンと頷くと、頭をゴシゴシと撫でてきた。うぉっ、ごつごつッス、これぞ男の手って感じッスね。
さらに幾つか追加でお金を渡してくる。
えっ、こんなに貰っていいんスか?
門番の人は手でウサギのシルエットを作り出す。
あのウサ公を買い取ってくれると? ええ人やぁ~。最初に出会ったのが、この人で良かったよ。
そのそぶりを見て、カウンターのお姉さんは呆れたような目を門番さんに向けている。
その目を見て門番さんは慌てたように取り繕う。
お姉さんは一つ大きなため息をつくと、オレを手招きしてくる。どうやら部屋に案内してくれるようだ。
オレは門番さんに深々とお辞儀をしてお礼を言う。
門番さんは片手をあげて、ヒラヒラとさせながら去っていった。
かっこええ人や~、あんたのことは一生忘れまへん。このご恩は必ずお返しします!
さて、そういう訳で、一夜の宿を頂くことができた訳だが……
オレは銃を見やる。弾倉を外す。うむ、空っぽだ。
どないっせーちゅーんねん!
思わず銃を床に叩きつける。ハアハァ……ハァァアアア。
せめて弾が入っていれば、またあのウサ公を仕留めてお金に換える事も出来たかもしれないが。
オレは門番さんがくれたお金を数える。
1泊があれだとすると、3泊ぐらいか……
それでも、あのお姉さんの反応から結構くれた方なんだろうけど。
4日目には宿無しカ~。いや、食費とかもあるだろうから、2日も、もたないかも?
オレは改めて銃を手にとる。
そうして何気なく引き金を引く。
――バンッ!
えっ、たまぁはいってなかったんじゃないのぉ!
あっ、壁に大穴が……ドタドタと人が走って来る足音が聞こえる。ああ、これはやべぇなあ……
その日オレは、2日どころか1時間も経たずに、全財産をむしりとられて宿屋を追い出されるのだった。
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